生産性向上につながる鍵は「週単位」「日単位」の余暇時間
休み方への意識を変えるために人事が取るべき施策とは
早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授
黒田祥子さん
まず「週単位」「日単位」で余暇時間を見直す
長時間労働や余暇時間減少は、従業員にどのような影響を与えるのでしょうか。
疫学等の分野においては、以前から長時間労働が身体の健康に悪影響を及ぼすとする研究が蓄積されてきました。それと比較すると、長時間労働とメンタルヘルスとの関係については、これまであまり多くの研究はありませんでした。メンタルヘルスは業務内容や裁量の度合い、職場の人間関係など複合的要因によってダメージを受けると捉えられ、労働時間だけをクローズアップする研究が少なかったのです。こんなに長時間働くのは先進国では日本と韓国くらいなので、海外ではあまりメジャーな問題ではなかったことも一因でしょう。また、個々の企業や現場でも、「長時間働ける人はタフだ」という見方があったのではないでしょうか。「元気でタフな人だから長時間働いても大丈夫だ」といった考え方ですね。メンタルヘルスの悪化は、元々のメンタルのタフさに起因しているに違いないという固定観念もあったように感じます。
経済学では個々人に個体差があることを認めつつ、そうした個体差を取り除いたうえでも、万人に共通するファクターがないかに注目します。以前、個別のメンタルのタフさを取り除いても、長時間労働によって人々のメンタルヘルスは悪化するか、2000人の日本人ホワイトカラー労働者を追跡調査して分析しました。所定労働時間(週35〜40時間)よりも長く働いた場合のメンタルへの影響を見ると、週あたり50時間未満であれば、定時で帰る場合とあまり変わりはありませんでした。しかし、50時間を超えると統計的に有意な差が出てきて、60時間を超えるとメンタルヘルスが顕著に悪化する傾向が認められました。
「休み」「余暇」というと年単位の日数ばかりに注目しがちですが、週単位の休み方も考えなければいけないのですね。
そうですね。健康を維持するという意味では、最低でも週単位、さらに言えば日単位でどう休むかを考え、しっかりと休息を確保することが重要です。月単位や年単位で休日を増やしていくのは、その基本ができた上で考えるべきことです。
日単位で言うと、最近は勤務間インターバル規制が話題となっています。ただし、職種や業種、業務の労働強度によって、インターバルの長さや毎日の単位で設けるべきかといった点は異なる可能性もあります。現場ごとにどの単位で休息を確保すべきかを考えていく必要があるでしょう。
週単位や日単位で余暇時間を確保できない場合、生産性へはどのような影響があるのでしょうか。
長時間労働をすると、時間当たりの生産性が落ちることは経済学の定量的な研究で明らかになってきました。スタンフォード大学のペンカーベル教授は、1930年代のイギリスの軍需工場労働者のデータを集めて、1週間の総労働時間が長くなると1時間あたりの生産性がどう変化したのかを研究。週に50時間を超えると、追加でもう一時間働いたときの生産量が明らかに落ちていくことが示されました。また、日曜日も出勤した翌週の生産性は、日曜日に休んだ週に比べて生産性が落ちるタイミングが早まることも明らかになっています。「休まなければ生産性は落ちる」ということが明確に示されているのです。
企業・職場ごとに異なる有給休暇の最適解を検討すべき
労働基準法の改正によって、2019年4月からは年次有給休暇日数のうち5日の確実な取得が義務づけられるようになりました。黒田先生はこの法改正をどのようにご覧になっていますか。
企業が生産性を向上させたいと考えるなら、有給休暇の与え方をより工夫すべきでしょう。職種や業種にもよるため、一律にどうすべきかを断言することはできません。また各企業、各部署によって、最適解は変わってくるはずです。ある時期にまとまった長期休暇を取るべき職場もあるかもしれませんし、週単位での余暇時間を充実させるために分散した休暇が必要な職場もあるかもしれません。実際の業務内容と照らし合わせて、労使で話し合うことが重要だと思います。
ただ注意しておきたいのは、相対的に休みが少ない業種もある、ということです。飲食・宿泊業や生活関連のサービス業、運輸や教育、介護業界などは休日数が少なく、有休取得日数も少ない。業種ごとの平均休日数と離職率を見たデータでは、きれいに負の相関関係があります。休みが少ないことで離職が増え、離職が増えることで生産性が下がり、そのために休みが少なくなる……という負の連鎖が続いていくのです。「何が何でもお客さまのため」という感覚を見直していく意味では、有休取得の義務づけは悪くない取り組みだと思います。
確かに今回の有休取得義務づけによって、従来は有休を取れなかった職場も変わらざるを得ませんね。
例えば学校現場では、先生が異常なほどの長時間労働をしているのが実態です。知らず知らずのうちにフィジカルやメンタルに悪影響を及ぼしている可能性もあります。コンビニエンスストアでは、「本当に24時間営業が必要なのか」という議論が出てきています。景気拡大や人手不足が重なり、さまざまな企業・職場で働き方改革に向き合わざるを得なくなってきました。休み方を見直す好機であるとも言えるでしょう。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。