タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第10回】
複線型キャリアをあえて選択した「私」のキャリア論
法政大学 教授
田中 研之輔さん
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。
タナケン教授があなたの悩みに答えます!
プロティアン・ゼミも、第10回を迎えました。パチパチパチ。これまでプロティアンの理論的な考え方や、現場での導入方法などについて触れてきました。
皆さんは、もうプロティアンです! 日々、行動あるのみ。
プロティアンは、変化を恐れません。新型コロナウイルスに対応し、テレワークにシフトしてビフォアコロナより生産性を高めた人は、プロティアンです。プロティアンなビジネスパーソンは、変化に果敢に挑戦します。変化を成長の機会と捉えます。それに対して、過去に執着し、変化への適応を諦め、文句や不満を重ねる人たちは、ノンプロティアンです。
ぜひ、皆さまの質問やご意見などを、下記のフォームから届けてくださいね。すべて読んで、順番に返答していきます。
今回は、下記の質問を取り上げます。
Q. あなたは、副業・兼業を希望しますか?
もし、希望しているのに副業・兼業をしていないのであれば、その理由は何ですか?
さあ、今回は、私自身のキャリア論について書いてみたいと思います。10回目の記念ゼミですから、自分語りを許してくださいね(笑)。
キャリア論を専門とする私自身が、何を大切にしているのか、何を軸にしているのか。いい機会なので、じっくりと考えてみました。
見えてきたのは、単線型キャリアではなく、複線型キャリアをあえて選んだこと。その選択があったからこそ今、心理的幸福度を高めながら、働くことができている、という点です。
- 一つの組織に身を置いて、職務を全うし、単線型のキャリアを形成していく生き方
- 複数の集団に身を置いて、さまざまな職務に挑戦し、複線型のキャリアを形成していく生き方
もちろん、どちらでも構いません。私のキャリアは、単線型キャリアからスタートしました。大学教員として職務を全うすることです。しかし、3年も経過したころ、このままでいいのかな、と思うようになりました。
毎年、入学してくる学生に、専門知識を伝えていく。やりがいのある仕事に思えますが、見方を変えると、変化のない仕事です。キャリアを重ねれば、次第に学内での仕事も任されるようになり、さまざまな委員会の仕事に従事してきました。目の前の業務や研究には、取り組んでいるものの、このままでいいのかなと感じてしまうのです。
学内では、新たな出会いはありません。研究者と学生から成る均質化した空間なのです。そうした空間の中でのキャリア開発は、実は難しい。
キャリア論を専門としている自分が、均質空間の中だけに身を置くことでいいのか。そんな人間がキャリアを語れるのか……。井の中の蛙ではないかと考えるようになったのです。
そこで単線型キャリアからは、あえて外れることにしました。選んだのは、複線型キャリアです。
まず、二つのことに取り組みました。
一つは、自分が知らない世界で活躍する人を特別講師として招聘し、その人から直接学ぶことです。キャリア体験という体験科目を担当していることもあって、特別講師を招聘する土壌はありました。経営者、人事、アスリート、ミュージシャン、芸術家、お笑い芸人、弁護士、編集者、デザイナー、保険営業マンなどなど。12年間で300名を越えるゲストに来ていただき、講演やダイアログセッションを通じて、それぞれの方の「働くこと」や「生きること」について学んできました。教えるという立場を最大限に活用して、学びたいことを徹底的に学んできたのです。
ここでの学びが、私にとっての複線型キャリアの基礎づくりになっています。今期は、オンラインで実施し、これからも継続していきます。
しかし、学んでいるだけでは、たりません。自らやってみなければ、身につかないのです。ピアノだって、バイオリンだって、サッカーだって、野球だって、見ているだけではうまくなりません。ビジネスも同じですね。自らやってみることが大切なのです。
そこでもう一つとして、大学の「外」で働いてみることを始めました。最初は、他大学の兼任講師をつとめることでした。大学が違えば、文化や組織は異なります。いろいろな学びがありました。九つの大学で兼任講師をしました。ただ、大学という「内」での勤務なので、大きな変化はありません。
そんなときに、ソフトバンクアカデミアの外部1期生の募集にエントリーしました。今、振り返ると、ソフトバンクアカデミアが人生の転機となりました。大学の「外」で、さまざまな業界で働く同世代の人たちとつながり、事業構想や事業提案などを繰り返しました。そこでのつながりから、大学の「外」での仕事をいただくようになりました。
これまでに19社の企業の社外顧問を引き受けてきました。キャリア教育や人材系企業のほか、アプリ開発、飲食店、小売メーカーなど業界は多岐に渡ります。
一つひとつの経験が、私にとって貴重なキャリア資本となっています。収入以上に得たものが大きいのです。こうして今、複線型キャリアを歩んでいます。
断言できるのは、単線型から複線型へとキャリアシフトしたことで、働くことで得られる心理的満足度が上がった、ということです。大学教員として12年目のキャリアを迎えましたが、一つの大学の中だけで働いていたら、私は間違いなく、深刻なキャリア・プラトー(停滞)に陥っていたでしょう。専門性は深めることはできても、新たな挑戦機会が少ない職種だからです。
大学の外へと歩み出すことで形成されてきた複線型キャリアは、変幻自在にキャリアを自律的に開発していくプロティアンな考え方とも非常に相性がいいのです。
皆さんも同じですよね?
一つの職場で長年働いていて、自己の成長を感じることができなかったり、このまま働き続けていていいのかなとモヤモヤを感じていたりするなら、一歩外へと踏み出すタイミングなのかもしれません。
複線型キャリアの具体的方法としては、複業があります。複業と副業は、違います。副業は、本業に対してサブ的であり、収入を増やすことを目的としています。複業は、サブではなく、マルチやパラレルな働き方になります。収入を増やすことは目的の一つに過ぎず、複業を通じて、得られる新たな経験やネットワークに価値をおきます。
今は、複線型キャリアに踏み出すのに、絶好のタイミングです。政府、未来投資会議では、副業・兼業を推奨しています。安倍首相を議長とした未来投資会議では、ポストコロナ時代の新たな働き方に関する成長戦略が練られています。7月17日にまとめられた実行計画案には、兼業・副業の環境整備の方向性が示されています。具体的な施策は(1)「労働者の自己申告制導入」、(2)「労働時間管理の簡便化」、(3)「労働者災害補償保険の給付拡充」の三つが明記されています。
この方向性には明確な意図があります。兼業・副業を希望する人は近年増加傾向にあるものの、実施者は横ばい。この問題解決に向けた環境整備なのです。自己申告制が導入されれば、労働者が兼業先で超過労働になったとしても、本業の企業は責任を問われなくなります。
これは、企業が労働者の働き方を管理していた日本型雇用から、労働者が自らの働き方をデザインする新たな働き方への大きな転換点だと言えます。それは同時に、一つの組織の中で形成する「組織内キャリア」から、複数の組織との関わりの中で形成する「自律型キャリア」への移行を意味するのです。
さらに、新型コロナウイルス感染防止のために浸透したテレワークにより、オフィスに一日中いる必要はなくなり、どこからでもいつでも複数の仕事を兼務できるようになりました。副業や兼業は、収入増加だけの効果にとどまらないのです。
それ以上に、新たな職業機会への挑戦により職業スキルの改善や向上が望めます。加えて、職場をこえたネットワークや社会関係資本の構築にもつながるのです。
私たちは、この未曾有の歴史的変化を、新しい働き方への好機と捉えるべきなのです。そして、複線型キャリアは、キャリア開発を促進させます。
これまでの働き方からを見つめ直し、これからの働き方への最初の一歩を踏み出しましょう。
組織内キャリアから自律型キャリアへ
単線型キャリアから複線型キャリアへ
プロティアン・キャリアとは、まさに、そのような働き方を迷うことなく実現していく心得なのです。
- 田中 研之輔
法政大学 教授
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門はキャリア論、組織論。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書25冊。『辞める研修 辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。社外取締役・社外顧問を18社歴任。新刊『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』。最新刊に『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。