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《論談時評》第3回 貧富の差はどこまで広がった?「格差社会」を読み解く

「格差」はどの社会にも存在するものですが、今の日本では、その「格差」がどこまで拡大しているでしょうか――バブル景気の頃を境にして人々に大きな貧富の差が生まれたとか、生活保護の支給を受ける世帯が激増したなどという経済指標とともに、「格差社会」の是非をめぐる議論が進行中です。でも人々は、そうした目に見える現実の格差よりも、日本社会が「格差拡大もやむをえない」という方向へと進んでいきそうなことに、より強い不安を感じているかもしれません。人々の不安の底にあるのは、何なのか。数々の格差本や記事から、読み解きます。

1万1000の生活保護所帯を抱える東京・足立区

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大竹文雄『日本の不平等』(日本経済新聞社) 2005年5月刊。日本の社会で所得格差が拡大したのは、なぜか。高齢化、IT化、成果主義などにもアプローチしながら、労働経済の学者が実証分析。

『文藝春秋』2006年4月号で、ノンフィクション作家、佐野眞一氏の「ルポ下層社会」を読んだ。副題には「改革に棄てられた家族を見よ」とあり、東京都足立区を舞台に、格差社会の現実が、浮き彫りにされている。

ここで言う「改革」とはもちろん、小泉純一郎首相が進めてきた構造改革のことだ。佐野氏はそれについて次のように書いている。

「戦後日本は富の分配、再分配に関して、総じて公平な社会がつづいてきた。そうしたケインズ型社会が、01年の小泉政権の誕生と構造改革路線以降、アメリカ流新自由主義を理想に掲げたハイエク社会に変わった。その小泉改革のしわ寄せを一身に受けているのが、格差社会が著しく進行し、その最底辺に叩き落とされつつある足立区だといえる」

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苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』(中公新書) 1995年6月刊。戦後の日本の教育がどのような社会をつくりだしたのか。親の職業や階層が子供の成績や将来に影響を与えていることを教育社会学者が考察。

足立区がなぜ、格差社会の下層に叩き落とされつつあると言えるのか。佐野氏はルポの中で、2006年1月3日の朝日新聞朝刊1面に掲載された記事を紹介する。

――公立の小中学校で文房具代や給食費、修学旅行費などの援助を受ける児童・生徒の数が04年度までの4年間に4割近くも増え、受給率が4割を超える自治体もあることが朝日新聞の調べで分かった――

受給率が42%にも上る自治体の一つが、足立区だったのだ。

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『文藝春秋』2006年4月号 ノンフィクション作家、佐野眞一氏による「足立区」のルポのほか、「日本人は格差に耐えられるか」と題した識者4人による座談会も掲載。

佐野氏によれば、同区の生活保護所帯は1万1000所帯。これは、東京23区の生活保護所帯の1割以上、日本全体の約1%だという。家庭の生活苦は最終的に、子どもたちの学力低下に結びつく。東京都教育委員会が2005年1月に実施した学力テストで、「足立区の小中学校に通う児童生徒の成績は、いずれの教科でも東京都全体の平均点を下回り、都内23区中最低ラインだった」という。

20年前から所得格差が学力格差に結びついていた事実

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橘木俊詔『日本の経済格差』(岩波新書) 1998年11月刊。日本の社会の「平等」神話は、いつ崩れ去ったのか。経済学者が「格差拡大」の実態を統計データから詳細に検証。

佐野氏のルポのように、格差社会の悲惨な現実を伝えるメディアが2006年に入った頃から目立ちはじめた。現在では、新聞やテレビで「格差社会」という言葉に毎日のように出合う。

しかし東京大学大学院教育学研究科教授の苅谷剛彦氏は、格差社会の記事がメディアを賑わすずっと以前から、家庭の所得格差などがもたらす不平等の再生産に警鐘を鳴らしていた。苅谷氏が1995年に出版した『大衆教育社会のゆくえ』(中公新書)によれば、「東大など有力大学への入学チャンスといったところでは、戦後一貫して特定の階層出身者に有利な構造が維持されてきた」という。家庭の所得とそれに伴う学力格差は、小泉改革のずっと以前から存在していたというわけだ。

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斎藤貴男・林信吾『ニッポン不公正社会』(平凡社新書) 2006年3月刊。今の日本は「格差」が温存される「不公正な社会」になりつつある! 1958年生まれのジャーナリスト2人が緊急対談。

苅谷氏の著書には、東大入学者の保護者の職業構成を、「東京大学生活実態調査」に基づき、20年にわたって調べたデータが紹介されている。これによると、保護者の職業は1970年代から90年代まで、医師、弁護士、大学教授などの専門職や、大企業・官公庁の管理職、および中小企業の経営者などの「上層ノンマニュアル」が約7割を占めている。

東大入学を有利にしているのは、「上層ノンマニュアル」の財力だけではない。先の調査で示した20年間に、公立高校から東大へ入学する者の割合は70%から50%に減少した。一方、私立高校の出身者は30%から50%へと増加した。つまり、東大入学者の出身校が教育費の安い公立から高い私立へと移行しても、保護者の職業構成は全く変わっていないのだ。これは、財力以上の文化力、すなわち、眼に見えない「階層」が、そこに存在していたことを示している。

苅谷氏によれば、「家庭の所得が高いほど、また親の学歴が高いほど、子どもの成績がいい」という事実は、学者の間では一種の「常識」だったという。しかし、そうした事実は、高度成長が始まる直前の1950年代後半から90年代後半まで、まるで存在しないかのように無視され続けてきた。苅谷氏がその背景にあったと指摘するのは、教育における一種の「平等神話」である。「試験」による選抜は常に平等で、その関門をくぐりさえすれば人は生まれ変われる。多くの人は、その神話を信じていた。だからこそ、必死で子どもに勉強をさせて、「いい大学に入り、いい会社に就職しようね」と尻を叩いた。

小泉首相が登場した2001年頃を境に、その平等神話は崩れ、家庭の所得格差が学力格差に結びついている事実も露わになってきた。メディアもその頃から、「日本は今まで平等社会だった」ということを前提に「格差」を伝えはじめたが、じつはずっと以前からこの国は平等社会などではなかったのだ。


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