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高い「年収」をオファーする会社が魅力的に見える、というわけでもない
安い「年収」をオファーする会社が内定者に冷たい、というわけでもない

人材紹介アドバイザー

小中敏也

内定した3社の中から最低年収の企業を選んだ人材のケース
営業職じゃなくて人事の仕事にチャレンジしてみたいんです…


プロスポーツのFA(フリーエージェント)などの影響だろうか。「自分を一番高く評価してくれたところで働きたい」という人が増えている。この場合の「高い評価」とは、すなわち年収を指していることがほとんど。「給料がたくさん欲しい」というと、何となく嫌らしいと受け取る向きもあるようだが、「高い評価をしてくれた」というのは、とてもスマートな言い方である。しかし、そんな風潮とは裏腹に自分の夢を追いかけたり、ストレスのない環境を選びたいという人もまた多い。

「隠しても仕方ないので、ざっくばらんにお話しします…」

「これで3社から内定をもらったことになりました。新しい企業を受けるのはやめて、じっくり考えてみたいと思います」

Mさんは、IT関係の企業で営業マンとして活躍してきた方だが、30歳になったのを契機に、これからは人事としてキャリアを積んでいきたい…という希望でご相談を受けていた方だった。

20代をずっと営業として働いてきた方が、いきなり人事を希望するといっても現実的にはなかなか難しいのが実情なのだが、Mさんの場合は、これまでの会社で自分の所属する営業部門の採用業務も任されていた経験があり、「採用担当者で」ということでならけっこう面接してみたいという企業はあったのである。

そして、面接になるとやはり営業経験があるだけに受け答えも的確で、1カ月ほどの活動で3社から内定を得るところまで進めることができたのだった。

「そうですか、わかりました。ちなみに私どもでご推薦させていただいたC社さん以外には、どちらが内定されているのですか。よろしければ最終的な会社選択のご相談にも乗らせていただきたいのですが」 「そうですね、隠しても仕方ないので、お話しします…」

Mさんはざっくばらんに内定している企業について話してくれた。

まず、A社は外資系の自動車部品メーカーで採用を中心とする人事の仕事。年収は前職よりわずかに良いレベル。人事は未経験なので、このへんからスタートしてくださいということらしい。

B社は、Mさんにとっては慣れ親しんだIT業界の企業。ITのエンジニアを育成するためのオンライン教育のシステムを立ち上げるプロジェクトの担当だ。新規事業の担当だからヤリガイはあるが、事業が軌道に乗るまでは前職の給与よりもやや低い年収となる。

C社は、私どもが紹介した医薬品業界の企業。医薬業界ではとても大切なMRを専門的に採用する仕事である。MRは営業の一種なので、医薬業界は未経験のMさんだが十分対応してもらえるだろうという期待が大きく、年収は前職よりも100万円近くアップする提示をされていた。

「どの仕事もそれぞれ魅力がありますし、同時に頑張らないといけない部分もあります」

Mさんは冷静に自分を客観視できる方だった。A社は人事にキャリアチェンジできるが、外資系なので英語は頑張らないといけない。B社では仕事はおもしろいが、年収が一番低く、また新規事業が成功する保証もないというリスクを覚悟する必要がある。C社は、会社が大きく年収も一番よい。しかし、MRの採用というかなり専門的に特化した仕事なので、将来のキャリアプランも含めて考慮する必要がある…。

「高い評価をいただいた会社には、本当にお礼を言いたいです…」

つまり、3社とも条件的には五分五分であり、横一線に並んでいる状態だった。
「2、3日考えさせてください。家内や家族ともよく相談してみます」
Mさんはこう言って、しばらく考えることになった。

そして、Mさんが結論を出す日がやってきた。ほぼ3社とも、この日の前後には回答が欲しいということになっていた。

「いかがですか? もうお考えはまとまりましたでしょうか」 「ええ、悩みましたが結論を出しました」

その結論とは、「B社で頑張ります」というものだった。 「そうなんですか…。一番年収も安いですし、リスクもあるという会社ですよね」
「はい、C社さんの年収はとても魅力でしたし、会社も大きくて安定していそうなので、家族はC社がいいという意見だったのですが、最後は自分で決めさせていただきました。やはり、今まで自分を育ててくれたIT業界の発展につながる仕事ができるという部分に、非常に魅力を感じてしまったんですよ。C社さんには、高い評価をいただき、本当にお礼を言いたいと思います。よろしくお伝えください」

Mさんは最後まで礼儀ただしく、B社を選んだ理由を説明してくれた。

C社の採用マネージャーに結果を報告すると、「やはりそうですか」という答えが返ってきた。

高い「年収」をオファーする会社が魅力的に見える、というわけでもない 安い「年収」をオファーする会社が内定者に冷たい、というわけでもない

「年収は当社が一番高く提示できたので、昨今の傾向からいうと来ていただけるんじゃないかと思っていたんですけどねぇ…。Mさんは、もともと営業で実績をあげてきた方だから、面接の時にも何かチャレンジできる仕事がしたい、今度は人事にチャレンジしたいとおっしゃっていたんですよね。うちの仕事よりもっとチャレンジングな仕事だったんでしょうね」

「高い評価をしてくれた会社」=「給料のいい会社」を選ぶ…という人ばかりでもないのである。C社の期待に応えることができず、私の仕事としては成功例ではないのだが、Mさんの選択はとても明快でさわやかに印象に残ったのだった。

内定先の「年収」提示の複雑さに翻弄されてしまった人材のケース
いい評価をいただいたほうの会社を選びたいと思いますが…


給与にまつわるエピソードをもう一つ。内定がいくつか出ると「それぞれの年収など条件を聞いて判断したい」というケースが多い。収入を得るために働くのが仕事というものだから、それは当然なのだが、一口に「年収」といっても、それぞれの企業で提示の仕方がまるで違うということにも注意しなくてはならない。じっくり考えて年収のいい会社を選んだつもりが、そうではなかった…ということもありうるのだ。

「年収の違いでしか差をつけられない感じです…」

「仕事内容は、ほぼ互角なんですよ。どっちもやりがいがありそうですし、権限も明確にしていただいています。会社としても申し分ないですしね。あとは、年収の違いでしか差をつけられない感じです。いい評価をしていただいたほうを選びたいと思っています」

こう話してくれたFさんは、別にお金に執着するタイプではないようだったが、内定した2社があまりにも希望に沿っていたため、それこそ「どちらがより良い評価をしてくれたか」でしか、決着をつけられなくなってしまったケースだった。

P社は外資系なので年俸制。もう一社のT社は日本の会社で月給+賞与という形態になっている。

「額面ということで見ると、やはりP社さんのほうがいいですよね。年俸を12等分して支給される方式ですから初年度から満額いただけるのもありがたいですし…」 Fさんと私は、両方の内定通知書を見ながら検討を始めた。

Fさんは、毎月マンションのローンを支払っている。そのため月額の給与が多いほうが家計のやりくりはしやすいらしい。また、月給+賞与という形態の企業の場合、入社後すぐの賞与は在籍期間の関係などで金一封程度になるケースがほとんどだ。つまり、「年収500万円」と提示されていても、初年度はそこからボーナス1回分を引いた金額になるのが普通である。

「しかし、Fさん。P社さんの年俸には月40時間分の時間外手当相当分が含まれている…と書かれていますよ。T社さんの時間外はこの提示年収以外にもらえるわけだから、そんなに差があるわけじゃないですよ」 「そうか…そうですよね。でも、T社の残業は月何時間くらいあるんでしょうか。保証されるものじゃないですよね」

「もちろんです。人事の方の話でも、時間外は人によって、また時期によって変動するということでした。でもFさんの入社する部門は、これからの期待の大きい重点部門だから、残業が少ないはずはない…ともおっしゃっていましたよ」
「個人的には、変動する時間外手当で稼ぐ…というのは、あまり好きじゃないなぁ。バシッと金額で出してほしい気がしますが…」

「入社する前から退職金のことを考えて仕方ない気がします…」

Fさんは、さっぱりした気性の人らしく、どちらかというとシンプルでわかりやすい外資系P社の給与の方に好印象を持っているようだ。

「それから、ここも見てください。T社には退職金制度があります。P社さんには退職金制度はないですよ」 「うーん、入社する前から退職した時のことを考えても仕方ない気もするし…」

「まあ、前向きな発想じゃないかもしれませんが、仮に10年勤務して退職金が300万円だったとすると、年間30万円の上積みがあるのと同じことですよ。決して小さい話じゃないです」
「なるほどねぇ…」
「あ、Fさん。P社のほうには、年俸以外に決算ボーナス支給の可能性があるともありますよ。P社はこのところ業績好調だから、もう3年連続で決算賞与が支給されているそうですよ」
「それはありがたいですね…って、そういうのは、なんか私自身に対する評価とはまた違うような気がするんですけど」

「それもそうですが、働く人のためにいろいろ還元の方法を用意している企業というのは、それだけ人材のことを考えている、すなわち人材への評価もきちんとする会社ではないかと…」
「難しいものですねぇ」
「そうなんです。じっくり検討しましょう。2社からいい条件をもらえるなんて、うれしい悲鳴じゃありませんか」

高い「年収」をオファーする会社が魅力的に見える、というわけでもない 安い「年収」をオファーする会社が内定者に冷たい、というわけでもない

Fさんと私は、さらに話しこんだのであった。

これは企業からの提示のわかりにくさだが、逆に企業側が知りたい「この人は前職でどの程度の年収をもらっていたのか」という情報も、細かいところまで確認しないとわからないことがある。

人によっては、時間外手当を除いた年収を申告される方があったり、全額会社負担の社宅に住んでいたりするからだ。その場合、ご本人が申告された年収をもとに、入社後の年収を提示すると「前職よりも低くなった」という事態になりかねない。また、最近ではカフェテリア方式の人事制度の普及などによって、退職金を前倒しでもらっているような人もいる。その場合は、同じ仕事をしている人よりも年収額が膨らんでいる場合もある。

評価を金額で表すといっても、プロスポーツ選手の年俸交渉のようにシンプルにはいかないのが実情である。もっとも、昨今はスポーツ選手でも出来高払いや各種オプション契約など、ますます複雑化しているようであるが…。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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この記事ジャンル 中途採用

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