タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第59回】
キャリア・リスキリング!
万華鏡理論(Kaleidoscope Careers)とは?
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
キャリア知見を学び続けることの醍醐味は、二つあります。
一つ目は、きわめて実践的な知見であるという点です。それぞれのキャリア形成期に直面する課題や困難は、個別具体的な問題ではあるものの、同じような境遇で悩んでいる人が数多くいます。たとえば、若手がキャリア形成期に直面する「このままでいいのか」というこれからのキャリアへの不安や、ベテラン社員が直面する組織に依存してしまい、新たな挑戦や変化におっくうになることなどは、この国の社会問題であると捉えても過言ではありません。
そのようなキャリア課題に直面したとき、プロティアン・キャリア知見をベースに、中期でキャリア資本計画をたて、これからをデザインしていくこと。あるいは、バウンダリーレス・キャリア知見をベースに、越境活動を重ねて組織依存から脱却していくことなど。キャリア知見は、インプットしたその日から、実践的に取り組んでいくことができるのです。
二つ目は、キャリア知見自体が時代の変化に適合しながら、進化し続けているという点です。前回のゼミで紹介したのは、新たなキャリア知見(New Career Studies)の動向でした。私が皆さんと一緒に実現したい未来像の一つは、ビジネスパーソン一人ひとりが定期的にキャリア知見をリスキリングしていくような文化を創っていくことです。キャリア知見は、人事部や人材開発、あるいはキャリア支援に関わる人たちの専売知見ではないのです。というのも、業界や業種を越え、すべてのビジネスパーソンにとってキャリア知見は、人生のお守りになるからです。
万華鏡理論(Kaleidoscope Careers)とは?
というわけで今回のゼミでも、キャリア知見の進化に触れてみることにしましょう。取り上げたいのは、最近、私自身が関心を持っているプロティアン・キャリア理論と万華鏡理論(Kaleidoscope Careers)との関係性についてです。
本ゼミの理論的支柱であるプロティアン・キャリア知見は、1976年にダグラス・ホールによって提唱された概念であり、アイデンティティとアダプタビリティを軸に、自らが主体的にキャリアを形成していくことに力点が置かれています。
これに対して、本ゼミで初めて紹介する万華鏡理論は、2002年にアーサー・R・メイナードとスーザン・P・メイナードによって開発された、キャリア選択における個人の多様性と柔軟性を重視する理論です。キャリアを万華鏡に例え、個人の価値観や優先順位が変わることで、キャリアの形も変わっていくという概念を提唱しています。
キャリア知見を理解する鍵の一つになるのが、用いられている「メタファー(比喩表現)」の意味を考えることです。ギリシア神話の神プロテウスをメタファーに変幻自在の姿を想起させるプロティアン。一方、いろいろな形に変化していく万華鏡からは、キャリア形成における「しなやかさ」や「多様性」をイメージすることができます。
共通しているのは、プロティアン・キャリアも万華鏡理論も、変化の激しい社会変化の中でキャリアを形成していくための新たな知見として提唱された点です。
プロティアン・キャリアは、個人の価値観や自己概念を中心に据え、自己決定と柔軟性を重視します。ホールは、プロティアン・キャリアを二つの主要な特徴で説明しています。
価値観の明確化:個人の内面的な価値観や目標に基づいてキャリアを築くこと
この視点によって、プロティアン・キャリアは従来の組織中心のキャリアモデルとは一線を画し、個人の主体性を強調する理論フレームの構築に成功したのです。
万華鏡理論は、個人がキャリア選択をする際に、人生の異なる局面で異なる優先順位を持つことに着目します。この理論は、以下の三つの要素で構成されます。
- 真実性(オーセンティシティ):個人の内面的な価値観が、外面的な行動や雇用組織の価値観と一致している状態
- バランス:個人が仕事と仕事以外の要求(例:家族、友人、高齢の親族、個人的な関心事)との間で均衡を保とうと努める状態
- 挑戦:個人が刺激的な仕事(例:責任、自律性)やキャリアの発展を求める必要性
これらの要素が、個人のキャリア選択の各段階において、それぞれ異なる重点を持つことで、キャリアの多様性と柔軟性がもたらされると考えられているのです。そこで今、私が考えているのは、プロティアン・キャリアと万華鏡理論をつなぎ合わせて、今の時代にさらにフィットしたキャリア知見を構築していくことです。
プロティアン・キャリアと万華鏡理論を接続させる
プロティアン・キャリアと万華鏡理論を接続することで、個人のキャリア形成において、より柔軟かつ動態的なアプローチの獲得が可能になります。たとえば、次のような理論的進化を期待できるでしょう。
自己の多様性を生きる
プロティアン・キャリアの自己主導性に加え、万華鏡理論の自由やバランスの概念を取り入れることで、キャリア選択の幅を広げることができます。個人は自分の人生の異なるフェーズで異なる優先順位を持ち、それに応じたキャリアパスを選択できます。言い換えるならば、これまではどちらかというと、集団の中での多様性に重きが置かれてきましたが、個人の中の多様性にも向き合う気づきを与えてくれることになるのです。
ダイナミックなキャリア形成
万華鏡理論の動的な視点を取り入れることで、プロティアン・キャリアはより変化に対応しやすくなります。個人はキャリアの途中で自分の価値観や目標が変わった場合でも、それに応じてキャリアを再設計する柔軟性を持つことができます。プロティアン・キャリアは、従来型の単線型キャリアからの転換として、複線型キャリアの可能性に触れてきましたが、複線型キャリアも、将来の目標から逆算するような形がイメージされやすい考え方でもありました。もっと、人生はしなやかでいいのです。万華鏡理論は、複線型キャリアに柔軟性を付け加えてくれます。
自己効力感の向上
プロティアン・キャリアの自己主導性に万華鏡理論の挑戦の視点を組み合わせることで、個人の自己効力感が高まります。仕事が個人の価値観に一致し、自由とバランスを持つことで、仕事に対する満足感とモチベーションが向上します。これまでも長年、同じ業務に携わることでのキャリアプラトー(停滞感)と、それに伴う組織内依存が問題視されてきました。言い換えるなら、新たに挑戦することはできなくなり、「キャリアの沼」から抜け出せなくなるのです。しかし私たちは、いつからでも挑戦していくことができます。変幻自在なプロテウスの神を私たちの内部に宿しながら、その挑戦自体に過度のプレッシャーを自ら与えないしなやかさを共在させていくのです。
プロティアン・キャリアと万華鏡理論を接続させることで、キャリアカウンセリングや組織の人材開発においても新たなアプローチが可能となるでしょう。キャリアカウンセラーは、クライアントの価値観や人生の優先順位に基づいて、柔軟かつ多様なキャリアパスを提案することができます。また、組織は社員の多様なキャリアニーズに応えるために、柔軟な働き方やキャリア開発プログラムを提供することが重要です。
このようにプロティアン・キャリアと万華鏡理論を接続させることで、現代の複雑なキャリア環境において、個人の多様なニーズに応えるための新たな理論的枠組みの獲得を目指していきます。
この接続により、個人は自己主導的に、かつ真実性とバランスを保ちながら、しなやかに挑戦し続けるキャリアを築くことが可能となります。組織もまた、この新たな視点を取り入れることで、社員の心理的幸福度を高めるだけではなく、競争力や生産性を向上させることができるでしょう。
それでは、また次回に!
- 田中 研之輔氏
- 法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。