有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第41回】
CHROを考える(その5)
CHROにしかできないこと
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
前回は、CHROの究極の役割として、現場の声と経営トップをつなぐ仕掛けを作ること、そして経営レベルの後継者人事を発案・推進することの二つを挙げました。今回は、CHROにしかできないことについてお伝えしたいと思います。
当然のことながら、CHROは人と組織に関わる全体像を俯瞰しています。そして、真に人事部門の全体を見ている唯一の存在でもあるでしょう。従って、経営視座をもって人事部門の組織変革や実験を推進できるのは、CHROだけなのです。
縦を横に
日本M&Aセンターでは、4月に始まった今年度、人事部門における大きな組織改革を行いました。それまでは管理本部内にあった人事部(採用、人事、組織、労務、制度)と、戦略本部にあった人材戦略部(育成、活性化、生産性向上、エンゲージメント)を統合して人材本部を立ち上げ、「機能別チーム」から「ミッション別チーム」へ移行しました。「縦を横に」したのです。その狙いは、「採用~育成~活性化」を一気通貫で推進することです。
この組織変革にともない、チームのKPIも変化しました。「〇〇人採用する」「研修プログラムを○○回実施する」といった単発の目標だけではなく、「新入社員の立ち上がりリードタイム」「入社3年後の定着・活躍率」といった、より経営戦力と一体化した指標に重点を置くように自らの意識を変えたかったからです。
組織的実験
今回の組織変革は、一種の実験でもあると考えています。上述のように組織の「縦を横に」しただけではなく、それぞれ得意技の異なる複数のマネージャーを、一つのチームの中に置いてみました。一般的な組織論の原則でもある「レポートライン(指揮命令系統)の明確化」とは逆行しています。また、ほとんどのメンバーが、本務に加えて何らかのプロジェクトを担当することになりました。
これには、ティール組織(2014年 フレデリック・ラルー)的な要素を取り入れたという見方も成り立つかもしれません。ティール組織は、明確な権力をもつリーダーが存在せず、現場においてメンバーが必要に応じて意志決定をおこなうフラットな組織コンセプトです。マネージャーたちには、「これは実験。成功するかどうかは、皆さんのリーダーシップとチームワークにかかっている。この混沌(こんとん)を楽しもう!」と伝えています。
また、チームの壁を越えたカジュアルなコミュニケーションを促進し、発想の転換とペーパーレスを意図して、自身と部長陣も含め、人材本部の全員がフリーアドレスで働くことにしました。固定の部長席は、お菓子置き場となっています。さらには、「必ず前日とは違う席に座る」というルールを導入しました。今のところ、うまく行っているように思います。
HRBPと事業部人事の違い
HRBP(Human Resource Business Partner)の導入といった判断も、CHROにしかできない意思決定だと思います。このような提案が採用や教育といった機能別チームのリーダーから出てくることは考えづらく、組織の全体最適を考えるCHROならではの経営判断であるはずです。
なお私は、人事部門を製造業の企業組織になぞらえて、機能別チーム(下図の縦長四角)を「人事工場」、クライアント組織に寄り添うHRBP(下図の横長四角)を「人事営業」と解釈しています。HRBPは、伝統的な事業部人事とは異なります。事業部人事は事業部長配下であり、その命令に従うわけですが、HRBPの上長はあくまでも人事役員・部長であり、事業部長はクライアントです。HRBPにとって、事業部長に耳の痛い話でも、インプットがしやすい環境が担保されていると言えるでしょう。HRBPの大きな役割は以下の三つと考えられます。
- 担当する事業部のマネジメント・チームの一員として経営に参画
- 全社人事施策を担当事業部内で実行
- HRBP同士のネットワークの中でベスト・プラクティスを横展開
HRBPを含む人事組織は、「縦と横の組み合わせ」によって形成されます。このような組織設計も、まさにCHROにしかできないことです。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
CHRO究極の役割は、
あんたにしかできないことは何だい?
それをやろうぜ!
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。