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「キャリア自律」は個人の納得感がカギに――。 組織を一層強くするキャリア自律は企業変革の重要課題

社会の構造変化が著しい時代にあって、働く個人に「キャリア自律」が求められている。キャリア自律度を高めることは本人のキャリアビジョンを実現するきっかけになるだけでなく、組織の求心力強化にも直結し、業績向上にもメリットがある。

「キャリア形成を自律的に考えること」を支援するマネジメントの重要性には気付いているものの、具体的な取り組み内容に悩んでいる人事担当者も少なくないだろう。また、管理職においては自身が経験したことのないマネジメントを部下に行うにあたって、キャリア自律支援の理解度が足りていないケースも少なくない。

ここでは、個人のキャリア自律と企業のキャリア自律支援の重要性について、法政大学キャリアデザイン学部教授の武石恵美子氏と、企業の「オンライン研修」と「自己啓発学習」の掛け算で「学び続ける組織」づくりを支援する株式会社Schooの見解を紹介する。

キャリア自律とは

キャリア自律とは、働く個人が企業や組織に頼ることなく、主体的に自分のキャリアに向き合い、進むべき道を自己決定できる状態のこと。キャリア自律度の高い人は、エンゲージメントや自己効力感、仕事の満足度や充実度が高く、組織の活力を高める原動力になる。それゆえ組織には、キャリア自律を前提とした人事や育成の体制が必要だ。

キャリア自律という概念が提唱されたのは、1990年代半ば。シリコンバレーに拠点を置く「キャリア・アクション・センター(Career Action Center:CAC」では、キャリア自律を「めまぐるしく変化する環境の中で、自らのキャリア構築と継続的学習に積極的に取り組む、生涯にわたるコミットメント」と定義している。噛み砕くと、これまで積み重ねてきた経験から「自分は新たに何ができるのか」「どうやって変わっていけるのか」といった自己変容にフォーカスし、柔軟にキャリアを切り開くことだ。「自分はどういう人間なのか」といった自己確立に重きをおいたキャリア開発論から、一歩進んだ考えがキャリア自律と言えるだろう。

キャリア自律を捉える概念の一つに、アメリカの心理学者ダグラス・ホールによって提唱された「プロティアン・キャリア」がある。「プロティアン」とは、ギリシャ神話に出てくる、あらゆるものに変身できる海神プロティウスに由来する言葉だ。社会の構造が目まぐるしく変化する今、組織も変化に対応しなければならないが、個人もその変化に適応してキャリアチェンジを考えるタイミングと言えるだろう。移り変わる環境に応じて自身を柔軟に変化させていくキャリア理論が、プロティアン・キャリアである。

このときポイントとなるのが「自分は何をしたいか」「社会に対して何ができるか」といった自己への意味付けだ。その上でキャリア開発に取り組み、他者の評価や賃金や地位といった外的基準ではなく、自身を基準に仕事の充実感や成長感の高まりを目指す「自己志向性」が何よりも重要になる。

さらに、自己志向的なキャリア開発を行うにあたって大切なのが、「アイデンティティ(自身の価値観)」と「アダプタビリティ(適応能力)」の2点。変化に流されないためには、自身の価値観や興味(=アイデンティティ)を自覚し、外的な変化に対応(=アダプタビリティ)することが必要になるのだ。

キャリア自律とキャリア・オーナーシップの違い

キャリア自律と似た言葉に、「キャリア・オーナーシップ」がある。

キャリア・オーナーシップとは、自身のキャリアにオーナーシップを持ち、主体的に取り組む姿勢やマインドによって能動的にキャリアを開発していくことである。

キャリア自律が自身の内側を見つめてキャリアを開発していくことなら、キャリア・オーナーシップは外側に目を向け、広い選択肢を視野に入れながらキャリア設計をすることと言える。

従業員のキャリア・オーナーシップを確立するために、企業は社内公募や社内FA制度の整備、あるいはキャリアに関する研修機会の提供などを考えていかなければならないだろう。

「キャリア自律」が必要とされる背景

近年、働く現場においてもキャリア自律の重要性が高まっている。厚生労働省の2020年度「能力開発基本調書」によると、従業員の自己啓発に関する支援を行っている企業は79.5%、キャリアカウンセリングを行っている企業は38.1%だった。正社員にキャリアカウンセリングを行う目的は「労働者の自己啓発を促すため」が71.1%、次いで「職場の活性化」が69.1%、「的確な人事管理制度の運用」が53.8%という結果になっている。

出典:令和2年度「能力開発基本調査」の結果を公表します 厚生労働省

法政大学キャリアデザイン学部教授の武石恵美子氏は、以下のように述べている。

「今、人事を取り巻く環境は大きく変化しています。『Demography(人口の高齢化、長寿化)』『Diversity(人材の多様化)』『Digitalization(デジタル技術による生産、市場、雇用・労働の変化)』を合わせて『三つのD』と呼ぶことのできる大きな構造変化に加え、足元の人材マネジメントに関しても『人的資本経営』『リスキリング』『ジョブ型』『エンゲージメント』『ダイバーシティ経営』など、新しいキーワードがどんどん出てきています。これらは、これまでの組織主導でマネジメントを行う『組織側の視点』から、個人が意欲的に働くことで組織が強くなるという『個人側の視点』が強くなってきていることを意味するのではないでしょうか。

ここで重要なのは、個人の主体性や能動性、すなわち『キャリア自律』です。自分のキャリアのために自分なりに投資をしたり、時間やエネルギーを使ったりすることは非常に重要で、それによってエンゲージメントも高くなり、自己効力感やポジティブな意識も生まれます。企業が個人に主体的な行動を促すことが、結果として生産性を高めるという研究は、国内外で多く出ています。ですから、個人が自覚的に自分のキャリアに向き合う姿勢は組織にとっても非常に重要なのです」

Schooの犬飼氏も、企業がキャリア自律を軸にした教育に取り組む必要性を訴える。その理由は二つあるという。

「一つは、ITを中心としたテクノロジーの進化による産業構造の変化です。それによって企業は今までの経営体制から、かなり大きくハンドルを切らなければならない状況にあります。そうなると、企業主導で従業員を育成するスタイルのスピード感では間に合わない。だから従業員はキャリア自律をして自ら変化してほしいというのが、企業側の本音ではないかと思います。

もう一つは、少子高齢化により労働人口減少が加速していく中、今後の核となる労働者の多くは『Web2.0』で育った世代になること。この世代の人たちは、幼少期からネットを含む多くの情報、選択肢の中から自分の意思で『私はこうなりたい』『私はこれが欲しい』と自問自答し、取捨選択することが癖づいている人たちです。企業の戦略やミッション・ビジョンから逆算して人材を育成し、経営していく、『企業主語』のキャリアは受け入れることが難しくなっていると感じます。

個人は「キャリア自律」にどう向き合うべきか

個人がキャリア自律の第一歩として取り組むべきなのは、「キャリアプランを立てること」と犬飼氏は語る。

「会社で担いたい役割や業務、仕事を通じて実現したいことなど、自身の将来の目標とそれに向かうプロセスを設計したものが『キャリアプラン』です。そのプランを立てる際にポイントになるのが、『キャリア・アンカー』。自分のキャリア形成を考える上で大切にしたい価値観や動機となるよりどころのことです。自分の中にアンカー(錨/いかり)を下ろせば、どんな状況でも自分を見失わずに前を向いて進むことができます」

キャリア・アンカーは、以下の八つに分類される。

  • (1)専門:自分の専門性や技術力が高まること(を望むこと)
  • (2)管理:組織の中で責任のある立場に立つこと、責任のある役割を担うこと(を望むこと)
  • (3)自律:自分の裁量で仕事のペースを自由に決めること(を望むこと)
  • (4)安定:一つの組織に属して仕事を行い、満足感を得ること(を望むこと)
  • (5)創造:新しいものやことを生み出し、クリエイティブに仕事をすること(を望むこと)
  • (6)貢献:社会や組織において、役立つことや感謝される仕事をすること(を望むこと)
  • (7)挑戦:難易度の高い問題解決に取り組むこと、変化に富んだ仕事をすること(を望むこと)
  • (8)バランス:仕事と個人の生活のバランスを大切にしながら仕事をすること(を望むこと)

企業が行うべき「キャリア自律」支援

では、企業は従業員に対してどうやってキャリア自律支援を行えばいいのか。参考となるのが、厚生労働省が推進する「セルフ・キャリアドック」の考え方だ。セルフ・キャリアドックは、以下のように定義されている。

企業が自社の人材育成ビジョン・方針に基づき、キャリアコンサルティング面談と多様なキャリア研修などを組み合わせて、体系的・定期的に従業員の支援を実施し、従業員の主体的なキャリア形成を促進・支援する総合的な取組み、また、そのための企業内の『仕組み』のこと

出典:「セルフ・キャリアドック」導入の方針と展開 - 厚生労働省

セルフ・キャリアドックのプロセスは、人材育成のビジョンや方針を明確化→実施計画を策定→企業内のインフラを整備→セミナーやキャリア研修、キャリアコンサルティング面接などを実施→フォローアップとなる。

セルフ・キャリアドックの標準的プロセス

中でもセミナーやキャリア研修は、企業のキャリア自律支援の重要な施策だ。ただし、「ITリテラシーの高い20~30代半ばの若手と、40~50代のシニア層は分けたほうがいい」と犬飼氏はアドバイスする。

「若手には、自分主体で考えられる人が増えているので、『30歳になったらキャリア研修を受けなさい』と一律で強制する必要はありません。むしろ、各々の転機、キャリアを前進させるきっかけに出会ったときに、すぐ手に取れる学びの環境を提供してあげることが大切です。

そして学んだことをアウトプットしやすい雰囲気を作ること。アウトプットによって他者からのフィードバックを受けて、それで成長することは少なくないからです。例えば、当社では学んだことをアウトプットし、それに対して『ありがとう』『ためになった』と感謝を伝える仕組み作りをしています」

一方、シニア層はどうだろうか。

「シニア層は、もともと『どの企業に入るかがキャリア選択』であり、『会社に入ったら会社に従う』という感覚を持っています。そうすると、『何をしたいんですか?』と聞かれても分からないので、『そもそもキャリアとは』を教えるところからスタートします。自分の中に押さえ込んでいたWill(意思)を解きほぐしてあげることが先決です。

企業はキャリア研修やキャリアデザイン研修といった形で、自分自身の声に耳を傾けたりキャリアを考えたりすることを支援する必要があります。もちろんシニア層の中にも、自分のありたい姿をゴール設定し、そこからブレイクダウンして自分の成長のために何をすべきか理解している人もいます。そういう人は、先ほど申し上げたように若手と同様、手に取れる学びの環境を提供してあげればよいのです。

いかにして「キャリア自律」を支援するのか

Schooのオンライン学習サービスは、若手とシニア層、両方にアプローチできる仕組みになっている。

同社が提供する学習コンテンツは約全20カテゴリー、8,000本以上と幅広いため、職種問わず、若手、シニア層のどちらも手に取りやすい。自分のやりたいことや直面している課題を解決できる学びが必ず見つかるだろう。

犬飼氏は「『ちょっと始めてみる』『興味がある』といったところから入ってもらいたいので、学びの障壁を取り除く工夫もしています」という。

「例えばタイトルの付け方や授業のアイコンのデザインはもちろん、授業自体も業界のトップランナーから生の声で届けてもらったりしています。受講生代表という授業のファシリテーターが受講者の意見をくみ取って講師に聞いたり、生放送授業であれば受講者がその場で講師に質問したりできる双方向性といったことです」

しかし、企業がキャリア自律を支援するプラットフォームを用意しても、実際に学びに向き合う人はごく一部という課題があった。いくら意欲的でも、一人でコツコツと学び続けるのは難しいからだ。そのため、Schooは「みんなで学ぶ仕組み」、いわゆるコミュニティ・ラーニングを推進している。

実際にSchooを自社の学習プラットフォームに導入している旭化成では、コンテンツの活用や学習支援によって成果を上げているという。

「旭化成では新入社員向けに『新卒学部』を作り、ゼミを運営しています。ゼミの主体となるのは、手を挙げてくれたクラス長。同社の人事部門とSchooは、あくまでも支援者であり、サポートに徹します。個人の主体性を重視した方法を採ることで、自ら学習活動や業務内容を発信したり、独自企画を考えたりするようになった、という形で効果が表われています。

驚いたことには、学部制を導入して運営した2023年度と導入しなかった2022年度を比較すると、4月-9月末迄のひとり当たりの学習時間が3.5倍に増加したなどの変化も見られました。いかに仲間と学び合う環境が大事かということを示す数字になっています」

特にキャリア自律において、他者の存在は重要だ。

「学習習慣がない人も他者と一緒にやることで『あの人が頑張っているから私も頑張ろう』といった刺激を受けます。よりキャリアの志向性の近しい属性の方とグループングし学び合ってもらうことでよりポジティブで前向きな学びが促進されます」

「キャリア自律」に関する人事リーダーの考え

日本企業の人事責任者たちは、キャリア自律支援にどう取り組み、どんな課題を持っているのだろうか。

2024年2月2日に行われた、日本の人事部「HRカンファレンス2024-冬-」~リーダーズミーティングでは、まず武石氏からキャリア自律について「経営面」「人事制度面」「職場マネジメント」「個人」の視点で課題が提起された。そして会場に集まった人事リーダー13人が3グループに分かれ、その課題と解決法についてディスカッションを行った。

最初のディスカッションでは四つの課題提起をもとに、具体的にどんな課題があるかが話し合われた。「シニア層や技術者のキャリア自律を促すこと」や「四つの視点すべての核となる上司を変えること」などが課題として挙げられている。

次に、「その課題を解決して企業成長につなげるにはどうしたらよいか」というテーマで議論が行われた。ここでは、「シニア層を活性化させるには、自分のなりたい姿をイメージさせることが大事」「技術者のキャリア自律には個人の納得性が重要」「上司を変えるには、キャリア支援のメリットを伝える工夫が欠かせない」といった建設的な意見も多く出てきた。

このディスカッションから、企業が個人のキャリア自律を支援するには何が肝で、どういった施策が必要になるのかが明確になった。キャリア自律支援に頭を悩ませる人事責任者も、何かしらヒントを得ることができたのではないだろうか。

「キャリア自律」の今後の展望

今後、キャリア自律を企業の成長につなげるには、どうしたらいいのか。武石氏は次のように語る。

「『本人がやりたいことを選び、いろいろな経験を積めば自律か』と言えば、かなり狭義です。もう少し広義に考えると、自律とは『納得性』ではないかと思います。企業から『なぜそれを私がやらなくてはいけないのか』という点がきちんと説明されたら、『やりたいかもしれない』という思いから自律が始まります。そうした個人の納得をいかに引き出すかが、組織がキャリア自律を考えるポイントになるでしょう。

キャリア自律というのは5年後、10年後にどうなっていたいか、長い時間軸の中で議論していくものです。一方で、現場のマネージャーは『去年より〇%業績を伸ばせ』といった短期的な成果を求められがち。その整合性を取る難しさはありますが、これまでの延長でやってきた仕組みの問題が、ここにきてかなり出てきています。キャリアを構造的に変えなければならない時期に来ているのです。

今後、キャリア自律を企業成長につなげていくために、例えば研修を導入して終わりではなく、研修を一つの材料にし、その仕組みをうまく回していくことに注力してほしいですね。外部リソースをうまく使って全体を変えていくのも手です」

一方、犬飼氏は「キャリア自律させると離職されてしまう」という懸念を持つ人事担当者もいることを受け、「離職していくリスクばかりに目を向けないように」として、キャリア自律を促進する環境整備は自社の魅力アップにつながると語る。

「結果的にキャリア自律した社員は、その企業で働く以外の選択肢も考慮できるようになります。それに対して、企業は右往左往しないこと。『あなたが我々のミッションやビジョンとともに、仲間と成長してもらえるなら、そのための環境は提供できますよ』というスタンスを持つことが大切です。そういうスタンスでどっしりと構え、環境を整備したり従業員がそこで働く意味や価値を作っていったりすれば、いい従業員が集まって企業も成長していくのではないでしょうか」

まとめ:「キャリア自律」を企業成長につなげるにはシステム全体を変える必要がある

社会の構造変化が起こっている今、主体的にキャリアについて考え行動するキャリア自律は、個人においても組織においても緊急課題の一つだ。特に組織視点では、個人のニーズに応えられる環境を整備することが重要である。

企業の人事部門においては、キャリア自律の重要性を改めて認識し、企業変革のドライブにしてみてはいかがだろうか。キャリア自律を企業成長につなげるには、外部のリソースも活用しながらシステム全体の仕組みを変えていくことが欠かせない。

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Schoo for Businessは、8,000本以上の授業を提供するオンライン学習サービスです。普遍的なビジネススキルからDX・AIまで幅広く網羅し、人材開発・組織開発・キャリア開発などを目的に、スタートアップ・中小企業から大企業まで累計3,500社以上にご導入いただいております。

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企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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【用語解説 人事辞典】
キャリア
キャリア自律
キャリア・オーナーシップ