関係性が社員にバフ(能力強化)をかける
カプコンが挑む、学びのコミュニティによる組織開発の民主化
株式会社カプコン CS第二開発統括開発四部・部長
水戸 大介さん

「バイオハザード」「モンスターハンター」「ストリートファイター」などの大ヒットゲームを手掛ける、株式会社カプコン。同社は、ゲーム開発の大規模化・長期化が進むことでプロジェクトが細分化し、社内の関係性が希薄化する課題を抱えていました。こうした状況を打開するため、CS第二開発統括では、ゲーム企画職約200名が参加する学びのコミュニティ「スキルサークル」「OSサークル」を立ち上げ、組織の空気を大きく変えることに成功しています。水戸大介さんに、取り組みの全貌と、組織開発を「民主化」するための具体的な手法を伺いました。

- 水戸 大介さん
- 株式会社カプコン CS第二開発統括開発四部・部長
みと・だいすけ/2010年、株式会社カプコン入社。人事部にて、採用、教育、労務、人事制度などを幅広く担当。2017年に「モンスターハンター」などを開発するCS第二開発統括に異動し、東京開発組織の変革に取り組む。2021年より、新卒1年目から3年目のクリエイターが所属する開発四部にて、若手育成を起点としつつ、部門横断の人材開発・組織開発を担う。人事と現場をつなぐHRBP的な視点からも、組織課題の解決に取り組んでいる。
ゲーム開発の大規模化がもたらした課題
最初に、今回の取り組みの背景にある課題についてお聞かせください。
CS第二開発統括はマトリクス組織です。職能組織をベースとして、企画・デザイナー・プログラマーといった専門職ごとに部署が分かれており、各ゲームの開発プロジェクトに必要なメンバーがアサインされます。
この組織形態は機能しているのですが、事業拡大に伴ってゲーム開発が大規模化・長期化することにより、課題が出てきました。大きな課題の一つは、プロジェクトが大きくなったことで業務が細分化され、一人が担当する領域が非常に狭くなったことです。
昔は小規模なプロジェクトで開発したゲームタイトルが多く、一人のクリエイターが広範囲の業務を担っていました。しかし現在は、極端な例を挙げると「3年間ずっと一つのゲームの背景にある、石や木を作っている」といったこともありえます。専門性は高まりますがプロジェクト全体を見渡す視点や、幅広いスキルを身につけることが困難です。
育成にも影響がありそうですね。
その通りです。特にリーダー育成において深刻な問題となっています。リーダーは工程の流れを理解し横で連携することが求められますが、プロジェクト全体のほんの一部しか経験できないと、他の領域の業務内容を把握するのが難しくなります。結果として育成期間が長期化し、プロジェクトをリードする人材が不足する悪循環に陥っていました。
もう一つの課題は、関係性の希薄化です。ゲームタイトルやプロジェクトごとに独自の文化や進め方があり、それ自体は否定すべきものではありません。むしろそれが現場の強みです。ただ、その枠の中だけで関係性が完結してしまうと、経験の量と質、仕事への姿勢や関係性にばらつきが生まれ、組織全体としての一体感やノウハウの共有が進みにくくなっていました。
こうしたばらつきは、これまでは現場のリーダーや個々人の努力・人間関係づくりに頼って成立していた面がありましたが、仕組みとしては十分ではありませんでした。小規模なプロジェクトでは、それでも問題なく現場が回っていましたが、プロジェクトが大きくなり、組織が複雑化すると、メンバーが主体的にチームや組織を良くしていく文化を作る必要がでてきたのです。
「楽しい開発環境」を企画職から作る
課題に対して、どのようなアプローチを取られたのでしょうか。
企画職組織の部長は、「企画職がいきいきと仕事をできていない」という問題認識をもっていました。
企画職は、各ゲームの中身を考えて具体化するのが仕事です。ゲームが作りたくて入社し、ゲームを作ることが幸せなはず。それなのに、なぜ楽しく仕事ができないのか。
そこで私たちは、「ゲーム作りが楽しい開発環境」を目指すことにしました。そして、開発環境の雰囲気を作るのは、企画職であるべきだと考えたからです。
企画職はゲーム開発の起点です。同時に、ゲーム全体を統括するディレクターとデザイナーやプログラマーなどの専門職の間に立って調整や交渉を重ねる、中間管理職的なポジションでもあります。デザイナーやプログラマーに「こんなことできない」と言われても、実現に向けて動いていかなければなりません。その中で疲弊してしまうメンバーも少なくありませんでした。
だからこそ、企画職が自らポジティブな雰囲気を作り出せるようになれば、組織全体に良い影響が波及すると考えたのです。
具体的にどのような場を設計されたのですか。
プロジェクトでは成果が求められます。タスクベースで仕事が進むため、関係性を丁寧に構築したり、じっくり学び合う時間を確保したりすることは困難です。過去にも勉強会のような取り組みが立ち上がったことはありましたが、プロジェクトの繁忙期になると消滅することがありました。
そこで、プロジェクトとは別の“場”を設計することにしました。それが「OSサークル」と「スキルサークル」という二つの学びのコミュニティ(実践共同体)です。学術的な理論を参考にして、メンバーが主体となって運営し、継続的に機能する仕組みを目指しました。
二つの学びのコミュニティの設計思想
「OSサークル」と「スキルサークル」は、どのような取り組みなのですか。
私たちはクリエイターの能力をソフトウエアに例えて、「OS(オペレーティングシステム)」と「アプリケーション(専門スキル)」に分けて考えています。OSとは、自己効力感や学習姿勢、チームで成果を出すための関係性構築力など、組織で働くための土台となる力です。専門スキルは、企画書を書く力やゲームデザインの知識など、職種固有のスキルを指します。
クリエイターは、専門スキルを伸ばすことには非常に意欲的です。しかし、大きなプロジェクトで成果を出すために求められるのはOSの部分です。周りと関係性を作れなければ、どれだけ専門スキルが高くても力を発揮できません。
このOSを全員で高めていくための場が「OSサークル」です。自分たちの価値観や姿勢をアップデートすることを重視しています。企画職約200名の全員を対象としており、参加率は8割を超えています。月に2回開催し、プロジェクトの枠を超えた関係性構築と学びの機会を提供しています。
「スキルサークル」は、より企画職らしい専門性を高める場です。「ボードゲーム改造会」や「ゲストトーク」、「企画書コンペ」など、さまざまなテーマで月に2回から4回開催されています。興味のあるテーマを自由に選んで参加するスタイルです。
スキルサークルの具体的な活動内容を教えてください。
「ボードゲーム改造会」では、既存のボードゲームに新しくカードを1枚追加する、あるいはルールを少し変えるなど、さらに面白くする方法を考えます。業務に直結しないように思えるかもしれませんが、ゲームの企画職にとっては非常に重要な訓練です。
企画職は、遊びの要素をどう捉え、どう面白くするかを徹底的に対話しながらゲームを作ります。ボードゲーム改造会は、各メンバーが感じる面白さや暗黙知を言語化して実物に落とし込んだ上で、皆でさらに面白くする方法を考える実践の場になっているのです。
「ゲストトーク」も人気の高い活動です。「モンスターハンター」や「ストリートファイター」「逆転裁判」「鬼武者」などの人気タイトルを手がけたゲームクリエイターを招き、企画の裏側や開発秘話を聞きます。同じ社内にいてもプロジェクトが異なれば接点がありません。こうした場を通じて、暗黙知を次世代に継承することを目指しています。
「企画コンペ」では、自分の作りたいゲームを企画書にして発表します。現在は大型タイトルが中心で、若手が新規タイトルの企画書を書く機会はほとんどありません。しかし、企画職である以上、自分のやりたいことを形にする経験は不可欠です。企画職が打席に立つ回数を増やせる貴重な機会となっています。
メンバー主体で回る仕組みをどう作るか
活動を継続するため、どのように工夫されていますか。
最も重要なのは、幹事メンバーの内発的動機付け(※1)です。最初は「水戸に言われたから仕方なく」という状態からスタートします。それではいつまで経っても、私が主導する形から抜け出せません。持続可能な仕組みにするためには、幹事メンバーが自分事として捉え、主体的に動く必要があります。
そのために意識しているのが、自己決定理論(※2)に基づく関わり方です。内発的動機付けには、自立性、有能感、関係性の三つが重要とされています。これらを高めるための働きかけを、幹事メンバーに対して継続的に行っています。

具体的にはどのような働きかけをされているのでしょうか。
まず自立性の後押しです。幹事から「こういうことをやってみたい」というアイデアが出たら、それを実現できるように全力でサポートします。そのために、私自身は「ちょっとどんくさいところ」を残し、「余白」をつくるようにしています。
卒なく運営してしまうと、メンバーから提案が出づらくなります。しかし、少し隙があると「ここはこうした方がいいんじゃないですか」「私がやりましょうか」という声が出やすくなる。そうした提案を「いいね」と後押しすることで、自立性が育まれていきます。
有能感については、幹事の活動が組織に貢献しており、組織として評価していることを、フィードバックするようにしています。「運営のここがよかった」「参加者からこういうポジティブな声をもらった」といったことを積極的に伝えます。その上で「仕切る経験ができることは大きく、将来のリーダーとして期待している」といったメッセージを伝えることで、活動が自分の成長と結びつきやすくなります。
関係性については、周りに積極的な評価や称賛を伝える「ポジティブゴシッピング」を意識しています。幹事が良い動きをしたときに、本人だけでなく周囲のメンバーにも「あの人がやってくれて、すごく良かったよね」と伝える。これにより、幹事への求心力が高まり、メンバーからの協力が得やすくなります。
幹事の負担が大きくなりすぎないような配慮もされているのですね。
業務の状況によってはコミュニティの運営が負担になることもあるため、幹事は固定化せず、柔軟に入れ替えができるようにしています。つらくなったら一旦休んでもいいし、新しい人が入って幹事をやることも奨励する。「やること」を前提にするのではなく、「やれるように」環境を整えることを重視しています。
また、マネジャーが幹事をサポートする体制も整えています。何かあったときには介入して状況を整える、幹事の負荷が高まってきたら一部を巻き取るなど、マネジャーは最後に責任を取る覚悟を持って関わってもらいます。「あとはよろしく」とメンバーに丸投げすることはありません。
組織の空気が変わり、関係性の質が向上
取り組みを始めてから、どのような変化が生まれましたか。
最も大きな変化は、組織の空気です。企画職組織の部長ともよく話すのですが、社内の空気が変わったことを実感しています。
参加者からは「プロジェクトの枠を超えて交流ができたのがとても良かった」という声が多く寄せられています。これまでは、他のゲームのプロジェクトではどのような作り方をしているのか、先輩たちがどのように仕事をしているのかなどの情報を知る機会がほとんどありませんでした。学びのコミュニティを通じて新たな接点が生まれたことは、大きな意味があります。
世代間の壁も低くなりました。「仕事を頼む・頼まれる」というタスクベースのコミュニケーションだと、若手が先輩に話しかけるのを遠慮する場面も多かったのですが、学習コミュニティではフラットな関係性が築かれ、気軽な対話が生まれるようになりました。
さらに、予想していなかったポジティブな効果もあります。中途で入社した社員のオンボーディングがとてもスムーズになったのです。入社後すぐにコミュニティに参加することで、社内のさまざまな人と知り合い、会社の考え方や仕事の進め方を自然に理解できるようになりました。
幹事を務めたメンバーにはどのような変化がありましたか。
幹事としてコミュニティをどのように運営するか、メンバーをどう巻き込んで意欲を引き出すか。これらを考えて実践するのは、リーダー経験そのものです。
プロジェクトが細分化すると、若手がリーダー経験を積む機会が失われてしまいます。しかしコミュニティなら、他部署の人とも共同しつつ、リーダーシップを発揮できる。キャリアにも良い影響を与えています。幹事として活発に動いているメンバーがプロジェクトの中でも頼りにされるようになり、働き方が変わりました。
定量的な成果は測りにくいかもしれませんが、組織としての手応えはいかがですか。

正直なところ、「ゲームがすごく面白くなった」「売り上げが伸びた」といった直接的な成果を示すことはできませんが、プロジェクト内の関係性に起因するトラブルへの対応力は、明らかに高まっています。
以前は、人間関係の問題をマネジャーが解決するケースが多かったのですが、現在は問題の発生自体が減っています。問題が起きたときの現場の解決もスムーズになりました。コミュニティで生まれたつながりが、プロジェクト内の関係性構築に良い影響を与え、仕事がしやすくなっているのです。
社員の学びたいという欲求も、以前より明らかに高まっています。「これを知りたい」「こういうことを学びたい」という声が増え、幹事も「このコミュニティをもっと良くしたい」と自分事として捉えられるようになってきました。
能力に「バフ」をかけるのは関係性
今回の取り組みを通じて、どのような発見がありましたか。
あらためて実感したのは、内発的動機付けの力です。最初は冷めた空気の中でスタートしましたが、メンバーが自分事として捉えて主体的に動けるようになると、物事の進み方が劇的に変わりました。
うれしかったのは、幹事がそれぞれのやり方で場を温めてくれたことです。テーマを工夫したり、人をつないだり、参加しやすくしたりと、設計だけでは届かないところを現場で補ってくれました。ここまで回っているのは幹事の動きのおかげだと感じています。
役割やミッションがなくても、組織をより良くするために自発的に動く、いわゆる「組織市民行動」の重要性も再認識しました。こうした意識を持つメンバーが増えることで、組織全体が変わっていくのです。
そして今回のように、「組織開発は民主化できる」ということも大きな気づきでした。組織開発は人事部門だけに任せられた仕事ではありません。人事が仕掛けを作ることはあっても、実際に組織を変えるのは現場です。現場のメンバーが主体的に動いてこそ、真の変化が生まれます。
「現場を変えられるのは、現場のメンバーしかいない」。取り組みを通じて、それが実現できることを確信しました。
今後の展望についてお聞かせください。
繰り返しになりますが、私たちが目指すのは「ゲーム作りが楽しい開発環境」です。「スキルサークル」や「OSサークル」は、あくまでもその手段の一つに過ぎません。
5年後、10年後には、今の取り組みがなくなったり、形が変わったりしているかもしれません。それでも「自分たちの組織は自分たちで作る」「自分たちで変えていく」という文化が根付いていたら、最高の状態だと考えています。
ゲーム開発は今後ますます大規模化していくでしょう。そうした中で、メンバー一人ひとりが自発的に動き、プロジェクトの方向性を理解した上で、自分の面白さや自分たちのアイデアをしっかり表現できる。そんな集団になることを目指しています。
研修や制度に頼らなくても、誰かが組織に入った瞬間から文化やマインドが自然に伝承されていく。そういう状態を作れたら、本当に素晴らしいですね。
ゲームになぞらえて、関係性によるバフ(能力強化)・デバフ(弱体化)という言葉を私たちはよく使います。能力にバフをかけるのは関係性です。学びのコミュニティを通じて、メンバー同士の関係性を強化し、一人ひとりの力を最大限に引き出せる環境を、これからも作り続けていきたいですね。
最後に、人事や組織開発に携わる方々へメッセージをお願いします。
施策がうまくいかないケースの多くは、表面化した課題に対して安易に解決策をあてることに原因があると考えています。重要なのは、現場との対話を通じて課題の解像度を高め、「これは自分たちが解決しなければいけない」という当事者意識を作ること。これを私は“課題を磨く”と表現しています。
「目指しどころ」をしっかりと握るのも大切です。落とし所を探してしまうと、さまざまな制約の中で重要な部分が削られ、誰も幸せにならない施策になってしまいます。目指す場所は高く設定し、そこに向かうプロセスを柔軟に調整していく。このスタンスが重要だと考えています。
そのためにも、提案は「あっさり」、実現に向けては「しつこく」取り組む姿勢が必要です。1回断られたからといって諦めるのではなく、タイミングを変えたり、アプローチを工夫したりしながら、粘り強く取り組む。私の経験では、3年以内には必ずチャンスが訪れます。
現場との対話で課題を磨き、目指しどころを共有しタッグを組む。そして、メンバーの内発的動機を引き出しながら伴走する。こうしたプロセスを大切にすることで、施策は現場に根付いていくのではないでしょうか。

(取材:10月31日)
※1:報酬や評価などの外部要因を受けずに、自身の内側から湧き上がる興味・関心や向上心などによって動機づけられている状態のこと。
※2:人間の内発的動機付けと成長に関する心理学の理論。アメリカの心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンによって提唱された。自律性・有能性・関係性が高まることにより、内発的動機づけにつながるとされる。
人事・人材開発において、先進的な取り組みを行っている企業にインタビュー。さまざまな事例を通じて、これからの人事について考えます。
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