採用活動の新たな指針となる「採用学」とは(後編)
―― 2016年卒採用に向けて、どのように採用戦略を進めていけばいいのか[前編を読む]
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 准教授
服部 泰宏さん
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2016年卒採用をどう戦っていけばいいのか
アベノミクスの影響からか、景気動向は良くなっていて、企業の求人意欲は高まっています。そうした中で、2016年卒の採用はどのような動きになるとお考えですか。
2016年卒採用では、短期間に大勢の人が動くことになります。そのため、応募者の個別事情に合わせて柔軟に対応していかなければ、必要な人材を必要数採用することは厳しいと思います。例えば、この学生は既にじっくりとリクルーターとのコミュニケーションを経ているから、面接は1回で済ませる。また、あの学生は優秀だけれど、応募動機に気になる点があるから面接は2~3回行う、といったように。要は、求職者のタイプや置かれた状況によって、対応が異なるということです。いずれにしても、選考のフローを柔軟にしていかなければ、採用予定数を確保することは難しいでしょう。
広報の開始 | 選抜の開始 | 広報解禁~内定解禁の期間 (企業が求職者と関われる期間) |
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14年卒採用→ 16年卒採用への変更 | 12月→3月 3ヵ月の後ろ倒し | 4月→8月 4ヵ月の後ろ倒し | 7ヵ月間 ~広報解禁~選考解禁 5ヵ月(3月~8月) ~選抜~内定解禁 2ヵ月(8月~10月) |
いま、日本企業が置かれている状況の中で、どのような採用戦略を考えていけばいいのでしょうか。
まずは、図表1で示した戦略の中で自社がどこにあるかという「ポジション思考」を明確にすることです。どういった人材が自社に必要なのか、見極めなければなりません。そこで私がいま、採用の現場の方たちと議論しているのは、「どういう人を諦めるのか」「どういう人は採用しないのか」という「逆転の発想」です。総合商社やメガバンクなど、強者の戦略が取れる企業は従来のやり方で構わないと思いますが、そうではない多くの企業が同じ採用戦略を取っても、実のある結果は出てきません。そこで重要となるのが、「何を諦めるか」だと思います。採用で「どこを見るか」だけでなく、「ここは見なくてもいい」ということを、自社のポジションからブレークダウンして考えていくのです。これは裏のメッセージとして、自社に絶対に必要なモノとセットになります。そういう発想が、2016年卒採用では必要になると思います。
また、育成との関係性を考えることが大切です。例えば、コミュニケーション能力は先輩社員とのOJTで担保できると考えるのなら、あえて採用の際には問わないことです。実際、コミュニケーション能力は鍛えて伸ばすことができることが科学的にも証明されています。これまで、コミュニケーション能力を見るために面接で40分を割いていたなら、もっと違った質問に時間を割くことができます。
このように他社との差異、育成との差異において、「何を見るか」「何を諦めるか」という発想が、日本企業のこれからの採用戦略における、一つの方向性だと思います。また、先述の通り、優秀な人材を採用するために自社の何が売りになるのかを、明確に打ち出すことです。自社のポジションを明確にし、求める人材を逆の発想で採用していけばニッチな戦略になるので、強者の戦略とバッティングすることはありません。
そうした逆転の発想やニッチな戦略を、人事部として提案するのは難しいのではないでしょうか。
「採用学プロジェクト」で上場企業150社の人事担当者の方に、「あなたたちの評価基準(KPI)は何ですか」とたずねたことがあります。いろいろなKPIが出てきましたが、やはり多いのは「予定人数に合わせた採用を行うこと」でした。優秀な人材を採用することにも高いスコアは付きましたが、本音を聞くと、「数を合わせないと上から叱られる」という声が非常に多かったのです。経営戦略・目的のために必要な人材を採用する、そのための人材プールを担保する、という意味で言えば、必ずしもそれが実践されていないということになります。確かに人数合わせも必要ですが、経営戦略・目的が実現できなければ意味がない。採用の成功とは、単なる数合わせとは違うことを意識してほしいと思います。
戦略を立てる上で、心がけるべきことには他に何がありますか。
少しレベルが違うかも知れませんが、きちんとデータを取ることです。ドラスティックに新しい採用のあり方を模索していく中で、その時に現場ではより所となるもの、自信となるものがなかなかありません。これまでは、人材サービス会社などがコンサルタントとして寄り添ってアドバイスしていたのだと思います。ただその中で、限界を感じているような企業が何に立ち返ればいいのかと言うと、その一つはデータだと思います。これまでせっかく蓄積してきたデータがあるわけですから、これを活用しない手はありません。しかし、収集はしていたけれど、分析にまで至っていないというケースがほとんどではないでしょうか。
入社後のパフォーマンスや定着などと関連づけて、例えば「面接はあまり機能していない」「適性検査は相関性が高い」といったことを傾向値として見ることができます。これは採用選考において、貴重なデータです。まさに“Evidence based Management” (エビデンス・ベースド・マネジメント)の考え方です。戦略を立てる際に、一つのより所としてデータをもっと重視してもいいと思います。
2016年卒採用について、どのようにお考えですか。
企業側には、新しい動きがあまり見られないようです。あったとしてもマイナーチェンジで終わりそうですし、むしろ同質化の慣性が働いているように感じます。一方、学生の動きを見ると、完全に二極化、あるいは三極化しています。一つは動き出しが非常に早く、既にいくつかの内定を受けている学生。もう一つは、起業したベンチャー企業を続けたり、1年間海外に留学に行ったりするなど、ゆっくりと自分のやりたいことをやる学生です。早く動き出した層が必ずしも優秀だとは限らないし、いま目の前にあるプールが全ての学生の層とは限りません。企業にとっては、かなり掴みにくいと思います。
さらには、自分から企業に売り込みに行く、大変アクティブな学生も増えています。就職サークル連合を作り、就職サイトなどに頼らず、SNSなどを用いて自分たちで企業と情報の交換を行っている。このほうが、よりビビッドな情報が集まると考えているからです。このような層は、脱・就職サイト派です。彼らにとって就職サイトに載っている情報は、あまり魅力的ではないからです。私のゼミの学生にもこのタイプがいるのですが、既に内定を得ています。この層は自分で情報を集め、早い段階からいろいろな形で企業とコラボレーションを行っています。自分たちはマスではない、という自負があるようですね。早く動く学生とのんびりとした学生、そして独自の動きをする学生、といった三つの層が今年の学生側の動きの特徴です。
そうした動きの中、企業はどのように対応すればいいのでしょう。
学生のタイプによって、柔軟に対応する必要があります。同じフローの中で採用活動を行っていくと、うまくいきません。ポイントは戦略の部分です。同質的な人材ではなく、「自社が採用しない人は誰なのか」という逆転の発想が必要な時期にそろそろ来ているように思います。2016年卒採用では短期間に各社がうごめいているので、その意味で「リバース・イノベーション」を起こすチャンスです。
今年は、そうした動きは大手企業ではなく、地方企業やベンチャー企業から出てくる可能性がありますね。
不思議なのは、三幸製菓さんのようなケースをまねする企業が出てこないことです。これは、「模倣障壁」があるからです。素晴らしいものを生み出したけれど、各社がまねできないというのは、最高の戦略です。意図的にそうされたとは思わないのですが、「新潟県でおせんべいを作っている会社が行っている、面白いけど特殊なこと」として、他の企業は思考停止になっている状態です。面白くて変わっていればいるほど、「模倣障壁」ができるのです。
ただ、これを大企業がやると、模倣するケースが出てきます。例えば、ソニーがエントリーシートを始めたら、各社が一斉に取り入れました。大切なのは、自社が生きるスペースを作ること。「模倣障壁」の高いニッチな戦略を作っていくことです。強者の戦略が取れる大企業以外は、そのような戦略を取ることが、重要だと思います。
採用戦略は企業にとって、まさに生き残り戦略であることが良く分かりました。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
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さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。