チャイルド・ライフ・スペシャリスト
病気なんか怖くない!
闘う子どもに前を向く元気を――。
家族のあたたかい思い出づくりを支えるスペシャリスト
子ども自身やその親が、病気による長期療養によって普通の生活を送れなくなってしまった時、子どもたちを精神面からサポートしてくれる専門職があることをご存じだろうか。チャイルド・ライフ・スペシャリストは、病院生活における子どもの精神的な負担をできる限り軽減し、子どもが子どもらしくいられるように支援する仕事だ。病院の医療チームに属しながら医療行為は行わない。その仕事の実態とはどのようなものだろうか。
いかに、その子らしさを失わないように支援していくか
人の心のケアを担う仕事にはカウンセラーやセラピスト、臨床心理士などがある。しかし、その多くは大人を対象に行うものだ。チャイルド・ライフ・スペシャリスト(Child Life Specialist:CLS)は言葉どおり、子どもとその周辺を専門に心理社会的支援を行う。病気になると当人の身体が不調になるだけでなく、その家族も精神的なストレスや不安を抱えることになる。特に子どもの場合、その状況は複雑だ。子どもは発達途上であり、認知的にも情緒的にも大人とは違った理解をしている。子どもがそのような事態を乗り越えるには、専門的な知識を持つサポーターが必要になる。
辛い闘病生活を少しでも明るく楽しく――。小児医療現場には欠かせない存在だ。
例えば両親が病気になり、入院や通院で急に不在になるといった環境の変化が子どもに与える影響は大きい。親の表情や見た目の変化から異常を感じ取り、不安な気持ちになっている子どもへの対応を誤ると、後にトラウマを生じさせることもある。このような場面で子どもの発達段階に応じたサポートを行うこともCLSの仕事の一つだ。また、長引く治療や制約された入院生活などの困難な環境にあっても受け身にならず、その子らしさを失わずに毎日を送るために、「遊び」を中心としたプログラムを実施するなど、子どもが主体性を保ち、日常を取り戻すためのケアも欠かせない。
CLSは子どもに親の病名を伝える役割を担うこともある。「ただの病気」といった説明だけではさまざまな疑問が浮び、親の変化を見るうちに不安や恐怖感を抱くこともあるだろう。例えば、親の病気ががんだった場合、最近は、子どもにも病名を正直に話した方が後で良い結果になることが多いといわれる。子どもは最初戸惑うかもしれないが、子どもなりに事実を受け入れ、状況に適応しようする。そのためにも、子どもに正しい病名を伝え、きちんと説明することが大切だ。
CLSの仕事をする上で、避けて通れないのが「死」と向かい合うことである。親や自身の死を身近に感じた時、子どもがどれほど大きな不安や混乱、そして絶望にさいなまれるかは想像に難くない。そんな時、子どもに死とはどういうものかを伝えながら、同時に安らぎを感じられるような場所を用意してあげなければならない。子ども本人だけでなく、兄弟や家族の気持ちに寄り添ったケアを行うことで、厳しい医療環境に置かれた人々の精神的・肉体的負担を減らし、前向きに乗り切っていく後押しをすること。そして、そういったケアの重要性を広く社会に知らしめることも、CLSの重要な役目だといえるだろう。
このように医療環境にある子どもの支援には欠かせないCLSだが、日本ではまだ29施設に41人(2017年4月現在、チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会HPより)しかおらず、数は圧倒的に足りていない。最近はCLSを採用する病院も増えているが、病と闘う子どもの数にはまだ追いついていないのが現状だ。
日本では「もっと理解を広げなければならない仕事」
CLSの始まりは1920年代、北米において医療にまつわる子どもの体験を改善するために行われた遊びやプリパレーション(心の準備のサポート)、教育のプログラムだ。医学の進歩によってさまざまな病気が治せるようになった一方で、長期間の過酷な治療が必要になり、子どもや家族の精神的負担が課題となっていた。そこで北米のCLSは子どもが安心し、情緒的に穏やかに過ごせるようにするため、親の面会制限を撤廃。病院でも両親が積極的に子どものケアに参加できる環境を整えていった。
1970~1980年代には、CLSの取り組みが子どもの入院期間短縮や医療体験に対するトラウマの減少に効果的であると証明され、発達心理学、小児心理学、家族社会学などを基礎とした教育課程が整備される。現在は、米国小児科学会が「CLSは小児医療に不可欠な存在」と高く評価するなど、北米においてのCLSの取り組みは広く認知されている。日本では1999年に最初のCLSが誕生。2011年に専門職としての資質の維持向上を図る職能団体、チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会が設立された。
家族が前向きに困難を乗り越えられるよう、親子間、兄弟間に向けた手厚いケアも行っている。
日本で働くCLSはそれぞれの病院で雇用されており、その雇用形態は病院によって異なる。常勤、非常勤のほか、所属も医局、看護部、成育支援局などさまざまだ。CLSは医療チームにいながら、直接的な医療行為は行わない。子どもや家族と医療スタッフが、より良い信頼関係を築くための架け橋としての役割を担う。
CLSの1日の一例を紹介しよう。朝、病院の申し送りカンファレンスに参加して、患者の様子やその日の予定を確認。それが終わると、遊びの準備やプレイルームの整理整頓などのルーチン業務を行う。昼前後には成人の患者と面談し、子どもにどこまで話すかといった相談に乗ったり、面会に来た子どもたちに会って一緒に遊んだりする。午後からは、子どもたちに合わせて遊びや話の相手をする。最後はカルテを書きながら一日の振り返りを行う。日々、子どもたちをきちんと観察しながら、その様子や状況に合わせた対処が求められる仕事といえる。
資格取得には北米の大学・大学院への留学が必要
では、CLSになるにはどうしたらいいのか。現在、日本にはCLSを学べる教育機関がなく、CLSの認定資格を取得するには北米の大学・大学院で学んでから、米国に本部を置くChild Life Council(CLC)の認定試験を受ける必要がある。資格認定試験を受けられる条件は以下のとおりだ。
- 学士号もしくは修士号取得者、または取得見込み者
- チャイルド・ライフ関連課程において、定められた10科目以上を納めた者(10科目のうち、最低1科目は認定CLSによる科目を履修)
- 指導者条件を満たす認定チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CCLS)の直接的指導のもとで、480時間以上(2019年より600時間以上)の臨床経験を修めた者
認定試験に合格すると、認定チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CCLS)となる。資格を取得した後も、質の高いケアを提供できるように専門分野の継続教育と5年ごとの資格更新が義務づけられている。5年間に50時間以上のチャイルド・ライフに関する学会や講習会、勉強会、大学・大学院の講義などに参加し、それらの記録をCLCに提出する。また、再試験を受け資格を更新することもできる。
就職は、チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会の就職情報センターで支援している。日本での就職を希望するCLSおよびCLS学生に就職情報を提供しており、希望者は協会HPにある登録シートに記入の上、協会事務局に送付することで就職の登録ができる。CLSの給与は求人情報などによりさまざまだが、月給23万円~が目安となる。
現在、CLSが在籍しない病院では、看護師が子どもをサポートする役割を担っているのが実情だ。今後は医療の現場において、子どもが子どもらしくいることの重要さや、子どもの遊びがもたらす精神面の効果への理解が進み、CLSの導入が増えていくことが期待される。
この仕事のポイント
やりがい | 不安な闘病生活を送る子どもやその家族に寄り添い支えることで、絆を深め、心からの感謝や信頼を得ることができる。時に過酷な場面に立ち会わなければならないこともあるが、人生を支える責任ある仕事だ。 |
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就く方法 | 四年制大学以上を卒業し、チャイルド・ライフ関連課程で規程の科目を履修した上で(日本には養成課程がないため、北米の大学・大学院への留学が必要)、指定条件のもと、480時間以上の臨床経験を修めたのち、受験資格が得られる。 |
必要な適性・能力 | 医療の知識に加え、病気の子どもや家族の気持ちに寄り添う優しさと、過酷な状況にも患者と家族を支え続けるための強さ。資格取得は難関で、5年ごとの更新もあるため、勤勉さも求められる。 |
収入 | 日本ではまだとても数が少ない職業だが、月収23万円~が目安となる。 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。