企業が成長していくには、従業員が仕事にやりがいを持ち、その能力を十分に発揮しなければなりません。検体検査に必要な機器・試薬・ソフトウェアの研究開発、製造、販売、サービス&サポートなどを行うシスメックス株式会社では、昨年からマネジャー層を対象に、意識改革のための研修を実施。「組織活性化」や「風土改革」から「働きがいのある職場」への実現につながることを期待しています。今回は、シスメックス株式会社 人事総務本部人材開発部長の西村文勝さんと、同社に研修を提供し、「働きがいのある会社」ランキングの発表でも知られるGreat Place to Work® Institute Japan コンサルタントの今野敦子さんに、「働きがいのある職場」を実現するために企業はどうすればいいのかについて、語り合っていただきました。
- 西村文勝さん
- シスメックス株式会社 人事総務本部 人材開発部長
明治大学卒業後、シスメックス株式会社に入社。営業、営業企画を担当し、その後総務部長を経て人材開発部長を担当、現在に至る。
- 今野敦子さん
- Great Place to Work® Institute Japan コンサルタント
立教大学卒業後、外資系航空会社、外資系商社を経て、2009年GPTWジャパン設立に参画。フランス国立ポンゼショセ工科大学(MBA)/名古屋大学大学院経営管理学修士号(MBA)取得
「期待を超えるもの」を提供し合う“Giftwork®”
今野:貴社は、これまでも管理職を対象とした「マネジメント研修」に注力されてきましたが、最近は「意識を変えるための研修」を実施されていますね。まずは、その理由からお聞かせいただけますか。
西村:当社は2013年度で45周年ですが、近年、急激に成長しています。しかし一方で、成長に組織が追いついていないのが実情です。マネジャー層で組織の中核を担う部長は、業績を上げてゆくことに注力しており、日々の業務に追われるばかりで、部下育成や職場に対する働きかけといったことまで考える余裕がなくなっています。つい「今まで通りにやって業績をあげればいい」「自分の持ち分の仕事を管理しておけばいい」といった考えになりがちで、部下との関わりや、広い意味で「人」への興味が希薄になっていると感じていました。それが企業風土調査などにも現れてきています。これまで、マネジャー層はTOEICやアセスメント、eラーニングを受講させるなど、さまざまな手段でマネジメント力の強化を図ってきましたが、新たに彼らの意識を変えることで風土を改革し、職場のコミュニケーション向上や組織活性化につながるような研修が必要ではないかと思っていました。そんな時に出合ったのが、Great Place to Work®Instituteの研修「JOURNEY!」だったんです。
今野:昨夏にGreat Place to Work®Institute(本部 サンフランシスコ)の講師が行った英語版「JOURNEY!」を人事部の方が受講されたことが最初のきっかけでしたね。人を人として見るマネジメント研修と進行スタイルに驚かれたようですが、「日々の仕事のなかで忘れていた部分を思い出させてくれた」と話されていました。
西村:受講した人事部員から研修の内容を聞き、大変関心を持ちました。また、Great Place to Work®Instituteでは「働きがいのある会社」を選出・発表されていて、世界中の「働きがいのある会社」を研究されていることもあり、ぜひ研修を導入しようと考えました。まず部長向けに、昨年12月に1回、今年1月に3回、これまでに合計70人が受講しました。「JOURNEY!」では、参加メンバーの討議の中から、理想の職場、リーダーを思い描いていきますが、その中で出てくるのが、“従業員”や“経営・管理層”が互いの期待や要求を上回るものを提供し合う“Giftwork”という考え方です。これには、私も大変共感を覚えました。
Giftwork®とは?
従業員や経営・管理層が、お互いに当初の期待や要求を上回るものを提供することで、組織全体や人間関係の向上に寄与できる相互交流のこと。Giftworkが頻繁に起これば、職場内の信頼レベルは高まり、「働きがいのある職場」づくりにつながっていく。
今野:西村様も実際に「JOURNEY!」を受講されたわけですが、意識や行動に何か変化はありましたか。
西村:受講後はすぐに職場でGiftworkを試してみました。正月に時間があったので、部下一人ひとりにあてて、昨年はどんな仕事ぶりが良かったのか、今年はどこに期待しているかについて手紙を書いたんです。そして、新年会のときに部下一人ひとりに手渡しました。最初は私自身半信半疑であり部下も驚いた様子でしたが、みんな快く受け取ってくれて、その後のコミュニケーションにも変化があったように思います。今後は、実際の仕事の中でも感謝や信頼を行動で示し、職場内の信頼のレベルを高め、「働きがいのある職場」づくりにつなげていきたいと思っています。
今野:他の受講者の皆さんには、何か変化がありましたか。
西村:以前は、部下に対して「いい人と思われていればいい」といった消極的な態度があり、職場を活性化させることや、場をつくることへの意識は低かったように思います。しかし、研修を受け、一月後にアンケートを取った結果、「部下との交流を忘れていたので実施している」「これまで、Giftworkを意識したことがなかったが、意識して行動するようにしている」など、新たな気付きがあったという人が多かったです。人に目を向けるようになったことは大変よい変化で、この機会に「職場」についてもう一度考えてほしいと思いました。
今野:Giftworkのアプローチは、上司、部下のそれぞれが「お互いの期待を超える」ことを目指しますが、いつも驚きを与えるのは難しいことですよね。しかし研修では最初の一歩を小さめに考える、つまり「皆さんが既に行われている日常のマネジメントに、ちょっとした(Giftwork的な)エッセンスを加えてください」とお伝えしています。実際演習も多く行いますので、受講後の実践へつながりやすいのではないでしょうか。お互いの期待を超えた演出することで生じるのは、信頼関係です。部下が期待に応えて、上司に期待以上のことを返す。それを上司が認めることで、部下はさらに信頼を寄せる。すると、職場に信頼の風土が根付いていきます。
西村:研修では、「そうだったのか」と気付くことがたくさんありました。講師とのやりとりを通じて「行動を変えれば風土も変わるはず」と素直に思えたのは非常によかったと思いますね。
今野:「JOURNEY!」は一般のマネジメント研修と比較して進行スタイルがユニークです。講師と受講者間のインタラクティブなやりとりを大事にしており、双方が同じ立場で参加することが求められます。従業員の皆さんからは、どんな反応がありましたか。
西村:受講前はどんな研修なのか、戦々恐々としていたようです。しかし、会場のドアを開けると音楽が響き、壁にはイメージポスターも貼ってある。講師から名刺を渡されて挨拶があり、「互いが同じ目線で学ぶ」という印象を受けたようです。
今野:働きがいのある職場では信頼の土台が必要です。そのことは知識で学ぶというより、心で感じたり、体験したりすることが大切です。ですから、人として社員をみる、人としてその人の仕事を受け入れる、といったことの意味をマネジャーの皆さんが納得できたなら、「Giftworkを職場でもやってみよう」と思ってもらえます。そんな心の揺さぶりの連鎖が起きれば、この研修も成功だと思います。
マネジャーに新たな「気づき」をもたらす研修
西村:当社は、企業の成長に伴って組織が拡大し、急激に従業員の数も増えています。そんな状況の中でマネジャーは、部下は業績を上げていくためのツールという意識が強くなり、また自分の横で何が起きているのかにも興味がなくなってきています。どうしても視点が全社最適にならずに部門最適になって、部門の業績に興味が集中してしまいます。その動きは下にいくほど顕著です。当社には、そんな課題がずっとありました。2年前には企業風土調査の結果をマネジャー層にフィードバックし、自分の組織をどう変えるかというアクション宣言をしてもらいましたが、2年後の企業風土調査でもあまり変化がありませんでした。
今野:そんな状況の中、「JOURNEY!」研修を導入していただき、Giftworkの考え方をご紹介させていただいたのですが、どんな反応がありましたか。
西村:研修の中で、「あなたが今まで出会ったリーダーの中で、素晴らしいという人はいますか」という問いがありますね。そのことを聞かれると、部長たちも自分がまだ若いころに、上司からほめてもらったり、信頼してもらったりした経験がたくさんあったことに気付いたようです。それがマネジャーになってからは忘れていた。この質問を受けたことで、今度は自分たちが部下に対して、そういう思いを伝える番なのだと気付くきっかけになったと思います。
今野:人はしてもらうと、お返ししたくなります。西村さんが部下をほめたら、部下もまた、誰かをほめたくなるでしょう。その連鎖が生まれれば企業風土も変わります。
「何をするのか」よりも「どのように実現するのか」が重要
今野:「働きがいのある職場づくりのためには、何をしたらよいのか」「働きがいで上位にランキングされる会社は、何をしているのか」という質問を多くの会社から頂きます。しかし、会社にとって有効な施策は、その会社のマネジャーがすでに正解をお持ちなんです。そのため、研修のなかでは「何をするのか」を決めることよりも、「それをどのように実現するか」を考えることが大事だとお伝えしています。「What」ではなく「How」ですね。「この会社にとって(部下にとって)のGiftworkとは何か」という問いには、実は現場のマネジャーが一番良い解決策を持っています。それをどうデザインして、実行していくのかを研修で学んでほしいと思います。
西村:今のマネジャーには、そんなことを考える余裕がないのかもしれません。ただ、研修で思ったのは、例えば会社が「あなたを尊敬していますよ」「あなたを認めていますよ」という思いをどこかできちんと伝えたりする必要があるということです。上司が伝えることによって、従業員が「自分は尊敬されている」と思えば、自ら工夫し、もっと能力を発揮して、部門の業績につながるように動ける。しかし、今はマネジャーのどこかに「このようなことは言わなくてもわかるだろう」「給与もちゃんともらっているだろう」という気持ちがあり、なかなか表に出そうとしないのですね。
今野:当たり前と思える成果でもきちんとありがとうと伝えられる。やって当たり前のことでも、あえて言葉で伝える。今は言葉にするという行動が部下にとっても貴重であり、それで「認められた」と元気になれるように思いますね。
西村:言葉にすることで、その言葉がやり取りされる「場」がつくられます。それが本当の職場でしょう。職場という「場」の意識が細分化され、その上で会社が大きくなって、セクションが増えていくと、いろいろなことが聞こえなくなります。ともすれば、部長はずっと不在で、本部長も会議ばかり。では、課題を与えられた部下はどうやって課題を解決するのか。部門によっては、上司に相談しにくくなっているのではないかと思います。働く場を活性化させることは、一つの成果を上げるためにも重要な要素だと意識するようになりました。
今野:よく「働きがい」について語ろうとすると「そんなことより業績達成だろう」という声が聞こえてきます。もちろんそれは大事ではありますが、働きがいについて考えることは決して遠回りではありません。働きがいを感じられる会社は業績が高い、というデータもあります。従業員が一人で何でも考えられて、仕事もできればマネジャーは楽になる。そんな従業員をどのように育てるかと考えたときに、働きがいのある職場のマネジャーは、まず信頼関係をつくっていますね。そして部下に力を与えていく。そのような姿勢が頑張る社員をつくる秘訣だと思います。
西村:業績達成ばかりに目がいくと、自分でやったほうが早いと考えて、自ら取りに行ってしまいます。そうなると部下はツールになってしまう。そんな状況では、部下が「働きがい」を感じることはできないと思います。従業員の悩みや不安に対してどんな支援ができていたかを確認し、また、その支援を従業員がどう受け取っていたかも確認する。その両面で考えることが大事だと思います。お互いが必要な存在として認め合い、お互いを高めてゆくように行動する。その結果、個々人の能力の総和以上の業績を生み出せると思います。
今野:マネジメントが意図した取り組みが、従業員の働きがいにつながっていけば本当に素晴らしいと思います。すぐに効果が出ないことも多いと思いますが、継続した取り組みはきっとそれぞれの現場で小さな変化を起こし、やがて組織全体の変化をもたらすと思います。
西村:育成面においても、下の人たちが「会社から何も与えてもらっていません」とならないようにしなければいけません。自ら働きがいについて学ぼうと思ってもらえれば、人材育成は進むと思います。そして部下が自ら育ちたいと思えるかどうか。そう思わせることが場づくりです。今回の研修を見ていて、そういうポイントが大事だと改めて思いました。でも、このような家族のように部下を思い、称える文化は、もともと日本の中にあったように思いますね。
今野:確かにGiftworkの考え方は、昔の日本に存在した文化かもしれません。顧客に対して礼儀正しくする、期待以上の満足をもたらすことは常に言われることですが、それを部下に対しても行うという発想です。すると、部下はやる気になり、成果も出す。従業員第一を心がけることは、人材育成にもつながります。
西村:当社の社長は、常々「シスメックスを世界で一番働きがいのある会社にしたい」と言っています。今日のお話は、その目標について改めて考える、よい機会になりました。課題は多いですが、人材開発部としてチャレンジしていきたいですね。
今野:本日はお忙しいところ、貴重なお話をうかがうことができました。ありがとうございました。
- 自分の強みや弱みを客観的に見つめ、アクションプランを立てるという、いつもの研修のパターンを予測していましたが、いい意味で裏切られました。“自分も出来るかな”と思わせてくれる研修で非常にためになりました。
- 信頼を相互に持つことが基本であること。また、そのためにメンバーの人間全体に興味をもつことが重要だとわかりました。実際の職場でもメンバーとの相互理解を強めることで、信頼を得られるように活動したいと思います。
- 今後はもっと部下に積極的に話しかけて、困っていることや悩んでいること、やりたいことを傾聴したいと思います。その際は、いつも笑顔で!
- 人と人との信頼が「働きがいのある職場」の根幹だとわかりました。信頼は毎日の自分の仕事や姿勢から感じとってもらうと思っていたが、Giftworkのサイクルを回すことでもっと楽に築けるかもしれない。実際の職場でも、部員のことを知り、ほめて、尊敬をもって接するようにしたいと思います。研修を通じて、毎日の業務の中で実践すべき大事なことに気づきました。現状の打開に戸惑っていましたが、何とかなりそうな気がしています。
Great Place to Work® Institute (本部サンフランシスコ)は世界45ヵ国以上で「働きがいのある会社」を認定。調査・分析手法は、世界共通の基準で行う。有力メディアを通じた「働きがいのある会社ランキング」発表のほか、組織の「働きがい」を高める各種支援サービスを提供。近年、20年の研究をベースに「JOURNEY!」研修を開発、世界で展開している。