初生ひな鑑別師

野球やサッカーの選手だけじゃない、
“海外”を活躍の場とする日本人
手先の器用さが可能にした“ほぼ100%”の鑑別率

卵からふ化したばかりのひよこの「オス」「メス」は、見ただけではほとんど区別がつかない。しかし、1羽あたり2秒の早業でその性別を鑑別するプロフェッショナルが存在する。それが、「初生(しょせい)ひな鑑別師」だ。特に日本人は手先が器用なこともあって技術が高く、鑑別率はほぼ100%に迫るほど。その技術力が評価され、多くの日本人鑑別師が海外のさまざまな国で活躍している。

一瞬の判断でも、ほぼ100%の鑑別率を実現

ひよこのオスとメスを鑑別する理由は、性別によって育て方が異なるため。大きく分けると、オスは「食肉用」として、メスは「採卵用」として育てられる。目的に応じて効率よく育てていくためには、早い段階での選別が必要となる。そこで求められるのが、初生ひな鑑別師の技術だ。

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生まれたばかりのひよこの「オス」「メス」は、見た目だけではほとんど区別がつかないが、食用と採卵用とでは飼育方法が大きく異なるため、早い時期に選別する必要がある。

鑑別の際は、指を使ってひよこの肛門付近を触り、生殖突起の有無を確かめるというスタイルが主流。突起があればオス、なければメスと一瞬で判断する。当然、鑑別の際には手先の敏感さ・繊細さが求められる。

ちなみに、農林水産省が発表した「鶏ひなふ化羽数(平成20年8月分)」によると、今年8月にふ化した採卵用メスは、772万5000羽(うち、出荷されたのは737万2000羽)。ふ化したブロイラー用(オス・メス両方)は、6062万5000羽(うち、出荷されたのは5888万5000羽)。1ヵ月だけでもこれほど多くのひよこがふ化し、鑑別師による鑑別を経て出荷されていくのだ。

鑑別師の仕事はまさに時間との戦いだ。1羽あたり約2秒という短時間で、数千羽にも及ぶひよこを次々と鑑別していかなければならない。しかし、決して処理作業だけが早いという訳ではない。その鑑別率は、約99.5%の正確さというから驚かされる。もちろん、そのような高等技術を身につけて鑑別師として活躍する前には、長期間に渡る厳しい修行を経験しなければならないことはいうまでもない。

資格取得までの厳しい道のり

初生ひな鑑別師を職業とするためには、資格を取得しなければならない。ちなみに、ひなの鑑別方法が発見されたのは大正時代で、昭和初期には既に資格検定が始まっている。

資格を取得するには、まず、名古屋にある日本唯一の「鑑別師養成所」の入所試験に合格する必要がある。受験資格には「満25歳以下で高等学校卒業者、またはこれと同等以上の資格のある者」とある。手先の敏感さ・繊細さが必要とされるため、若年期からの教育が不可欠なのだ。また、「身体強健で、視力1.0以上(矯正可)、色盲でない者」ともされている。

養成所に入所後は、数ヵ月間、鑑別に関する理論と技術の研修を受ける。研修期間はその人の成長具合によってさまざま。めでたく卒業試験に合格できれば、研修生として1~3年間、全国のふ化場で実地研修を積むことになる。その後、さらに農林水産省指導の高等考査に合格して初めて、正式な資格を取得することができる(正式な資格の名称は「高等鑑別師」という)。

このように、初生ひな鑑別師としてスタートするまでには、長い修行期間を覚悟しなければならない。ちなみに、養成所に入所した後に必要となる費用は、100万円以上。その修行自体は決して生易しいものではなく、実際、資格取得を目指して養成所に入所しても、途中で辞めていく人は多い。最後まで修行を乗り切って資格を取得できるのは、入所者の半数ほどのようだ。

現在は海外での仕事が中心

実際の初生ひな鑑別師の仕事は、鑑別がしやすいように照明を抑えた暗い部屋のなかで、ひたすら、ひよこのオスとメスを鑑別していくこと。その数は、1時間に1000羽以上にも及ぶ。収入は、1羽につき4~5円ほど支払われる「歩合制」で、時給に換算すると4000~5000円といったところ。ふ化の状況によって収入は変動するが、年収の平均は500万~600万円だという。熟練の鑑別師のなかには、年収が1000万円を超える人もいるようだ。

一方で、現在の国内における初生ひな鑑別師の需要は衰えつつある。そのため、以前から日本ではなく、海外を活躍の場とする人が増えている。ここ数年は特に、新たに資格をとった鑑別師のほとんどが、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなど、ヨーロッパ各地のふ化場を職場として選んでいる。

日本人鑑別師の技術に対する評価は高いため、そのまま海外に永住して仕事をするケースも多い。前述の通りの年収を得られれば、ヨーロッパの一部の地域では、かなり贅沢な生活を送ることも可能だろう。近年、野球やサッカーなどで、日本人のプロスポーツ選手が次々と海外に進出しているが、実はそれ以上にもっと多くの日本人が初生ひな鑑別師として海外で活躍していることは、あまり知られていない。

※数字や記録などは2008年11月現在のものです。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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