有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第51回:最終回】
人事ケーススタディ(その8)
「フィロソフィー」と「良い意味でのやんちゃさ」
株式会社日本M&Aセンターホールディングス CHRO/株式会社日本M&Aセンター 取締役 常務執行役員 人材本部長 人材ファースト管掌
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
これまで、日本M&Aセンターがコンプライアンス問題からの再起の中、「第二創業」を掲げ、あえて広告代理店を使わずに「最高のM&Aをより身近に」という「パーパス(存在意義)」を内製したこと、さらにはそれを体現するための「フィロソフィー(行動規範)」の策定に取り組むことになった次第をお伝えしました。プロセスとしては「パーパス」の検討と同様、次世代の経営リーダーと目される数人の若手役員に、私がファシリテーターとして加わるというものです。
ファシリテーターとしての苦労
議論に参加した役員はみんな真剣です。本気で会社の将来を考えていることはもちろん、当然のこととして自身のアイデアやフレーズを「フィロソフィー」に盛り込みたいと思っていました。
みんなが真剣であればあるほど、ファシリテーターは大変です。細かい言葉のニュアンスの部分でさえ、お互いになかなか譲らない状況が続きました。あるフレーズについて一旦合意しても、翌日「やっぱりあれは……」などと、話がひっくり返り続けるのです。2023年新年に予定されていた新年研修(全社員終日参加)での展開を目指し、年末年始のやりとりも含めて約3ヵ月間議論しました。最後は、「有賀も困っているから、そろそろ合意してやろうか」という空気であったかもしれません(笑)
広報部の「言葉のプロ」にもアドバイスをあおぎ、最終的に完成した「フィロソフィー」は、以下の8項目から成ります。
統合・集約・整理のプロセス
議論の中では、「守るべきもの」を明確に定義するとともに、それを新世代の言葉にアップデート。そこへさらに、将来に向けての思考や方向性として「新たに加えるべきもの」を考えながら、約20のフレーズをリストアップしました。いずれも納得性のある内容でしたが、さすがにこれは多すぎます。
そこで、類似するもの、作用機序・因果の関係にあるものを統合していくことにしました。以下はその例です。
- 「経営視座」「広い視野」「全体最適」などを合体させて#2に
- 「チャレンジ」「イノベーション」「業界をリード」などを合体させて#3に
- 「ステークホルダーすべてを幸せに」「Win-Win-Win」「あらゆる可能性を考える」「自らに限界を設けない」「妥協の排除」「矛盾の解決」などを合体させて#4に
- 「多様性の尊重」「誰が言ったかではなくアイデアの良否」「団結・一体感・和」などを合体させて#5に
- 「オーナーシップ」「アクション」「成果達成」などを合体させて#6に
- 「自己研鑽」と「人材育成」を合体させて#7に
順番へのこだわり
フレーズを統合した結果、「フィロソフィー」の項目は8つに絞られました。次に議論となったのは、それらを並べる順番です。それ自体がひとつのメッセージとなりえますし、できれば起承転結のような流れも欲しいところです。
特に、オープニング(第1番目)とクロージング(第8番目)をどうするかが議論となりました。コンプライアンス問題からの再起と言う意味では「正しいことを正しく」が最重要なのでトップにという意見と、ビジネスであるかぎり「お客様に最高の敬意を」からスタートすべきという意見の対立となりました。
最終的に、私たちの姿勢は「コンプライアンスやガバナンスがあって、次にお客様」ではなく、「お客様のためにこそのコンプライアンス」であろうとの考えから、オープニングは「お客様」としました。加えて、「正しいこと」を最後に配置して締めとしたのです。そして、「お客様」と「正しいこと」で挟む形で、それらの間に残る6つを語りやすい流れで並べていきました。
こうしてでき上がったのが、日本M&Aセンターの行動規範たる「フィロソフィー」です。
「フィロソフィー」の浸透
こうして策定した「フィロソフィー」を組織全体に浸透させ、社員一人ひとりが自らのものとするため、研修・ワークショップ・クイズを連続して実施、採用基準や人事評価項目とも連動させ、またすべての部長のメッセージ発信の中に「フィロソフィー」の要素を盛り込むようにガイドした結果、1年後にはその存在がかなり自然なものになっていたと感じます。
ただ、まだまだ私たちの「生き様」に昇華されるレベルにまでは到達していないでしょうし、そもそも100点満点を目指すようなものでもないと思っています。困難に遭遇したとき、迷ったときには必ず「フィロソフィー」に立ち返り、仲間たちとともに考え、議論するという働き方ができていれば、とりあえず合格なのではないでしょうか。
日本M&Aセンターは、ベンチャー気質とともに、M&A仲介というビジネス・モデルを創出し、そのためのプロフェッショナル人材を育成し、業界のスタンダードを作ってきました。 ビジネスと組織の急成長を支えてきたのは、経営リーダーの慧眼、社員の自由な発想と圧倒的なスピード感・行動力です。時には「やんちゃ」ですらあったと言えるでしょう。ただ、社員数1,000人を超えるプライム上場企業となった現在、一定のガバナンス(仕組みや型やモニタリング機能)が不可欠になっています。これを確保しながらも、いかに「良い意味でのやんちゃさ」を残すことができるかが、つまらない普通の会社になってしまうのか、独自の成長路線を邁進し続けられるのかの分かれ道となるでしょう。ここで策定した「フィロソフィー」こそ、そこでの道標になるべき存在だと確信しています。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
「管理」ばかりしていると、組織も人も器が矮小化してしまうぜ
戦略的・意図的に「良い意味でのやんちゃさ」を取り込む努力をしているかい?
ごあいさつ
今月、CHRO職を退くこととなり、それを機に本連載もお休みに入ることにしました。これまで足掛け5年間、51回にわたりお付き合いくださった方々に心よりお礼申し上げます。長い間、どうもありがとうございました!
有賀 誠
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンターホールディングス CHRO/株式会社日本M&Aセンター 取締役 常務執行役員 人材本部長 人材ファースト管掌
(ありが・まこと)81年 日本鋼管入社。97年 日本GM入社。部品部門デルファイの取締役副社長兼AP人事本部長。03年 三菱自動車常務執行役員人事本部長。ユニクロ執行役員を経て06年 エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長。その後、日本IBM理事、日本HP取締役人事統括本部長、ミスミ統括執行役員人材開発センター長。23年4月より現職。ミシガン大学MBA。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。