見えにくいけれど大切なものを見えるようにする社会学的視点
組織を変えたい人事のための
「組織エスノグラフィー」入門(後編)[前編を読む]
法政大学キャリアデザイン学部 准教授
田中 研之輔さん
丁寧なコミュニケーションが基本、規模と力関係に配慮を
人事や現場のマネジャーが、組織エスノグラファーとして活動するために大切なことや気を付けるべきことは何でしょうか。
成績と社員の働きがいとの好循環が起こっている組織や部署の原理は何か。逆に、労働負荷が高いわりに結果が伴わず、社員が疲弊してしまっている組織の問題点は何か。問うべきことはすべて、労働の現場に埋もれています。だからこそ、大切なのはやはり、現場で働く人とのコミュニケーション。その頻度と密度を高めることに尽きるでしょう。
たとえば、数字には表れない働き手の貢献や頑張りまですくい上げるような、丁寧なコミュニケーションを構築しようと思ったら、そのサイズ感や力関係にも神経を配るべきです。基本的には一対一など、できるだけ小さなユニットで話を聞く機会を設けたほうがいいのですが、上司と部下の一対一というのは、意外に難しい。上下関係があると、言いたいことも言えませんからね。現場のマネジャー同士で自由に話し合ってもらって、その場に人事が一人だけ入るとか、あるいは話し合った結果を後で人事にフィードバックしてもらうとか、いずれにせよ、コミュニケーションの場がフラットでないと、深い部分まで引き出すのは難しいかもしれません。
組織エスノグラフィーでは、調査者はなるべく力関係が働かない立ち位置をとるのが基本。だから私は、「丼家」のフィールドワークでそうしたように、調査対象となる人たちといっしょに働くんです。聞き手の立ち位置やねらいが明確で、そこに余計な力関係が介在しなければ、現場のマネジャーや働き手は積極的に話してくれるでしょう。私の経験からいうと、彼らはふだん自分の思いや考えを声にする機会が少ないので、むしろ話したがっている。話してくれた本人がスッキリして、逆にこちらが感謝されたこともあります。
エスノグラフィーの対象となる組織や集団の適正規模はどれくらいですか。
一人のエスノグラファーがどれだけの数の相手を見られるかというと、20~40名まででしょう。調査対象としては、その程度の規模をユニットとした部署やチームを想定するのが無難だと思います。部署ごとに組織エスノグラフィックな取り組みが実施され、それが集積されれば、企業全体の組織改善にもつながっていくはずです。
冒頭、「働き方改革」の話がありましたが、働き方の「質」を見直すために、人事は組織エスノグラフィーの視点をどう生かすべきか、お聞かせください。
日本のビジネスパーソンの場合、新卒である企業に入社して働き出すと、所属した組織で働き方の作法やルールといったものを一から学びます。すると、それこそが日本の会社の常識であり、一般的な企業文化だと思いこんで絶対視してしまいやすいんですね。たとえば、外部から見ると明らかにブラックな働き方を強いられているにもかかわらず、組織の内部ではそれが“当たり前”になっていて、誰も疑問や違和感を持たなかったり、むしろそこから逸脱することのほうが困難だったりするケースも少なくありません。そして組織内で、そうした逸脱をある意味許そうとしないのが、他でもない人事の存在なのです。
組織エスノグラフィーの取り組みでは、内部の人が気づいていないことに気づいたり、「ここでは当たり前」と思われている暗黙のルールを暴いて、問い直したりします。人事自らがそうした視点を強く持つことで、働き方の「質」の改善により意識的かつ積極的に向かっていけるのではないでしょうか。所属する組織の中だけの“当たり前”にとらわれないよう、客観的な視点を養えるかどうかが重要です。
そのためには人事も外へ出て、他の組織の人々と交流し、“外の眼”を知ることも必要ではないでしょうか。
“外の眼”を知ることは比較になるので、すごく大切です。私も、組織エスノグラフィーの対象を選ぶ際に、同系列の集団ばかりでは本質に迫れないので、なるべく幅広い業種から選ぶことを意識しています。人事の方も、異業種の人事同士で対話すると、自分がいかに自社だけの“当たり前”の枠にとらわれているのか、気づきを得られることが多いでしょう。大企業なのか中小企業なのか、上場しているのかベンチャーなのか、そういうことも関係ありません。なるべく遠い分野で、規模も、歴史も、スタイルもまったく違う組織の人事を知ることは、非常に有益だと思いますね。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。