有賀 誠のHRシャウト!人事部長は“Rock & Roll”
【第20回】多様性を競争優位に(その3)
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
私はビジネスと多様性について、さまざまな場面で学び続けています。今回も、二つのエピソードをご紹介したいと思います。
「ごめんなさい。有賀さんのお話が……」
ヒューレット・パッカードで人事のディレクターを務めていたときのこと。同社では毎月、各部門のリーダーがビジネスの状況や自部門の戦略についてスタッフに語りかける、コーヒー・トークというイベントを開催することになっていました。ある日のコーヒー・トーク終了後、一人のスタッフが近づいてきて、私に言いました。
「私は耳が不自由で、ほとんど人の声を聞きとることができません。そこで、しゃべる人の唇の動きを見て会話の内容を理解するのですが、有賀さんはプレゼンの最中によく動かれていたので、あまり唇が見えず、話の内容が半分くらいしかわかりませんでした。申し訳ありません」
私はなるべく多くの聴取者とアイ・コンタクトをとるため、またプレゼンにメリハリをつけるために、会場全体を歩き回りながらしゃべることを常としています。ところが、コミュニケーションの質を高めようとするがゆえのこのようなスタイルが、彼女とのコミュニケーションにおいては仇(あだ)となってしまいました。
「〇〇さん。謝るのは私の方です。申し訳ない。いくらでも補足説明はするし、来月から注意しますね」
私は彼女に自分の唇の動きが見えるように話し、謝罪の意を伝えました。
自分自身は「マス」に対して語りかけているつもりでも、それを受け取る側は一人ひとり違う「個」なのだということに気がつかされた瞬間でした。100点満点はないにしても、自分がどのように見えるのか、どのように聞こえるのか、どのように伝わるのか、常に注意を払いたいと思います。
顧客ターゲットは?
日本アイ・ビー・エムにAさんというフェロー(技術職の最高峰)の方がいらっしゃいます。彼女は子供のころのプールでの事故で視神経を痛め、中学2年生のときに失明してしまいます。そこから猛勉強し、学生研究員として点字翻訳システムを開発。東京大学で博士号取得し、米国カーネギーメロン大学への客員教授派遣を経て、2007年に音声ブラウザーの開発に至ります。このシステムは、視覚に障害がある方に、音声を通してインターネット上のマルチメディアコンテンツにアクセスすることを可能にするものです。最近ではよく見るシステムだと思いますが、それらの正真正銘のオリジナル版です。
当初アイ・ビー・エムは、「大規模な需要が期待できるシステムではないが、社会的に大変意義深いもの」と位置づけ、市場投入を決定しました。社会の公器である世界的企業として、称えられるべき姿勢だといえるでしょう。
ところが、このシステムはアフリカで大ヒットを記録したのです。識字率が高くはない同地では、音声でネット情報を取得することができるシステムは非常に重宝されました。マーケティング戦略上の顧客ターゲットの外側に巨大な市場が存在した、ということになります。
Aさんは並外れた努力家であり、オーラあふれるビジョナリーであり、天才エンジニアであるわけですが、同時にとても素敵な女性であり、お嬢さんとファッションの話をされるお母さまでもいらっしゃいます。私は同じ年齢なのですが、すべてにおいて彼女の足元にも及ばず、ただただ心の底から尊敬していました。Aさんは現在、視覚に障害がある方が自由に街を歩くための「AIスーツケース」の開発に携わっていらっしゃいます。
「なぜ企業は社会的使命を果たすべきなのか」「どのように多様性がビジネス上の競争優位となりうるのか」。本エピソードは明快な答えを提示してくれています。ビジネスの神様は、常に私たちの思想と行動を見ているのかもしれません。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
正しいことをやろう!
ビジネスの神様はきっと見ているぜ。
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。