働き方改革の推進や新型コロナの影響によってリモートワークが促進され、多様な働き方が実現できるようになってきた一方で、社員同士のコミュニケーションが希薄になり、チームワークに課題を感じるようになった企業も多いのではないだろうか。業績の回復に向けて有効な一手が打てていない企業や、これまでの組織運営を変えていく必要性に迫られている企業も少なくない。
こういった企業の変革や組織運営の効果的な手法として、期待されているのが「組織開発」だ。しかし組織開発には概念的な部分も多く、実施することが難しいとの声も聞かれる。
そこで今回は、組織開発の現状と将来の展望について、企業における経営・人事課題の解決および、事業・戦略の推進を支援するリクルートマネジメントソリューションズの見解を提示する。また、2月2日に開催されたリーダーズミーティングでの議論の内容を紹介しながら、組織開発の重要性や可能性についても掘り下げたい。
組織開発とは
組織開発(Organization Development)とはチームや組織の活性化を目指す手法で、同じチームや組織で働くメンバー同士(人と人)の関係性に着目した一連の取り組みを指す。当事者たちが対話を繰り返すことで主体的に課題を発見し、チームや組織の変革を促していくものだ。
組織開発を進めていくにあたって最も特徴的なのは、「結果」ではなく、その結果に至るまでのコミュニケーションの取り方や意思決定の仕方といった「人と人との関わり方への働きかけ」を重要視する点である。コミュニケーションがうまくとれている場で生まれたアイデアや結果は、質が高いものになる。そのことに参加者たちが気付き、関係性も含めて改善していくというプロセス自体が組織開発であるとされている。
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組織開発が必要とされている背景
業績回復を見据えた外的な変化に対応していく必要性
組織開発が注目されるようになった背景には、長引く不況がある。近年、多くの企業が業績回復を図って、組織構造の変革や成果主義の導入など主に制度面で大胆な改革を行っている。しかし、それらの施策によって働く人々のモチベーションが上がったかというと決してそうではない。むしろ下がる一方ではないだろうか。
各企業は制度などのハード面だけでなく、ソフト面からも働く人のモチベーションや能力を上げていこうと考えた。そこで着目されたのが人材開発だ。その後、多くの企業ではコーチング研修やファシリテーション研修が導入されるようになる。しかし、結果として個人の能力向上には多少つながったかもしれないが、企業側が望む「業績回復に直結するほどの成果」は生まれなかった。
その間に仕事は「個業化」「高度化」し、業務が属人化するなど、チームで仕事を進めていくにあたっての業務課題が増えていった。さらにここ数年は、コロナ禍によってリモートワークを推進する動きが一気に加速。チームや組織が一丸となってまとまった力を発揮することが、さらに難しくなってきている。
加えて、人材不足が組織のマネジメントを難しくしているという現実もある。人材不足を解消するには、子育てや介護といった各家庭の状況に配慮しながら、派遣、パート、時短勤務などの多様な労働形態・働き方を受け入れた職場環境を作っていかなくてはならない。すなわち、属性や価値観が異なる人同士が集まる職場で、メンバーたちの方向性をまとめ上げる組織開発のアプローチが必要になってきたということだ。
外的な変化に対応していく必要性
そういった状況に対する効果的なアプローチとして期待されているのが、人と人の関係性から組織力を見直していく「組織開発」の手法だ。
リクルートマネジメントソリューションズで上司と部下の関係構築を支援するクラウドサービス「INSIDES(インサイズ)」の開発・提供を手掛ける荒金泰史氏は、それらの背景に加えて「人的資本の情報開示義務化」も大きく後押ししているのではと語る。
「企業の健全性や成長の可能性を示すものとして、あるいは投資すべき対象として人的資本が重要視されるようになり、人材にどれだけ力を入れているのかを、企業は開示しなければならなくなりました。開示したKPIが翌年何も改善していなければ、そのことが外部にも明らかになってしまうわけなので、単に制度や教育研修を『導入・実施するだけ』でなく、組織に『変化・効果』が起こるところまでコミットメントする必要が生まれています。その時、組織の内的・質的な変化を促していく組織開発のアプローチがポイントになってくるでしょう」
組織開発の具体的手法
組織開発を進める三つのステップ
では具体的に、組織開発をどのように進めていくべきなのか。組織開発の研究で知られる立教大学 教授の中原淳氏は、うまく機能しない組織における組織開発を三つのステップにまとめている。
最初に必要なのは、自分のチームや組織の課題を確認可能な状態にする「見える化」だ。表面化している課題の裏には「さらに大きな課題」が隠れていることも多く、従業員満足度調査などからデータを分析したり、AI(アプリシエイティブ・インクワイアリー)、オープンスペース、ワールドカフェといった対話手法を通して課題を探ったりするのが第1のステップだ。
第2のステップでは、顕在化した課題に対してメンバー全員で向き合い、本音で話し合う。相手の本音を聞き、本音で意見しながら「何が根本的な問題なのか」を把握し、課題に対する共通認識の獲得を目指していくわけだ。立教大学の中原氏は過去のインタビューで、このステップを「ガチ対話」と表現している。
そして第3のステップが「未来づくり」だ。自分たちのチーム、組織、会社をどうしていきたいのかを自分たちで考えて計画・実行していく。そこに、組織開発の本質があると指摘している。
組織開発の手法に頼り過ぎてはいけない
しかし、突然メンバーを集めて「話し合おう」と言っても、うまくいくパターンは多くないかもしれない。組織開発の目的が分からぬままに集められても当事者意識は芽生えない上、上司と部下の間で「本音で話し合う信頼関係」がないままに進むケースも少なくないからだ。
まずは上記のような組織開発の3ステップを実施する目的を明確にし、本音で話し合える環境を整える。この「STEP0」とも言える土台づくり・環境づくりが、組織開発の成否を分けていくと言えるだろう。
企業は「組織開発」にどう向き合うべきなのか
「結果として組織開発だった」でも良い
組織開発を進めていくのは決して容易ではない。組織開発を研究・コンサルティングする専門家たちも、概念的な部分があるという側面から理解が難しいことを認めている。
組織開発のコンサルタントとして数多くの企業を支援してきた中京大学の永石信教授は、組織開発を専門的に扱う部署の設立が必要だと語る。
しかし、組織開発を進めていくには議論の促進を促す他者の介入が欠かせず、介入者には一定以上のスキルが求められる。研修やトレーニングを企画・実施していくためにも、専門部署の有無が大きな違いになることは間違いない。
リクルートマネジメントソリューションズの荒金氏は、「必ずしも、組織開発という言葉を使う必要はありません。組織開発の手法を使ってその時々の課題に合わせた施策を実行していくことで、後から振り返ったときに『結果として組織開発をしていた』であっても、変革は生まれているのです」と語る。
企業における「組織開発」の実態
では、実際にはどのくらいの企業で組織開発は取り入れられ、推進されているのかを見ていこう。
「日本の人事部」が発行している『人事白書2022』によると、「組織開発を担当する部門がある」と答えた企業は10.7%、「組織開発を専門とはしていないが一部担当している部門がある」という企業は30.4%となり、なんらかの部門が旗振り役を務めている企業が40%強を占めた。これに「専門の部門ではなく現場のリーダーやマネジャーが組織開発を行っている」の13.4%を合わせると、約半数の企業が組織開発に取り組んでいることがわかる。
『人事白書2023』では、組織開発のために行われている具体的な施策を調査している。最も多かったのは、「上司と部下の1on1」(62.0%)で、以下、「マネジャー研修」(57.7%)、「サーベイ実施・サーベイ結果のフィードバック」(53.4%)、「ビジョンやミッションの浸透」(50.3%)、「コーチング研修」(48.5%)などが続く。組織開発の手法として挙げられる「対話の手法の実施(ワールドカフェやアプリシエイティブ・インクワイアリーなど)」は15.3%だった。
※参考
ワールドカフェ
ワールドカフェとは、コーヒーやお茶を飲みながらリラックスした雰囲気で会議をすること。1995年にアメリカで提唱された。アイデアは、無機質で機能的な会議室で生まれるのではなく、人々がオープンな空間で自由に対話を重ねることで生まれるといわれる。自分の意見を言いやすくなるのはもちろん、相手の意見を受け入れて相互理解や親睦を深めていくことを目的にしている。
アプリシエイティブ・インクワイアリー
Appreciativeは 「価値を認める」 、Inquiryは 「問いかけ・探究」 という意味。課題や問題点を指摘し、それを解消するのではなく、目指したい未来やありたい姿を描き、共有して、実現を目指すポジティブ・プロセスだ。自身の強みや価値について深く掘り下げていくことで組織のパフォーマンス向上につなげるという特色がある。
施策によって得られた効果は、「コミュニケーションの促進」が最も多く56.4%。以下、「チームワークの強化」「従業員エンゲージメントの向上」(ともに38.0%)、「心理的安全性」「ビジョンやミッションの浸透」(ともに36.8%)が続いている。
組織開発の知見やスキルの養成に課題あり
組織開発を進めていくには担当者の知識とスキルが欠かせないが、どこで培っていくのか。
『人事白書2023』によると、「自社内で組織開発に関わる内容も含んだ広範な研修を実施している」(38.0%)が最も多く、以下「上司や同僚によるOJT教育を行っている」(29.4%)、「社外で開催される組織開発に関わる内容も含んだ広範な研修へ派遣している」(23.3%)と続いた。その一方で「特にない」も20.2%あり、組織開発の知見やスキルを社内に広めていく難しさが垣間見える。
「組織開発」を支援する取り組み
1on1支援ツールの真価とは
組織の中にいるメンバーが自ら課題を見つけ、自分たちでどのように改善していくかを考える。その実現のためには、組織と社員の相互コミュニケーションが欠かせない。その相互コミュニケーションの前提となるのが、「社員の声を拾っていく作業」だ。実際に、サーベイを通して目に見えない不満や要望を収集し、フィードバックを実施している企業は増えている。
ただし、ここでいう「声」は、発言力のあるメンバーや、自分の意思をきちんと伝えられるベテラン社員の声ばかりであってはならない。組織開発においてはむしろ、「声にならない声」を拾っていくことが肝要となる。社員一人ひとりへの業務やキャリアに関する希望の聞き取り、時には顕在化していない課題をあぶり出す。そのための方法として多くの企業で行われているのが、上司と部下の「1on1」だ。
リクルートマネジメントソリューションズでは、1on1を支援するツール「INSIDES(インサイズ)」を提供し、現場でメンバーマネジメントを担うミドルマネジャーをサポートしている。しかし、「INSIDES」の開発に携わる荒金氏は、このツールの真価は1on1そのものを支援することだけではないと語る。
「INSIDESは、心理アンケートで社員の心境や性格を分析して、1on1で話すべきテーマや接し方を提案するなど、1on1そのものの質を高めることを可能にします。一方で、INSIDESが真価を発揮するのは、ミドルマネジャー1人が自身の部下の状態を把握するときではなく、さらにその上の部長や、別チームのミドルマネジャー同士と、自組織のメンバー情報を共有し合うときだと考えています。
これまで支援してきた多くの企業で、部下との関わり方への悩みを1人で抱え込んでいるミドルマネジャーをたくさん見てきました。INSIDESの結果をミドルマネジャー達が共に見るということは、単にミドルマネジャーが自分の部下への関わり方を検討するというだけに留まらず、さまざまな価値観や認識を持つ個人に対して、会社・組織としてどのように向き合っていくのかを突き詰めていくことに他なりません。
そもそも、1on1そのものの主旨がそうだったのではないでしょうか。上司と部下の会話がスムーズになることだけではなく、会社が多様な個を活かしていけるような組織に変わっていくことが目的だったはず。INSIDESの結果を共有する機会を持つことで、こうした本来の目的・主旨に近づくことができると考えています。
これは、現代において誰も避けて通れない、多様化する個人を会社はどう生かすのかという命題に、ミドルマネジャーひとりではなく、皆で立ち向かうことを共に確認しあえる機会でもあります。見えにくい本質的な課題を見える化し、皆で直視していく機会を提供するという意味で、このプロセスには組織開発的な要素が多分に含まれていると考えています。」
組織開発の手法の中にはAIやワールドカフェなどがあるが、INSIDESを利用することで1on1もまた組織開発の手法のひとつになり得る。1on1はすでに多くの企業で導入されているため、ワールドカフェやAIといった組織開発に慣れていない人たちが新しい試みをゼロから始めていく必要がないのも強みと言える。
組織開発に関する人事責任者の取り組みとは
2月2日に開催された「HRカンファレンス2024-冬-」~リーダーズミーティング~では、20社近い企業の人事責任者が組織開発をテーマにしたセッション「組織開発において人事部門が果たす役割とは」に参加した。この点からも、組織開発というテーマに対する関心の高さがうかがえる。
セッションでは中京大学教授の永石氏が登壇。組織開発の対話の場を簡易的に再現しながら進み、各企業における組織開発を進める上での悩みや、自社の課題をグループごとに語り合った。中でも「これからの組織開発における人事の役割とは」を議論するグループディスカッションは、大いに盛り上がった。
前段として荒金氏によるINSIDESを活用したHRBPの好事例が紹介されたことから、HRBPと全社人事の役割分担などについて語り合うグループも多かったほか、経営戦略室や経験企画室などの部門との役割分担などにも話は及んだ。発表の場では、現場からの悩みを人事が吸い上げる難しさや、「経営者と現場をつなぐのも人事の役割なのではないか」といった意見が出たほか、CEO、CFO、CHROが三位一体となる必要性に触れた発表者もいた。
人事リーダーの視点からさらに学ぶ
同時多発的な課題の奥に潜む「本質的な課題」を見つけ出し、変革を促すための組織開発
まとめ:組織開発の今後
リーダーズミーティングのディスカッションでは、人材開発で一人ひとりに対応していくことも大事だが、組織開発で組織全体の変革を促すことのほうが目指すゴールに近づくという意見もあった。ビジネスが高度化・複雑化し、潜在化する課題も増えている中、「複数の課題に対応していくためには、組織開発の手法が効果的だ」と永石教授も語る。そのとき、人事部門が行うべきこととは何なのか――。
永石氏はセッションの最後に、「人事部門は、組織開発に挑むメンバーを形成し、課題を整理するまではコアメンバーとして活動する。そしてその後は、事務局として現場の活動をつないでいくことが求められる」と語っている。
とはいえ、現場の社員やマネジャーを動かすことは難しく、組織開発という場にたどり着くこと自体が課題であることも多いのが実情だ。荒金氏の「変化の激しいいまの時代に、昔の組織運営に戻ることはできません。外的・内的な変革にいかに適応していくのか。その答えのひとつが組織開発であると思います」という言葉に、組織開発の大きな可能性が垣間見える。
当社は、“個と組織を生かす”というビジョンを掲げ、最も重要な経営資産の一つである「人と組織」に焦点をあてたリクルートグループ内のプロフェッショナルサービスファームです。個と組織の力が最大の優位だと言い切れる会社が溢れる社会を実現します。
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