コーピング
コーピングとは?
コーピング(coping)とは、ストレスに対処するためにとる行動のことをいいます。普段私たちは、さまざまなストレスを感じて生きていますが、強いストレスをため続けると、心の病になってしまう可能性があります。しかしコーピングの手法を用いると、心の病にならないよう、上手にストレスと付き合うことができるようになります。
1. コーピングとは?
コーピングとは、英語のcope(対応する、対処する)から派生した言葉で、ストレスへの対応・対処の方法のことをいいます。ストレスというと悪いイメージばかりが先行しがちですが、適度の緊張感は仕事のパフォーマンスを向上させたり、意欲を高めたりすることに役立ちます。コーピング(あるいはストレスコーピング)とは、ストレスに対して上手に対処する方法のことであり、コーピングの技術を上手につかうことで、ストレスを排除したり、よい方向に転化させたりすることができるようになります。
コーピングが求められてきた背景
コーピングは、ストレス・マネジメントのひとつとして知られ、心身の病の原因となるストレスに対処する方法として注目されてきました。ストレスに起因する病気は、うつ病などの精神疾患だけではなく、脳梗塞や心筋梗塞など、身体的な疾患もあります。コーピングやストレス・マネジメントが注目される背景には、財政を圧迫する医療費の問題もありますが、過労自殺の問題や劣悪な労働環境の問題などもその根底にあるようです。
厚生労働省が平成29(2017)年に発表した労働安全衛生調査の報告書によれば、仕事に対して強いストレスを感じていると答えた人の割合は、約60%程度もあります。生活の多くの時間を割くことになる職場で、強いストレスを抱えて働いている状況は、決して健全ではありません。強いストレスが仕事のパフォーマンスや意欲に影響を与え、仕事の能率が低下することも知られています。
最近では、パワハラやセクハラの防止に役立つとして、コーピングを取り入れる企業が増えてきました。厚生労働省の「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」の報告書によれば、都道府県労働局の職場のいじめ・嫌がらせに関する相談件数は年々増加傾向にあり、2012年以降は「いじめ・嫌がらせ」がすべての相談のなかでトップとなっています。また、職場で嫌がらせや暴行を受けたことで発症した精神障害の労災認定件数も増加傾向にあります。さらに近年では、学生や転職希望者の多くが口コミサイトなどを閲覧しており、社内の評判が直接会社自体の評判につながりやすくなっています。アンガーマネジメントやコーピングなどのストレス・マネジメントの手法を取り入れることは、先進的なイメージを世間にアピールする機会でもあり、社内の環境もよくできることから、これからますます需要が増加してくると考えられます。
参照
平成29年 労働安全衛生調査(実態調査) 結果の概況
職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会 報告書
- 【参考】
- パワハラについての解説はこちら
2. コーピングの理論と実践
コーピングは、個人が行うストレス対処法だと考えられがちですが、社員研修に取り入れることで、一人ひとりの心が穏やかになり、社内の雰囲気を改善することができます。次に、コーピングの具体的な内容について解説してきます。
ストレスが生じるしくみ
コーピングの考え方は、Lazarusの心理的ストレス理論に基づいています。一般に、ストレスとは心に対する圧力や負担のことをいいます。ストレスを引き起こす原因を「ストレッサー」といい、それによって引き起こされる心身への影響は「ストレス反応」と呼ばれています。ただしストレス反応は、ストレスの原因であるストレッサーから直接生じるわけではありません。人によってストレス耐性は異なりますが、大きなストレッサーがあるからといって、必ずしも大きなストレスを感じるわけではないのです。ストレッサーからどの程度ストレスを感じるのかは、「出来事の受け止め方(認知的評価)」と「受け止めた出来事への対処(コーピング)」によって変わってくるといわれています。
たとえば、上司からこれまでやったことのない仕事を頼まれたとします。そんなときに「現在の自分の能力ではできない」と捉える人と、「新しいことに挑戦してみたい」と受け止める人とでは、ストレス反応に違いがあります。また、一度「現在の自分の能力ではできない」と感じた後で、「自分はいつもマイナスに考える傾向があるから、今回はプラスに考えてみよう」と、自分の感じたものに対して思い直した場合も、その後のストレス反応に差が出てきそうです。出来事の受け止め方を変えるだけではなく、ほかの人に愚痴を聞いてもらったり、趣味に没頭したりすることで、ストレス反応が軽減されるかもしれません。
ストレッサーの受け止め方を「認知的評価」といいますが、それに対して意図的に対処する方法を「コーピング」といいます。ストレス(ストレス反応)は、ストレスを引き起こす原因である「ストレッサー」に対し、それをどう受け止めるか、受け止めた後でどう対処するかによって変化してくるのです。
社内ストレスを放っておくとどのような問題が生じるのか
昨今、多くの人が仕事でストレスを感じていますが、ストレスを感じることで精神病を発症し、労災認定にまで至るケースや、他人に攻撃的になってしまうケースがあります。労働環境が悪化していると感じている場合は、長時間労働や休日出勤などの状況がどうなっているのか、ワーク・ライフ・バランスを考慮しているかなどを総合的に判断し、改善していくことが求められます。ただし、いくら長時間労働や休日出勤などを抑制しても、それだけで仕事そのものからくる強いストレスを解決することができません。
たとえば新規事業立ち上げの際に、必要以上に急がせて、社員がうつ病を発症してしまったケースでは、業務へのプレッシャーから行われた長時間労働と相まって、労災認定がおりています。本来はもっと時間をかけて行うべきなのに、社長がプレッシャーをかける言動をしていたため、自発的に長時間働き、最終的に自殺未遂をしてしまったケースです。また、社内でひどい暴言を吐かれたり、パワハラやセクハラを受けたりして精神を病んでしまったケースでも、労災認定がおりています。このような悪影響を回避するためにも、コーピングなどのストレス・マネジメントを行うことは大変効果的です。
コーピングの種類
コーピングには、いくつかの種類があります。代表的なものを見ていきましょう。
(1)問題焦点型コーピング
ストレスは、問題が降りかかってきたときに感じやすいものです。問題焦点型コーピングは、ストレスの原因となっている問題を解決することで、ストレスを制限させる方法です。
具体的には、上司や同僚にサポートをあおぐ、勉強してあらたな知識を身につける、予算や報酬を増やしてもらう、といった方法があります。解決しなければならない問題が起きて、そのことでストレスを感じているのなら、問題焦点型コーピングが役に立つでしょう。
(2)情動焦点型コーピング
情動焦点型コーピングとは、ストレスの原因となっている問題に着目するのではなく、問題に対する自分の捉え方に注目することでストレスに対処する方法です。
仕事がうまくいかないとき、「誰にでもこういうことはある」と自分に言い聞かせることや、「仕事だけが人生のすべてではない」と考えること、「そのうち軌道にのるだろう」と楽観的になることなどが含まれます。
特に、失敗を過剰に捉えてしまっているケースや、自分ではどうしようもないことについてストレスを感じているケース、時間が経たないとそもそもうまくいかないケースなどでは、効果的な対処法といえるでしょう。
(3)気晴らし型コーピング
気晴らし型コーピングとは、文字通り気晴らしをすることで、ストレスに対処する方法です。具体的には、お酒を飲んだり、カラオケに行ったり、趣味に打ち込んだり、といったことが含まれます。ヨガやスポーツ、旅行など多種多様な行動がここに含まれます。
(4)そのほかの方法
そのほかの方法として、「社会的支援探索型コーピング」や「認知的再評価型コーピング」などがあります。社会的支援探索型コーピングとは、上記(1)の問題焦点型コーピングの一つであり、問題を解決するにあたって、家族や地域の支援サービスなどの援助に頼る方法です。子育てや出産などでは、いくら自分の認知を変えたところで困難が付きまといます。そのようなときは、実家や地域の支援サービスに頼って、ストレスを軽減した方が心身的にもよいでしょう。
認知的再評価型コーピングとは、上記(2)の情動焦点型コーピングの一種であり、ひとことでいうとポジティブシンキングを積極的に行う方法です。「この問題を解決すれば、同じような問題を抱えている人を助けることができる」「たとえ仕事がうまくいかなくても、それを通して成長することができた」と思うことで、ストレスに上手に対処する方法のことをいいます。
コーピングリストの作成方法
コーピングリストとは、自分がストレスを感じているときに行うと、ストレスを軽減できる行為や言動のリストのことです。コーピングを効果的にするためには、コーピングリスト(コーピングレパートリー)の作成が役立ちます。
作成のためには、まず自分の性格のプラス面や、機嫌がよくなること、相談できる人、友達や兄弟などを書き出すことからはじめます。好きな食べ物やレクリエーション、自分をいたわる言葉などを並べてみてもよいでしょう。それができたら、実際にストレスを感じた場面で、どのような行為が効果的かを検証します。
「検証」は、次のように行います。たとえば上司から無理なお願いをされたとき、好きな食べ物を食べるよりも友人と話した方が、ストレスが軽くなった気がするのなら、「好きな食べ物の効果は30点だけど、友人と話すのは90点」。嫌なことを思い出してしまったとき、「好きな食べ物を食べるのは90点の効果だけど、ほかの人に話しても感情が伝わらなくてあまりよいストレス解消にならないので20点」という具合です。同じコーピングでも、ストレスの種類や状況によって異なるため、場面ごとで自分に合うコーピングの方法を探し、それをリストにまとめておくことが、よりよいリスト作成のコツになります。このリストを普段から意識することで、効果の高いストレス対処法を行うことができるようになります。
リストについてはこちらを参照してください(NHKスペシャルのサイトへ)。
企業におけるコーピングの導入方法
コーピングとは、ストレスに対する対処法ですが、状況ごとで異なる多数のストレスに対応するには、ある程度の心理トレーニングが必要です。本を読んだから、あるいは講習を受けたからといって、すぐにできる人は少ないでしょう。そのため、次のような形で導入しているケースも多いようです。
(1)メンター制度の利用
ストレスがたまると、筋肉の緊張がとれず、疲労がたまり、仕事に悪影響が出てきてしまいます。そのような機会を減らすために、自分が相談するべき人を明確にしておく制度があります。それがメンター制度です。
メンター制度は、最初の職場でなかなか相談できる人がいない新入社員や中途社員などに特に効果を発揮しますが、すでにいる社員にも効果的です。自分の問題の解決方法を教えてくれる人や手助けしてくれる人に話を聞いてもらうことで、上記のコーピングが自然にできるような環境が整えられます。また、メンター制度の導入ではなく、社外のカウンセラーなどと契約し、定期的に社員のカウンセリングを行ってもらう方法もあります。
(2)研修の定期開催、e-ラーニングの導入
コーピングなどの心理トレーニングは、定期的に行うと効果が上がりやすくなります。企業のなかにはコーピングの研修や講習会、e-ラーニングなどによって、定期的に実施しているところもあるようです。
仕事をしていて余裕がなくなると、コーピングに対する意識が薄れてしまうことがあります。そのようなときにコーピングの研修が行われれば、また気持ちを入れ替えて仕事に向かうことができるでしょう。
(3)ランチ会の導入
最近は夜の飲み会を避けて、ランチ会を導入する企業が増えています。昼休みに仕事や仕事外のことについて話すことで、相手のことを知ることができ、相談しやすくもなります。現在抱えている悩みなどを共有する雰囲気がつくりやすくなるでしょう。定期的にランチ会を開催することが、実はストレスの解消になり、コーピングにつながる可能性があるのです。
3. コーピングで仕事のしやすい環境づくりを
制度変更よりも気軽に取り組める、明日からの対策
現在、コーピングは心身の病の原因となるストレスに対処する、効果的な方法として注目されています。コーピングの手法を用いると、心の病にならないよう上手にストレスと付き合うことができると考えられており、仕事に対する意欲や、情熱を高く保つことができると期待されています。
また、コーピングはパワハラやセクハラの防止、うつ病予防に役立つとして、各企業に求められるようになってきました。人はストレスがたまると他人にやさしくする余裕がなくなり、殺伐としてしまうものです。労働環境を整えるためには、36協定やワーク・ライフ・バランスなどを見なそう必用がありますが、まずは人間付き合いやストレスの原因に対する捉え方の訓練からやった方が効果的かもしれません。やろうと思えば、明日にでもできるからです。ストレスに対する対処にはさまざまな種類がありますが、アンガーマネジメントやコーピングなどのストレス・マネジメントの手法を取り入れることは社外へのアピールにもなり、社内の環境もよくできるため、一石二鳥のリスク対策になります。
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