有賀 誠のHRシャウト!人事部長は“Rock & Roll”【第22回】
キャリアについての考察(その1)
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
「何になりたいか」ではなく、「何をやりたいか」
私はこれまで8回の転職を経験し、現在は9社目で働いています。別にジョブ・ホッパーになることを目指していたわけではなく、新しい組織に入るたびに「この会社で引退しよう」と考えていました。それでも、どうしても譲れないことがあったり、解任(4回!)されたりして、結果として波乱万丈のキャリアになってしまいました。
ただ、常にその時点での人生の目標は持っていたと思います。そして、それは「何になりたいか」というよりも、「何をやりたいか」でした。
「グローバル企業でマネジメントに携わりたい。まずはビジネス・スクールで自分を鍛えよう」「日本のものつくりを元気にする。そのため、現場力のある日本企業と世界的ネットワークを持つ企業とをM&Aでつなぐ」「自分を超える次世代を育てよう。経営視点、成長戦略としての人事だ」「海辺に別荘を構え、そこでリモート・ワークを」「ライブハウスを作るぞ。自分はプロ・ミュージシャンにはなれなかったけれど、若いタレントに場を提供する」などなど。
結果として、40歳で役員に、その後、複数の業界・企業で20年以上何らかのエクゼクティブ・レベルの任にあり、社長業も経験したわけですが、一方でプー太郎だった時期もあります。意図したものであったかどうかはともかく、日本型プロティアンの走りとなっていたのかもしれません。法政大学 田中研之輔先生に分析・評価していただこうと思うところです。
キャリアの中では、(1)日本鋼管(現在のJFE)や三菱自動車といった伝統的な日本企業、(2)GM、IBM、ヒューレットパッカードのような米国本社のグローバル企業、そして(3)ユニクロやミスミという日本企業の新潮流という三つのパターンを体験したことになります。人事の仕事をする上では、それら三つから、いわゆる「いいとこどり」をするための材料を仕入れまくったと言えるかもしれません。
キャリア・プランは戦略
私は20代後半で米国駐在となった際、職場やビジネス・スクールで接した同世代のアメリカ人から大きなショックを受けました。私がキャリアは会社から与えられるものだと漠然と認識していたのに対して、彼らはそれぞれ明確なゴールを持ち、そこへ向けて努力をしていたのです。
それは「将来は起業するため、資金と人脈作りを目的として今はここで働いている」「CEOになることを目指している。そのためにビジネス・スクールに来た」といったものでした。そして、やがては私自身も、「キャリアは戦略だ」という意識を持つに至りました。ということになれば、まさにビジネス・スクールで学んだ戦略論のフレームワークを活用しない手はありません。
IBMやヒューレットパッカードで働いていたときは、社員に対して「自分自身のキャリア・プラン(=戦略)も作れない人間が、お客さまに戦略提案などできるわけがない。まずは自分のキャリアをしっかりと考えよう」とはっぱをかけていました。その際に用いていたのが、以下のシンプルな「戦略論のフレームワーク」です。世の中に戦略論は数多く存在しますが、それらを統合し、単純化したものです。
企業として目指す「理念」を具現化する施策が「戦略」であり、「外部環境分析(市場の競争環境、顧客、供給業者、新規参入者、代替脅威の相関関係の分析。Five Forcesなど)」と「内部環境分析(自社の強みと課題の分析、Value Chain, Core Competenceなど)」という二つの宿題をこなすことで、より勝つ確率が高くなる選択肢への絞り込みが可能になるという理屈です。
これをキャリア・プラン策定に当てはめてみましょう。まず「理念」は何をやりたいのかということになります。次に、「外部環境分析」の各要素をキャリア検討用に転換してみましょう。
市場の競争環境=需要と供給。企業がどのような人材を必要としており、人材市場においてそのような人が多いのか少ないのか(IT人材、グローバル人材、エンジニアなど)。自分の競争相手は誰か。
- 顧客=スポンサー。自分の活躍や成長に期待をしてくれる上司・上長や先輩かも。
- 供給業者=パートナー。自分の仕事を助けてくれる仲間や人脈。
- 新規参入者・代替脅威=自分にとって替わるかもしれない存在。人とは限らず、AIかもしれない。
そして、「内部環境分析」です。自分の強みと課題を見つめてみましょう。強みを伸ばすことに注力するのか、課題を克服することが先決なのか、行動の優先順を考える必要があります。
私は若いころ、すべてにおいて優秀であること、すなわち課題の克服を目指していました。しかし、キャリアの残り時間が少なくなってくるに従って、自分の強みを活かすことに集中し、課題の部分に関してはそれを補完してくれるパートナーと組むことを考えるようになりました。
以上のような戦略論のフレームワークに当てはめて自らのキャリアを検討することで、今、何を考えるべきか、どのように行動すべきかが見えてくるはずです。
例えば、ファイナンスのプロになろうと考えたとして、金融業界の人的ダウンサイジングによって自分と似たような人間が人材市場にあふれていたとしたら(需要と供給)、またその分野における自分の強みは差別化要素とまではいえないとしたら、どうするのか。金融という方向性を修正するのか、あるいは自分の強みをさらに磨き高めていくのか、という選択肢になるでしょう。
このようにキャリア・プラン策定は「自分がやりたいことを軸に、成功するための確率を高める」という思考プロセスですから、「勝つ確率を高めるための戦略論のフレームワーク」は極めて有用だと考えます。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
おまえは何がやりたいんだ?
それを定めれば、何をすべきかが見えてくるはずだぜ!
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。