有賀 誠のHRシャウト!人事部長は“Rock & Roll”【第32回】
ユニクロで学んだこと(その5:ポジティブな朝礼暮改)
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
前回は、柳井正氏の「勝つことへのこだわり」について紹介しました。柳井氏は、過去にはとらわれず、現在を踏まえ、勝つためにここから将来に向けて何をすればよいのかだけを考えます。その結果として、指示を翻すことも少なくありません。結果としての「朝礼暮改」です。しかし、それは必ずしもネガティブなことではないのです。
業界初のリコール
私がユニクロで生産担当の執行役員となった年の秋、品質問題の報告が上がってきました。ある男児向けの製品に不具合があることがわかったのです。確認したところ、不具合の発生率は販売された製品のうち0.003%という低い率でした。また、育ち盛りの男児が数年にわたり同じ製品を着用する可能性は低いことから、リスクが高くはないと思いました。とはいえ、お下がりを着用するケースも想定されます。私は仲間と相談して、リコールをしようと決めました。そして、それを報告すべく、早朝の役員会に臨みました。
役員会では、経緯報告とリコールをしたいという意思表明を行いました。ところが、柳井氏を含めて役員全員が反対したのです。
私は自動車業界出身ですが、そこでは、品質や安全性に疑義がある場合は正直に公表し、リコール活動をすることが絶対的に正しい行為でした。しかし考えてみれば、自動車の品質欠陥は人の命に関わりかねない大事ですが、洋服の品質がそこまで深刻な事故につながることはないでしょう。そして、これは後から知ったことですが、アパレル業界ではリコールという概念や前例が無かったのです。役員たちが驚いたのも無理のないことでした。
そのような場の空気の中、私は壁に掲げてある「ユニクロ経営理念23ヶ条」に言及しました。どの国でも、どの業界でも、どの企業でも、ほぼ例外なく、理念の類の最上位にあるのは “お客さま” です。もちろん、ユニクロでも同様でした。その一行目を指さして言ったのです。
「私たちは経営理念のトップに “お客さま” を掲げています。このままにしてまた不具合が起こったら、私たち自身が掲げた理念、そして “お客さま” に対して、どのように言い訳をするのでしょうか?」
私が押し切った形で、役員会での議論を終えました。その後、自席に戻り、昼食を取り終えたところで、柳井氏に呼ばれました。
「朝の役員会の件だが、有賀君の言っていたことが正しいと思う。リコールをしよう」
朝の段階ではリコールの実施にどちらかというと反対だった柳井氏ですが、おそらくその後も考え続けたのでしょう。数時間後には判断を変えたのです。まさに、「過去は関係ない。現在から将来に向けて、勝つために正しいことは何か」にこだわった結果と言えるでしょう。
それだけではなく、その日のうちに当該商品のメーカーの役員を招き、「リコールをすることで御社にも面倒をかけることになるが、ユニクロも逃げないので、ぜひ協力してほしい」と、話をつけてくれました。私からすれば、極めてポジティブな「朝礼暮改」だったのです。
後に社長として失敗をした自分のことを振り返り、柳井氏と比べると、私は過去にこだわってしまっていたのだと思います。「組織に一貫性を」「部下のはしごを外さない」という意図があったものの、「勝つことへのこだわり」は不足していたと言わざるをえません。
“お客さま” という旗
柳井氏の思想の組織浸透やユニクロという会社の本当のすごさを思い知ったのは、その後の展開においてでした。リコールを実施する際、大変なのは社長でも役員でもありません。本当に苦労するのは現場の店長たちです。お客さまに謝罪したり、便乗するクレーマーに対応したりするのは、店長の仕事です。
そこで、店舗を統括するブロック・リーダー全員に集まってもらいました。私はまず経緯を説明した上で壁に掲げられている「ユニクロ経営理念23ヶ条」を指さし、こう話しました。
「今回はリコールを行うことにしたい。この問題を正直に告知して、お客さまに返品をお願いし、誠意をもって返金する。そして、新たな不具合が絶対に発生することがないように全力を尽くす。それが、“お客さま” を真っ先に掲げた我々自身の経営理念に基づき、真摯かつ正しい行動だと信じる。大変だとは思うが、ぜひとも協力してほしい」
参加者皆が大きくうなずき、「そうだ、そうだ!」という空気が醸成されていきました。私は安堵し、また心強く思いました。そして、驚くことが起こります。
ユニクロは山口にコール・センターを構えていますが、そのメンバーが土日を返上して東京に来てくれ、本件のためだけに臨時コール・センターを立ち上げてくれたのです。また、インターネット販売の部隊は、「お客さまがサイトにアクセスしたら、リコールの告知が表示されるようにします!」と力強く宣言してくれました。いずれも、こちらからお願いしたのではありません。彼らが主体的に動いてくれたのです。
私は感激しました。これまで私がいた組織では、都合の悪い話があると、逃げるまではしなくとも、距離を置いたり、斜に構えたりする人が大勢いました。しかしユニクロでは、“お客さま” という旗を立てると、皆がそこにはせ参じるのです。柳井氏の経営哲学が現場の隅々にまで浸透している、すごい組織だと思いました。「この会社は強い!」との確信を持った瞬間です。また、組織として掲げた理念を単なる「壁のポスター」としてしまうのではなく、それを自ら体現し、メンバーに染み込ませることこそ、リーダーの役割であると強く認識させられました。
本件の帰結したところとして、ブランドが棄損するどころか、アパレル企業としての誠意ある行動が社会から評価をされ、ブランド好感度調査などではむしろスコアが上がる結果となりました。当初は反対されながらも、「お客さまに対して正直であること」を唱えて、本当に良かったと思います。結局は、これが商売の基本なのでしょう。さらには、自動車業界でのつらい経験を、ファッション業界で活かすことができたことも幸いでした。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
正義へ向けての方向転換であれば
朝礼暮改も悪いことではないぜ!
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。