“社員を“幸せ”にする企業経営のあり方とは
法政大学大学院政策創造研究科 教授
坂本 光司さん
ベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社』の著者である、法政大学大学院・坂本光司教授は、企業経営とは「社員とその家族」「社外社員とその家族」「現在顧客と未来顧客」「地域社会・地域住民」「株主・出資者」の五人を幸せにすることだと説かれています。今回はこの中から、坂本先生が第一に幸せにしなければならないとおっしゃる「社員とその家族」を中心に、企業経営とはどうあるべきなのか、詳しいお話をうかがいました。
さかもと・こうじ●1947年静岡県焼津市(旧大井川町)生まれ。法政大学経営学部卒業。公共産業支援機関、浜松大学教授、静岡文化芸術大学教授などを経て、2008年より、法政大学大学院政策創造研究科教授、および同大学院静岡サテライトキャンパス長。他にNPO法人オールしずおかベストコミュニティ理事長など、公職を歴任する。専門は中小企業経営論、地域経済論、福祉産業論。これまでに6600社を超える中小企業を訪問し、調査を行なっている。60万部を超える大ベストセラー『日本でいちばん大切にしたい会社1~3』(あさ出版)をはじめ、『強く生きたいと願う君へ』(WAVE出版)、『21世紀をつくる人を幸せにする会社』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、共著)、『小さくてもいちばんの会社~日本人のモノサシを変える64社~』(講談社、共著)、『社員と顧客を大切にする会社:「7つの法則」を実践する優良企業48』(PHP研究所)など、著書は多数。
「社員とその家族」の幸せを第一に考える理由
坂本先生は企業経営において、まず「社員とその家族」、そして「社外社員とその家族」「現在顧客と未来顧客」「地域社会・地域住民」「株主・出資者」の五人を幸せにする必要があると説かれています。一般的には「顧客」を重要視する会社が多いと思うのですが、なぜ「社員とその家族」を第一に考えるべきなのでしょうか。
大きく二つの理由があります。一つ目は、多くの会社を訪問する中で、良い会社は社員を一番大切にしていることがわかったからです。業績を高めるよりも、自分の会社に縁あって入社してくれた社員とその家族のために、一生懸命尽くしている事実を目の当たりにしました。社員第一主義を実践している会社は業績がぶれません。一方で、業績第一主義や株主第一主義で経営を行っている会社は、残念ながら業績がぶれることが多い。
当初は、社員第一主義を実践している会社があっても、私としては「少し変わった経営者がいるな」「そういう見方や考え方があるのか」といった認識でした。しかし、北海道、東北から九州、沖縄まで、全国各地の企業を訪れる中で、そういう会社を多く目にするようになりました。経営者からすれば、そのような経営を行っているのは業界の中で1~2社、あるいは地域でも1~2社しかない、という感覚だったでしょう。実際、利益を追求する従来の経営学の見地からすれば、明らかに考え方が違っています。そのため、自分たちの行っている経営について、少なからず疑心暗鬼の部分があったと思います。
しかし、会社訪問を続けていくに従って、社員第一主義を貫く経営を行っている会社が相当数に上っていき、統計的に処理できる数に達した時、「理論」であり、「経営学」であると確信しました。これは現場から学ばせてもらったものであり、私は横糸を通しただけのことです。決して、私が新しく提唱した理論や経営学ではありません。当時は「異端」と言われていた経営者の方たちがコツコツと実践されてきたものを、私は理論化・体系化しただけに過ぎないのです。
このような事実を、多くの会社に対して提示していかなくてはならないと思いました。なぜ社員とその家族の幸せを考えることが大事なのかという理由も含めて、社員第一主義を実践している会社の経営について大学で教えていくと同時に、いろいろな場で語ることも始めていきました。
二つ目の理由は何ですか。
お客様に嫌われた会社には、未来がありません。それは商品・サービスも同様で、歴史が証明しています。だから顧客第一主義という経営学がもてはやされました。しかし、私は「ちょっと待てよ」と思いました。顧客に嫌われた会社や商品・サービスに未来がないのは事実ですが、その顧客が満足するような商品・サービスを作るのは社員にほかなりません。社員が会社組織に対して愛情を持っていなければ、お客様が満足するような商品・サービスを作り出すことはできないでしょう。
日本では松下幸之助氏が「お客様は神様です」と提唱して以来、顧客第一主義が長らく経営における中心的な考え方となっていました。それを否定はしませんが、お客様に喜んで買ってもらえるような商品やサービスを提供するのは社員です。果たして社員満足度の低い会社が、お客様の満足度を高めるような経営を行い、商品・サービスを提供できるでしょうか。お客様が大事だからこそ、社員はもっと大事なのです。
自分が所属する組織や直属の上司に対して不平・不満や不信感を持っている社員が、組織や上司のために全身全霊で仕事をするかというと、それは難しいでしょう。逆に、組織や上司が自分のことを大切に思って支援し、尽力してくれたら、それに応えようと一生懸命に働くはずです。私自身も少しばかりサラリーマン経験があり、何人かの上司の下で働いたことがありますから、このことは実感としてよく分かります。だからこそ、社員の満足度を高める必要があるのです。これが二つ目の理由です。
社員を大切にし、社員の満足度を高めることは、別に新しい経営学ではありません。これは王道であり、原理原則、自然の摂理だと思います。
そうした考え方に、注目が集まってきたのはいつ頃からですか。
つい最近のことです。1990年代にバブル経済が崩壊した後、日本経済は停滞。一方で経済のグローバル化が進み、株主第一主義が謳われるようになりました。成果主義を中心とした経営が行われ、事業再編、M&A、リストラが断行されていき、2008年にはリーマンショックが発生。多くの人が行き詰まりを感じる中で、2011年に東日本大震災が起き、今までの価値観が大きく揺らぐことになりました。
現在は、厳しい時代であることは事実ですが、皆が大切なことに気づき始めたように思います。人は、お金のために生きているのではありません。幸せになるために生きているのです。昭和33年の創業以来増収増益を続けている、寒天メーカーの伊那食品工業の塚越会長は「これまでも、またこれからも社員のリストラはやりません。なぜなら、人件費はコストではないからです。人件費は、目的である社員の幸福を実現するための生活費だからです」と仰っています。
一般的に、人件費はコストと考えられます。コストと考えるから、安いほうがいいと考えるわけです。しかし、目的と考えるなら、そうした考えは出てこないでしょう。企業の経営者の方たちには、それが理想や理論などと考えるのではなく、実際に実践している企業があり、高い業績を上げているという事実があることに目を向けてほしい。しかも、近年はそうした会社が社会的にも評価を高めています。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。