定年延長を見据えた戦略的要員計画
マーサージャパン グローバルM&Aコンサルティング アソシエイトコンサルタント 川嵜 嘉之氏
定年制の歴史と最新状況
日本の平均寿命の高齢化に伴い、企業における定年年齢は高齢化し続けている。本コラムでは、定年年齢の高齢化に対する人事制度の課題と解決策の一案を掲示したい。本論に入る前に歴史を紐解きたいが、そもそも日本の定年はいつから始まったのかご存知だろうか。
定年制の歴史は古く、明治時代にさかのぼり、1887年に定められた東京砲兵工廠の職工規定で、55才定年制とされている 1。なお、この時期は平均寿命が43歳 2 のため、平均寿命よりも高く設定されており、優秀な人材の囲い込みとして機能していたようだ。その後、高齢化が進み、2022年現在の平均寿命は男性 81歳、女性88歳となっている。
その結果、少子化による労働力不足や年金などの財政逼迫の懸念から、2021年より「65歳までの雇用確保義務に加え、70歳までの就業確保が努力義務」となった 3。そして、この雇用義務年齢の高齢化のトレンドはさらに続くことが想定されている。企業の人事担当者としては、雇用義務期間の高齢化に伴って、これまで退職していた従業員層に関する人事制度設計やその影響を踏まえた組織作りが急務となっている。
1 『日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学』 小熊英二著(講談社現代新書)
2 「完全生命表における平均余命の年次推移」 厚生労働省
3 「高年齢者雇用安定法 改正の概要」 厚生労働省
企業における定年延長の課題
定年年齢の引き上げに際し、日頃から様々なご相談を頂戴する。その内容を整理すると、1. 人件費の高騰、2. 組織の高齢化、3. 余剰人員という大きく3つの課題に集約できる。以下に各課題に対して、具体的にどのような問題が発生するのか整理したい。
課題1. 人件費の高騰
年功的な賃金体系となっている多くの日本企業において、定年前の高齢層は人件費の単価が高く設定されていることが多い。そして、高単価の高齢者の定年退職が後ろ倒しになることで、会社全体の人件費が高騰することが想定される。一方、定年前に役職定年という形で報酬を減額することや再雇用時に報酬を一律減額している企業も多い。その場合でも、定年年齢が引き上げられることに伴って人員が増加し、総人件費が増加することも考えられる。いずれの場合も再雇用の考え方や報酬設定を再整理することが必要となる。
課題2. 組織の高齢化
組織全体として高齢化が進んでいる会社が多い中、高年齢層の定年退職が後ろ倒しになると、組織全体の平均年齢がさらに増加する。そして、組織内の高齢者の割合が大きくなることで、組織の膠着化や不活性が懸念される。また、組織の上位の役職に在籍している高齢者の在籍年数が増加し、若い優秀人材をアサインするポストが不足することも考えられる。そして、短期的な高齢者の処遇のみに着目され、若者の採用数が絞り込まれることや若手層の抜擢ができない組織構造が維持される可能性がある。
その結果として中長期的には、全社の人口ピラミッドの高齢化や若手のモチベーションへの悪影響による退職率の増加が懸念される。実際に、この数年で60歳以上の従業員が増加する中、30歳以下の従業員が半減した企業事例もある。
課題3. 人員の余剰化
従来の採用を続ける場合において、短期的に余剰人員が発生することも想定される。これまでは一律に退職となっていた層が会社に一定期間、追加で留まることになる。結果として、必要な業務以上に人員を抱えることになる可能性がある。特に高齢者の場合は身体的な衰えにより、遂行できる業務に制限が加わることも多い。そのような制限がある中で、社内で定年延長者にアサインする業務を確保することが難しい企業が出てくることも十分考えらえる。
実際に、ある企業の人事担当者からは「そもそも会社として継続して雇用したいスキルを持つ高齢人材は数%にすぎない」とのコメントをいただいたこともある。雇用の創出策として、外注できるプロセスを内製化して仕事を社内で確保することも考えられるが、必ずしも会社の業績を向上させるという観点では合理的ではないことも多い。
解決策としての要員計画
以上のように定年が延長となることに伴い、人件費のコントロールや組織開発、あるいは業務の確保という面で課題が生じる企業が多くなることが想定される。いずれの課題に対しても、現状の要員や人件費構造を把握し、全社の視点で要員数や人件費を中長期的に計画することが求められてくる。
そこで有効となる手法が「要員計画」である。要員計画とは組織やビジネス環境が変化する中で、企業が直面する脅威や新しい機会を踏まえて、要員の量と質に関する計画を立てることである。具体的には企業の長期的事業計画、労働市場の長期的展望を踏まえて、採用、異動、配置などの人材マネジメントプロセスに関して、中期的な人員計画を策定することが求められる。
特にジョブ型雇用を採用、もしくは採用を検討している企業では、職種別採用や中途採用、公募での人員補充などを前提とした要員計画を実施することが重要となる 4。そして、副次的にはその中期的な計画に沿ってサクセッションプランなどのタレントマネジメントや昇給・賞与の原資コントロール方法再設計など他の人事施策が密接につながってくる必要がある。
4 「ジョブ型雇用の時代を生きる」 マーサー
具体的な要員計画の実施方法
最後に、実際に要員計画を策定する際の具体的なポイントを4つのステップに分けてお示ししたい。
Step 1: 対象人員の特定
まず、前提条件の確認がスタート地点となる。会社の戦略を踏まえた上で重要となる切り口で分析ができるように、正社員などの雇用区分や等級、所属部門など対象人員の区分を決定する。ジョブ型雇用を目指す場合は職種別での区分がより重要となるだろう。また、タレントに関する区分を追加しタレントマネジメントの観点も加えると、人材の質という面からもアプローチできるようになる。ただし、区分が細かくなりすぎると、対象人員の母集団が少なくなり、結果のブレ幅が大きくなるために注意が必要である。
Step 2: パラメータの設定
次にシミュレーションを実施する上で変動させたいパラメータを設定する。具体的には自己都合退職や定年退職などのアウトフローや新卒採用、中途採用などのインフロー、社内の昇格・降格、昇給や原資配分含めた労務費などを設定することが多い。昇格タイミングや中途採用数などを設定する上で重要となるのはビジネスラインとの綿密なすり合わせである。今後のビジネス戦略に沿った現実的な計画を策定する必要がある。
Step 3: シミュレーションの実施
ある程度の想定が立った段階で、実際に雇用区分別従業員数や報酬総額推移などをシミュレートする。どのパラメータが人員数や労務費の増減に関するドライバーとなるのか確認し、調整することが重要である。必要に応じて、設定した変数を変更しながら、長期的な組織の姿について検討する。
Step 4: アクションプランの検討
シミュレーションがある程度固まった段階で、必要なアクションをビジネスライン含めて検討する。会社の成長が鈍化し早期退職が必要なのか、あるいは原資を確保するために緩やかな昇給が必要となるのか、はたまた特定部門における大量の高齢者の定年退職により計画的な中途採用が必要なのか会社によって事情は異なるだろう。一方、会社によらず変わらないことは、退職率や年齢分布の急激な変更は難しいということである。そのため、まずは現状の把握と大きな傾向をつかみ、必要な人事施策へつなげることが重要である。
これまで見てきたように、人員構成や人員に関する課題は企業によって異なる。そのため、要員計画におけるパラメータの設定方法や分析方法、対応策は大きく異なるため、画一的なパッケージでの運用は難しいのが実情である。
組織・人事、福利厚生、年金、資産運用分野でサービスを提供するグローバル・コンサルティング・ファーム。全世界約25,000名のスタッフが130ヵ国以上にわたるクライアント企業に対し総合的なソリューションを展開している。
https://www.mercer.co.jp/
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。