採用活動の新たな指針となる「採用学」とは(後編)
―― 2016年卒採用に向けて、どのように採用戦略を進めていけばいいのか[前編を読む]
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院 准教授
服部 泰宏さん
『前編』では、日本企業における新卒採用の問題を解決するために「採用学プロジェクト」を立ち上げた背景や経緯についてお話を伺いました。『後編』では2016年卒採用に向けて、「採用学」の観点から、どのような採用戦略を進めていけばいいのか、またどのようにマッチングを図っていけばいいのか、具体的なお話を伺いました。
はっとり・やすひろ●1980年神奈川県生まれ。2009年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了、博士(経営学)取得。滋賀大学経済学部情報管理学科専任講師、同准教授を経て、現在、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授。日本企業における組織と個人の関わり合い(組織コミットメントや心理的契約)、経営学的な知識の普及の研究、シニア人材のマネジメント等、多数の研究活動に従事する。主な著書に『日本企業の心理的契約:組織と従業員に見えざる約束』(白桃書房)があり、同書は第26回組織学会高宮賞を受賞した。2013年以降、人材の「採用」に関する科学的アプローチである「採用学」の確立に向けた「採用学プロジェクト」に従事、同プロジェクトのリーダーを務めている。新進気鋭の若手経営学者として、注目を集めている。2014年に人材育成学会論文賞を受賞。
「採用学」の観点から、企業の採用をどう進めていくのか
「採用学」の観点から考えて、企業にこれから求められる採用戦略とはどういうものでしょうか。
「戦略」とは、一橋大学大学院の楠木建教授の言葉を借りると、「他社と違った良いことをする」ということです。他社と違ったことをしなければ、頭一つ抜き出ることができません。しかも、それが良いことでなくてはいけない。ただ、良いことは他社にまねられるので、違ったことと両立するのは非常に難しい。この辺りの微妙な部分を舵取りするのが経営戦略ですが、これは採用戦略でも同じです。他社と違ったことをやらなければ同質的な競争になってしまいます。
そこで戦略論の観点から、採用をターゲットの広さ(広い・狭い)、そしてどのような特色で引き付けるか(採用リソース・特異性)の2軸で見ていくことにします。ここで示した「採用リソース」とは、待遇や知名度、採用予算など、求職者に来てもらうことを目的とする守りの戦略。一方、「特異性」は求職者を採りに行くという攻めの戦略です。この2軸のマトリックスで、以下の図表1に示したような四つの戦略を見出すことができます。
区分 | 特色 | ||
---|---|---|---|
採用リソース | 特異性 | ||
ターゲット | 広い |
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狭い |
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戦略を考える際に大切なのは、自社ではどのクラスの学生を狙うのかを明確にすることです。例えば、総合商社やメガバンクなどは、国公立大学・早慶クラスの学生を採用することができるでしょう。左上にあるアトラクション戦略で、強者の戦略を取ることができます。しかし、多くの企業では、同じことができません。それならば、アトラクション戦略の企業が採用しない学生で、自社にとって必要な学生はどこにいるのか、そのターゲティングをはっきりとさせることです。しかし、これが意外とできていません。強者の戦略(アトラクション戦略)を取った企業の選考に落ちた学生を採用することや、大学のランクを重視した戦略に走りがちです。
そして、経営資源としての採用リソース。他の会社にはまねできない自社独自の資源(コアコンピタンス)です。これは、採用戦略を考える上でとても大事な要素です。先の三幸製菓さんの例で言えば、新潟に本社があり、おせんべいを作っている会社だということ。一見すると、リソースというより、学生たちが集まりにくい要素(デメリット)と考えられなくもありません。こうした要素は打ち出すべきでない、と考える人も多いでしょう。「業界で2位である」「B to C」であることを打ち出すべきだと考えるのではないでしょうか。しかし、三幸製菓さんが打ち出した戦略は違いました。新潟に本社がある、おせんべいを作っているということは、考え方によっては、採用の武器になると考えたのです。なぜなら、世の中には新潟が好きな人や、新潟出身者は一定数いる。おせんべいが好きという人ならもっといるのではないか――。そういう発想の転換により、それまで不利だと思っていた要素を、リソースとして前面に押し出そうと考えたのです。
中小企業やベンチャー企業では採用にかける予算が少なく、大々的な広告を打てないと思うかもしれません。しかし、ここでも見方を変えてみることです。数は少ないかもしれないけれど、一人ひとりの学生と向き合う時間や見極める時間を多く取れる。一人あたりの採用面接にかける時間を多くとることができる。そういう視点で考えれば、ある種のリソースとなるのです。
このような考え方や発想の転換とパッケージングの仕方によって、それまでデメリットと考えていた要素がメリットに、足かせがリソースになっていきます。企業はそういった側面からも、これからの採用戦略を立てていくべきです。ただし、企業規模や知名度、業態、各企業の特色によって取るべき戦略は異なります。こうすればいい、という絶対的な「解」があるわけではなく、各社各様なのです。
三幸製菓さんが、いまのような採用戦略を取るようになったきっかけと何でしょうか。
いくつか理由があるのですが、特に大きいのは、経営者が人材の採用と育成に対して本気になったことです。これも採用担当者が、いかに採用と育成が大事なのか、時間をかけて経営者を説得したからです。結果的に採用に関する予算や時間を増やし、優秀な社員を面接官に配置することが実現できました。日本企業では採用担当者が早期のローテーションで替わることが多い中、三幸製菓さんでは、長期間に渡って同じ人物が採用業務を担当してきました。その結果、自社内で採用のプロフェッショナルが育っていったのです。そして、採用のプロだからこそ、経営者を説得することもできました。このように長期的に採用にコミットできる担当者がいたことは、非常に大きいと思います。
欧米企業には、人事のプロがいます。採用はもちろん育成のことにも詳しく、かつ現場に対してのネットワークや権限を持っています。要は、人事としての専門性が非常に高いのです。だからこそ、自信を持って人事の方針や施策を打つことができます。採用手法についても、環境変化の中で、より効果的な方法へシフトしていきます。
一方、日本では地方企業やベンチャー企業から新しい採用手法が生まれていることが、一つの象徴のように思えて仕方がありません。それらの企業には大企業と比べて、経営に対する強い危機感があります。だからこそ、現状を変えることに対する勇気を持っているのです。
「リバース・イノベーション」という言葉があります。資源が限られた途上国でこそイノベーションが生まれ、それが富裕国に広がっていき、市場に大きな影響を与えていく、ということです。いま地方企業やベンチャー企業から新しい採用のあり方が発信されていますが、これも人を採用することが、企業の死活問題に直結しているから。だからこそ、地方企業やベンチャー企業は勇気を持って変えようとしているのです。そう考えると今後、このような「リバース・イノベーション」が日本の新卒採用にも起きるのではないかと予測しています。
また、この傾向を加速するのが、経団連による2016年からの採用選考活動開始時期の変更です。今回の措置により、これまで採用活動において優位だった大手企業でも、危機感を感じているようです。もしかすると、採用手法を見直す企業がいくつか出てくるかもしれませんが、劇的な変化となると、まだ難しいかもしれません。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。