有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第35回】
「ジョブ型」に踊らされるな!(その2)
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
前回、経営や人事の思考パターンは「(1)理念→(2)戦略→(3)施策→(4)行動→(5)成果→(6)改善」であるべきであり、いきなり「(3)施策」から入ることのないように警鐘を鳴らしました。そして「ジョブ型」うんぬんという議論はまさに「(3)施策」にすぎないため、まずは「(1)理念」「(2)戦略」を考えることを提案しました。
とはいえ、最終的に自分の組織にとって「ジョブ型」が正しい選択肢であるかを判断するには、その運用を含めた実態をイメージする必要があるでしょう。今回の内容は、そのお手伝いという位置づけとなります。外資系企業で人事業務、特に給与を担当されている方には、当たり前のことばかりかもしれません。
「ジョブ型」の制度設計
まずは、個人名の入っていない組織図と、その中における箱(=ポジション)と中身(=ジョブ)を定義していきます。その箱(例えば「大阪支社 法人営業部 第三課長」ポジション)に対して、職務要件(Job Description)定義と職務評価(Job Evaluation)を行い、そのジョブ・サイズを定量化します。
ジョブ・サイズとは、以下のような項目を個別に数値化し、それらを合計したものです。
ビジネスの規模(売上、顧客数など) | 組織の規模(人数、部署数、階層数など) |
市場範囲(地域、業界など) | 決裁権限 |
責任の軽重 | 戦略的重要性 |
求められる専門性のレベル | 業務難易度/複雑度 |
環境リスク |
一般的には、その合計値を一定幅でグルーピング(ブロードバンディング)し、職務等級を設定します。「ジョブ・サイズ54~58を“M8”等級とする」といった具合です。ブロードバンディングを行わないと、人事異動のたびに昇格・降格が発生してしまい、運用面で苦しむことになるでしょう。下手をすると、異動を忌避するがゆえに組織の硬直化を招くかもしれません。
このようにジョブ・サイズを測定し、処遇と連動させ、職種別や地域別に市場の給与水準と比較する物差しとして、世界的にヘイ・ポイント(Korn Ferry Hay Group)やポジション・クラス(Mercer)といった指標が用いられています。
ジョブ型人事制度の運用
次に、その活用方法を説明します。
市場データの分析
対象となるポジション「大阪支社 法人営業部 第三課長」にとって、人材市場での比較対象や競合となりうる層の報酬水準を分析します。
Mid Pointの設定
市場と同等の水準に自社の報酬水準を設定したいのであれば、そのメジアン(50th Percentile)を、自社の職務等級M8の報酬レンジの標準値(Mid Point)として設定します。市場よりも高い報酬水準を目指すのであれば、例えば75 Percentileを選択します。
報酬レンジの設定
Mid Pointに対し、レンジの上限下限を設定します。以下の例図では±25%としています。Mid Pointが500万円だとすると、上限が625万円、下限が375万円ということになります。
昇給時の考え方
- 1)まず、評価が平均的(業績評価C)、かつ報酬も平均的(報酬レンジ3)な社員の昇給を、職務等級M8の標準昇給額(または%)として設定します。
- 2)評価が高く(業績評価A)、かつ報酬が低い(報酬レンジ1)社員の昇給額を最も高く設定します。
- 3)評価が低く(業績評価E)、かつ報酬が高い(報酬レンジ5)社員の昇給額を最も低く設定(または減給)します。
このテーブルを用いての報酬改定作業を毎年繰り返していくと、長期的には等級M8の全社員の報酬はMid Point周辺に収れんすることになります。もちろんMid Pointは毎年変わりえますし、昇格をした社員は今度は等級M9のテーブルの中で処遇が検討される(おそらくは報酬レンジの低い位置からスタート)ので、常に「動態」であることを理解しておく必要があります。
なお、社員の報酬がその等級の標準値に対してどこにあるかを表す指標として、相対報酬水準(Compa Ratio=理論年収/Mid Point)というものがあります。例えば、Mid Pointが500万円である職務等級の社員が450万円の年収だとすると、Compa Ratio = 90(450/500)ということになります。社員の報酬検討に絶対金額ではなくCompa Ratioを用いると、標準値を割っている社員の昇給ニーズが明確になるだけでなく、貨幣概念から解放され、異なる国で働く社員同士を比較することも理論上可能になります。もちろん賃金上昇率は国ごとに違うので、絶対的に信頼すべきデータというわけではありませんが。
最後に
ここまで読まれた方は、「何だ、号俸で給与を決めているわが社と、結論を見れば対して変わらないじゃないか」と思われたことでしょう。その通りです。「ジョブ型」ではポジションごとの職責をより強く意識し、それに基づいた報酬となるわけですが、だからといって「職能型」と比べて組織実態が大きく違ってくるわけではないのです。
「ジョブ型(就職)」の反対は「メンバーシップ型(就社)」ではありません。雇用関係が「メンバーシップ型」であったとしても、その中でのアサインメントは「ジョブ型」ということも十分に可能だからです。「ジョブ型」の反対語は「職能型」であり、どちらを採用しても、結果がそんなに大きく変わるものではありません。「ジョブ型」では職務等級がポジション(職務)にひも付いており、「職能型」では職務等級が社員(人)にひも付いているというだけのことです。従って、「ジョブ型」についての大騒ぎは不要だと考えます。
多くの日本企業が、職務遂行能力によって処遇するはずの「職能型」において、職能ではなく年齢や勤続年数に基づいて処遇してきてしまったという過ちは現存します。それを正していく努力は必要でしょう。しかし、重要なポイントは、「社員の現時点から将来に向けての貢献能力・潜在能力や市場価値を正しく認知し、それに基づいて処遇する」ということであり、「ジョブ型/職能型」という議論ではないのです。
どうか皆さん、「ジョブ型」に踊らされませんように!
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
「ジョブ型」は単なる手段!
本質的な問題や本来の目的は何だったの?
ジョブ型についてのトピックスをコンパクトにまとめた一冊です。今話題のジョブ型人事について日本の雇用形態の主軸である「メンバーシップ型」と比較しながら解説。さらに企業の導入事例や、『人事白書』の関連データも掲載しました。
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- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。