プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社:
P&Gは「スキル」に着目したプログラムを、なぜ他社に無償で提供するのか?――「ダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」発足の背景と活動内容とは(後編)[前編を読む]
プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社 ヒューマン・リソーシス マネージャー
小川 琴音さん
日本の人事部「HRアワード2016」で企業人事部門 特別賞に輝いた、P&Gジャパン。前編では、「ダイバーシティ&インクルージョン」先進企業である同社が早い時期から取り組んできた背景や、その取り組み内容についてお話をうかがいました。後編では、今回受賞した「ダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」を中心にインタビュー。なぜ、門外不出だった「スキル」を身につけるトレーニングを他社に無償で提供することを決めたのか。提供しているトレーニングの具体的な方法や内容はどのようなものなのか――。スタートから半年で160社以上にノウハウを提供しているという革新的なプロジェクトの裏側には、メンバーのきめ細やかな努力とトレーニングの徹底した質の担保があることがわかりました。
- 小川 琴音さん
- プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社
ヒューマン・リソーシス マネージャー
おがわ・ことね●2011年東京大学経済学部経営学科卒業後、新卒で入社。研究開発部門の担当人事として約1年半就事。その後、人材採用・ 開発部門にて新卒採用と社内トレーニング開発・運用を担当。2014年より広報部門・IT部門・消費者市場戦略部門の部門担当人事を担当し、2015年に産休・ 育児休職取得。復職後、休職前と同じ部門担当人事を担当しつつ、コーポレート・ダイバーシティ・アンド・インクリュージョン、東京オフィス担当人事を兼任し、現在に至る。
新社長が日本企業の現状を知り、プログラムの社外提供を決意
「ダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」は、自社のダイバーシティ&インクルージョンを推進するだけでなく、その考え方やノウハウを他社に提供し、世の中に広めていくことも目的としていますが、とても画期的ですね。プロジェクト発足の背景について教えてください。
これまでお話ししてきたように、当社の「ダイバーシティ&インクルージョン」に関する取り組みは女性活躍推進から始まり、最終的にはインクルージョンの「スキル」がないと多様性を現場で生産性や業績に結びつけることができない、というところに行き着きました。その結果、多くの企業から、「25年かけて積み重ねてきた経験についてヒアリングしたい、講演してほしい」といったご要望をいただくことが増えました。そのご要望に対して、時間的にも人員的にも受けられる体制になっていないため、ずっと悩み続けていたんです。
また、インクルージョンの「スキル」を教えるトレーニングそのものを他社に提供してはいけない、という当社のグローバルの規定もありました。25年間取り組んできたことで「ダイバーシティ&インクルージョン」の答えがわかっていて、スキルが伸ばせる、ということをお伝えしたいのに、できない。そのもどかしさがありました。
そうした状況が続く中、2015年、チェコ出身のスタニスラブ・ベセラが当社の社長に就任しました。彼は、当社グループの叩き上げで、多様性が生産性やイノベーションにつながることを実感してきた人間です。そんな彼が当社の社長に就任したときに、日本の現状を見て驚いたのです。「政府が女性活躍推進の号令をかけ、企業も女性活躍推進の段階で止まっている。当社で言うと、まだステージ1の状況ではないか」と。
ベセラは、そのような日本の現状を知り、「当社の25年間蓄積してきた経験を日本社会に提供してもいいのではないか」と考えました。そこで、ベセラはグローバル本社に対して、「これまでは門外不出だったトレーニングやさまざまなノウハウを社外に提供したい」と主張したのです。その交渉が実り、2016年3月、人事と広報がコラボレーションした形でこの啓発プロジェクトが生まれました。
<図3:「P&Gダイバーシティ&インクルージョン啓発プロジェクト」活動骨子(2016年3月17日発表の同社プレスリリースより抜粋)>
グローバルの規定を変えてまで、このプロジェクトを実現してしまうとは、御社の社長のモチベーションや、御社の変革力はすごいですね。
そうですね。プログラムはどの場合も全て無償で提供しています。それもあって、このプロジェクトは「社会貢献」と捉えられがちなのですが、そうではありません。多くの企業にこのプログラムを提供することで、当社にとってもさまざまなメリットがあると考えています。例えば、多くの日本企業と接することで、日本のダイバーシティに関する実態が把握できます。どのような社会に、当社の社員または社員の家族が住んでいるのかがわかります。また、他社の良い点を学び、当社に還元することもできるでしょう。長期的には、社会の底上げをすることによって個人のスキルを上げ、当社としても優秀な人材を確保できるという狙いもあります。