外国人就労政策の行方-特定技能の受入れ拡大を巡る議論
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也氏
【要旨】
2019年4月の「出入国管理及び難民認定法」(以降、改正入管法)施行から2年が経過した今年は、新たに創設された在留資格である、特定技能の見直しを行う時期にあたる。
今般の見直しで特に注目されるのは、特定技能「2号」の扱いだ。現在、その対象業種拡大についての検討が進められている。ただ、永住権の取得や家族帯同も可能となる、特定技能「2号」の受入れ拡大は、移民政策や治安などへの懸念から異論もあり、どのような形で決着するか見通しづらい。
本稿では、対象業種拡大の検討が進む特定技能について、制度創設後の状況を整理し、今後のポイントについて考えてみたい。
この記事は2021年12月23日時点の情報を基に執筆されたものです。
1――はじめに
2019年4月の「出入国管理及び難民認定法」(以降、改正入管法)施行から2年が経過した今年は、新たに創設された在留資格である、特定技能の見直しを行う時期にあたる。
今般の見直しで特に注目されるのは、特定技能「2号」の扱いだ。現在、その対象業種拡大についての検討が進められている。ただ、永住権の取得や家族帯同も可能となる、特定技能「2号」の受入れ拡大は、移民政策や治安などへの懸念から異論もあり、どのような形で決着するか見通しづらい。
本稿では、対象業種拡大の検討が進む特定技能について、制度創設後の状況を整理し、今後のポイントについて考えてみたい。
2――特定技能の制度概要
特定技能制度は、2018年12月8日の改正入管法の成立に伴い、2019年4月から創設された制度だ。同制度の意義は、「中小・小規模事業者をはじめとした深刻化する人手不足に対応」するため、「生産性向上や国内人材の確保のための取組を行ってもなお人材を確保することが困難な状況にある」産業分野において、「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人」を受け入れていくことだとされる1。
その特徴としては、日本人従業員と同等以上の待遇にすることが、受入れ企業に義務付けられたほか、同一の業務区分内であれば、転職も認められることなどが挙げられる。なお、混同されることも多い、技能実習制度との比較では、受入れ職種や在留期間などのほか、制度創設の目的や対象とする人材などにも違いがある。例えば、制度創設の目的については、技能実習制度が技術移転を通じた、発展途上国への国際貢献にある一方、特定技能制度は人手不足分野における、労働力の確保を目的としている。また、在留資格の取得要件においても、技能実習制度が介護職種を除いて、日本語能力試験などを課していないのに対して、特定技能制度は、日本語能力試験と技能試験の両方を要件としている。このことは、特定技能制度が、際立った専門性を有しているとまでは言えないまでも、相対的に高いスキルを有した人材を、受入れるための制度であることを示している。
なお、特定技能には、技能水準に応じて、特定技能「1号」「2号」という2種類の在留資格がある。
特定技能「1号」については、「特定産業分野に属する相当程度の知識又は経験を必要とする技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格」であり、「特段の育成・訓練を受けることなく直ちに一定程度の業務を遂行できる」人材に認められる。在留期間は、通算で上限5年。家族帯同は基本的に認められず、受入れ機関又は登録支援機関による支援が必要となる。
特定技能「2号」については、「特定産業分野に属する熟練した技能を要する業務に従事する外国人向けの在留資格」であり、「現行の専門的・技術的分野の在留資格を有する外国人と同等又はそれ以上の高い専門性・技能を要する」レベルの人材に認められる。在留期間は、更新の必要はあるが上限はない。要件を満たせば家族帯同も可能であり、登録支援機関などによる支援も義務ではなくなる。
2021年12月時点における特定技能「1号」の対象業種は、「介護分野」「ビルクリーニング分野」「素形材産業分野」「産業機械製造業分野」「電気・電子情報関連産業分野」「建設分野」「造船・舶用工業分野」「自動車整備分野」「航空分野」「宿泊分野」「農業分野」「漁業分野」「飲食料品製造業分野」「外食業分野」の14分野。このうち特定技能「2号」への移行が可能なのは、「建設分野」「造船・舶用工業分野」の2分野だけである。今般の議論でとりわけ注目されるのは、この部分にあたる。
1 「特定技能の在留資格に係る制度の運用に関する基本方針について」(2018年12月25日閣議決定)
3――国論を二分した制度
特定技能を巡っては、2018年の入管法改正時において、国論を大きく二分してきた。当時の世論調査結果を並べてみると、外国人労働者の受入れ拡大の賛否は拮抗し、新制度が移民政策にあたるかの認識も、分かれていたことがよく分かる[図表1]。
改正入管法の審議は、2018年を通して行われた。2018年2月の経済財政諮問会議において、外国人の就労拡大に向けた新制度の検討が始まると、6月の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)」に、新たな在留資格創設が明記され、12月の臨時国会で成立するというスピード感で進められている。
新制度を巡っては、対象分野を巡る線引きが一つの焦点となった。6月の当初想定時には、介護、宿泊、農業、造船、建設の5分野が挙げられていたが、人手不足が深刻化する業界からの要望を受けて、最終的には上記14分野まで拡大している。
また、法案の審議過程では、現行の外国人技能実習制度の就労問題、社会保障や年金給付に係る問題、治安や国内労働市場への悪影響など、様々な論点が浮上し、激論が交わされている。特に保守層からは、事実上の移民政策だとの批判が根強く、与党内にも異論があった。これに対して政府は、新制度による外国人材の受入れを、単なる労働力の受入れと定義することで、何とか法案の成立にこぎつけた経緯がある。
これまでの経緯を振り返ると、改正入管法は、始めて単純労働分野に外国人材を受入れる、歴史的な政策転換と言われた割には、切迫する人手不足への対応を優先し、早期決着が図られた結果、議論が生煮えのまま終わった感は否めないだろう。
4――創設後2年の現状
2020年10月時点で、日本で就労している外国人労働者は172.4万人。2013年以降8年連続して過去最高を記録し、コロナ禍にあっても前年比+6.5万人増加している。このうち、特定技能は7,262人と全体の0.42%を占めるに過ぎなかったが、最新の統計資料2によると、2021年9月末には38,337人まで拡大している。
なお、特定技能の受入れは、2019年度から2024年度までの5年間に、最大約34.5万人とする方針が示されている。2021年9月末時点の受入れ充足率(受入れ実績/最大受入れ予定数)は、特定技能全体で11.1%であり、予定期間の半分が経過した状況としては、低い水準にあると言える[図表2]。その要因としては、コロナ禍で厳しい入国制限が課されたことに加えて、制度創設までの準備期間が短く、二国間の覚書締結の遅れや、技能試験の開始の遅れなどが影響したことが考えられる。
実際、分野別の受入れ状況をみると、コロナ禍の影響の大きかった「ビルクリーニング分野」「航空分野」「宿泊分野」「外食業分野」などでは、受入れ充足率がとりわけ低く、最大見込み数の5%にも達していない[図表3]。また、コロナ禍の影響が相対的に小さかったと考えられる「介護分野」や「漁業分野」などでも、入国規制の厳格化や試験実施の遅れから、思うような受入れはできていない。
一方、製造3分野と言われる「素形材産業分野」「産業機械製造業分野」「電気・電子情報関連産業分野」では、特定技能に移行可能な技能実習生の数が多く、コロナ禍においても移行者が増えたと考えられる。全体の36.1%(13.8万人)を占め、最大の受入れ分野となった「飲食料品製造業分野」では、技能実習から特定技能に移行することによって、業務範囲や対象となる事業所範囲が広がることから、他の分野よりも移行が積極的に進んだとみられる。
国籍別には、ベトナム(23.9千人、構成比362.5%)、フィリピン(3.6千人、同9.4%)、中国(8.3千人、同8.3%)、インドネシア(3.1千人、同8.0%)からの受入れが多く、その顔ぶれは制度設立当初から、ほぼ変わっていない。特定技能への主な移行資格である技能実習(2020年10月時点)と比較すると、受入れ上位国の顔ぶれは一致しているものの、その構成比には若干の違いがあり、ベトナムの比率(技能実習の構成比は54.3%)は高まる一方、中国の構成比(同19.1%)は小さくなっている。これは、ベトナムの技能実習生における、特定技能への移行比率が、中国よりも高いことを示めしており、特定技能に移行しやすい業種にベトナム出身者が多いことを示唆している。実際、ベトナム出身者は、特定技能の受入れが進む「飲食料品製造業分野」で多く、その7割以上を占めている。
分野別には、「飲食料品製造業分野」「建設分野」でベトナムの存在感が大きく、「造船・舶用工業分野」「自動車整備分野」はフィリピン、「漁業分野」はインドネシアの存在感が大きいなど、国ごとに特徴が見られる。なお、中国については、分野別の構成比でみると、「ビルクリーニング分野」「自動車整備分野」が少ないこと以外、あまり偏りはみられない。
地域別には、「飲食料品製造業分野」に加えて、製造3分野の受入れが多い、愛知県(3.3千人)が最多であり、「介護分野」「建設分野」で受入れの多い、千葉県(2.6千人)、埼玉県(2.3千人)などが続く。受入れの総数では、3大都市圏の周辺が多いものの、人手不足が増しつつある地方部でも、受入れ拡大は続いているようだ。
2 出入国管理庁「特定技能1号在留外国人数」
3 特定技能1号在留外国人数に占める割合
5――見直しを巡る論点
特定技能制度については、政府の裁量による部分が大きく、対象分野や技能試験の実施方法、年間の受け入れ人数などの決定は政府に委ねられる。従って、特定技能「2号」の対象業種拡大も、関係閣僚会議で分野別運用方針の見直しが行われ、省令や告示の改正をもって対応が進んでいくと見られる。その意味で今後の行方は、政府・与党内の議論がカギを握っていると言える。
なお、今般の見直しの方向性については、過去の経緯からみれば、驚きは少ない。例えば、1993年に創設された技能実習制度は、在留期間が研修と技能実習を合わせて最長2年とされていたが、1997年に最長3年に延長され、2017年の技能実習法4の改正を経て、最長5年まで延長されている。また、対象職種についても、17職種(1993年)から55職種(1999年)へ拡大し、累次の追加を経て、現在では85職種156作業5まで拡大している。特定技能の創設目的が、人手不足分野における即戦力たる外国人材の受入れにあり、人口減少で働き手の減少が進む現状を踏まえれば、対象業種の拡大が検討されること自体は、ある程度予想された展開と言える。
ただ、今般の業種拡大は、永住権の獲得にもつながる特定技能「2号」だという点が、これまでとは異なる。技能実習は、建前はどうあれ、短期的に労働者を受入れる制度であったが、特定技能「2号」は、長期的に外国人材を受入れる制度である点は、意識しておく必要があるだろう。
一方で、永住権の取得は、長期滞在するだけで認められるものではない。例えば、永住権の取得には、(1)素行が善良であること(入管法違反や犯罪行為のほか、軽微な道路交通法違反も繰り返すと素行不良と判断される場合もある)、(2)独立生計要件を満たすこと(保有資産や年収などから安定した生活が営めることを証明すること)、(3)国益適合要件を満たすこと(10年以上の在留かつ5年以上の就労、納税や出入国管理など届け出義務の履行、最長の在留資格の保有、公衆衛生上の観点から有害となる恐れがないこと、生活の基盤が日本にあること)などの要件を、すべて満たすことが求められる。特定技能「2号」では、これらのうち技能実習や特定技能「1号」では、算入の認められていない、5年以上の就労という要件を満たせることから、永住権の取得につながると考えられる。
なお、永住権を取得すると、日本における無期限の滞在や、配偶者や子の帯同、職業選択の自由などが認められる(ただし、議論はあるものの、参政権は認められていない)。さらに、永住権の取得後に誕生した子には、永住者の配偶者等の資格が与えられ、特定技能「2号」取得者本人と同じく、職業選択の自由が認められる。特定技能「2号」の対象業種の拡大は、長期的に国の在り方にも影響を及ぼし得ることから、これまで以上に慎重な検討が必要とされる。
4 外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律
5 2021年3月時点。
6――今後のポイント
政府は、特定技能の制度見直しに向けて、早ければ来年2022年3月の正式決定を経て、省令などの改正に着手すると見られる。しかし、それには国民の理解や共感を得ることが重要であり、説明力のある仕組みや制度を示していくことが求められる。
なお、特定技能「2号」の受入れ対象の拡大については、少子高齢化が進む日本の現状や、外国人材の獲得競争が激しくなる国際的な情勢を踏まえれば、妥当性が高い措置だと考えられる。
足元では、コロナ禍で需要が低迷しているとは言え、新型コロナの感染収束後には、宿泊や外食、航空サービスなどでも、需要の回復が期待される。特定技能「1号」の対象業種は、人手不足が深刻であった業種であり、需要が戻れば外国人材に対する需要も回復していくと見られる。また、国内の生産年齢人口は、少子高齢化で長期的に減少していくことは避けられず、今後も一定程度、外国人労働者に頼ることは必要になるだろう。
ただ、世界的な高齢化の進展により、人手不足の深刻化は、外国人材の主な出身国でも懸念され始めており、アジア周辺国の経済力も向上し、日本と諸外国の所得環境に差も、以前ほどには見られなくなっている。そのような中、将来に渡って外国人材を日本に惹きつけていくには、外国人材にとって魅力的な制度として、日本で長く働ける環境の整備が必要になると思われる。さらに、日本に長期滞在し、何の問題もなく経済や社会に貢献してきた人材は、日本にとって有用な存在だと言える。そのような人材の貢献に報い、さらなる活躍を期待する意味においても、受入れ対象を拡大することは、意義のあることだと言える。
しかし一方で、永住権の取得にもつながる特定技能「2号」の拡大は、長期的に国の在り方にも影響を及ぼし得る点で、国内にも異論がある。その懸念を和らげ、国民の理解や納得感を高めていくためにも、その制度設計や運営方法について、しっかりと検討していくことは必要だろう。
例えば、特定技能「2号」の技能レベルは、比較的要件の緩い「1号」と異なり、現行の「専門的・技術的分野」の在留資格と同等か、それ以上に高い水準が求められる。これは、一般的なイメージとは若干異なる可能性があり、その点については国民の間に誤解が生じないよう、十分丁寧に説明していく必要はあると思われる。ただ、特定技能「2号」の移行試験については、2021年12月1日時点で、まだ「建設分野」「造船・舶用工業分野」のいずれでも実施されていない。実際に、どの程度の技術水準が求められるかは、今後の運営次第の面もあり、十分注意してみていく必要はあるだろう。
なお、特定技能「2号」への現実的な移行資格である特定技能「1号」については、少なくとも現状を振り返る必要はあると思われる。2019年からの5年間で、最大34.5万人を受け入れるとした数値は、コロナ禍以前の前提に基づいており、足元の経済や雇用状況を反映していない。また、労働力不足見込み数の内訳である、生産性や国内人材の確保状況についても確認が必要だろう。生産性の状況については、景気動向に左右される面もあり、短期的な変化に着目することにあまり意味はないが、分野別に置かれた前提に、妥当性があるかは検証していくべきだろう[図表4]。さらに、今般の見直しで、特定技能「1号」の対象分野が、そのまま特定技能「2号」の対象分野となり得ることが示された。その受入れの必要性や規模については、より精緻に検討していくことが求められる。
足元では、外国人労働者の就労状況を、より細かく捉える統計の整備が検討されている6。このような統計の整備が進めば、現状では捉えることの難しい、年齢や学歴、雇用形態などに応じた、賃金や失業などの動向を把握することが可能となり、外国人材の受入れによる国内雇用や賃金、住宅価格などへの影響を、より正確に把握できるようになると期待される。将来的には、このような統計データを活用して、受け入れ規模をより柔軟に調整する仕組みの導入も、検討して行くべきだろう。
最後になるが、特定技能「2号」の受入れが拡大すれば、日本に長期滞在する外国人材は、今よりも増えて、共生社会の実現に向けた環境整備は、ますます重要になると考えられる。現状でも、外国人子女への教育が行き届かない面があり、十分に対応ができているとは言い難い。今後、日本で結婚し、国内で子育てを考える外国人が増えていけば、日本語指導が必要な子どもの数が増え、教員の不足はさらに深刻化する可能性が高く、自治体等の負担も増えることが予想される。今般の見直しでは、そのような共生政策の在り方についても、議論が深められることが期待される。
6 外国人の雇用・労働等に係る統計整備に関する研究会
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