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あの仕事の「ヒト」と「カネ」

【エンバーマー】
生前の自然な姿で、最期の別れを心ゆくまで
遺体の尊厳を守り、遺族の悲しみをケア

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タレントの壇蜜さんが、そのイメージからは想像もつかない、意外な“資格”をもっていると話題になったことがある。それが「エンバーマー」(Embalmer)――亡くなった人の遺体を生前の姿に近い状態まで修復し、特殊な処置で衛生的に長期保全する技術のスペシャリストだ。日本は火葬の国である。数日後には荼毘(だび)に付され、骨と灰だけになってしまう遺体をなぜわざわざ美しく保つ必要があるのか。大切な人と死に別れた者が“次”へ進むためには、悲しみをきちんと受け止めなければならない。そこに、エンバーマーという仕事の意義がある。

“死”も国境を超える時代、危険な遺体を安全に故郷まで運ぶ技術とは

これもグローバル化の一断面といえるかもしれない――。法務省入国管理局の発表によると、日本で暮らす(中長期の在留または永住)外国人の数は、2016年末時点で238万2822人に上り、過去最高を記録した。一方で、年間に死亡する数は直近(15年)で6871人。こちらも近年ほぼ一貫して増加傾向にあるのだ。国が違えば、死生観も異なる。日本という“異郷”で命を落とすと、その人たちの亡骸はどうなるのだろう。12年にノンフィクション作家の石井光太氏が上梓した『ニッポン異国紀行』では、外国人の遺体を国内で埋葬せず祖国へ送り返す場合の取り扱いについて、こう記している。<キリスト教文化圏では近年埋葬文化が変わってきている地域もあるが、イスラーム教やユダヤ教の場合はまず例外なく土葬にしなくてはならないため、遺体をそのままの形で送ることになる。(中略)骨だけ日本から送られてきても、それが本当に肉親かどうか、判断がつかない。家族とすれば、骨になって返してもらうより、死んだ時の姿のまま返してもらってお別れをしたいと思うものだ。そのため、火葬の国であっても、多くは焼かずにそのままの形で祖国へ遺体を送ることになる>。

遺体を“そのままの形で”海外へ空輸する場合、棺にドライアイスを詰めるだけの保存方法では、航空会社が受け付けてくれない。遺体は死後すぐに体内から腐敗し始め、多くの場合、感染症の原因菌やウィルスの巣になってしまうため、公衆衛生上、非常に危険な存在なのだ。そこで必要になるのが「エンバーミング」――遺体の長期保全と周囲への感染防御のために、遺体に防腐・殺菌や修復を施す特殊な保全処置のことで、その専門技師を「エンバーマー」と呼ぶ。ちなみに、日本人が海外で滞在中に亡くなった場合も、国・地域や状況によるが、基本的には現地でエンバーミングを施して日本に送還することが多い。

エンバーマー イメージ

火葬文化が根付く日本では
エンバーミングについてあまり知られていない

遠く古代エジプトのミイラ作りに起源を持つといわれるエンバーミングが、技術的に進化し普及したきっかけは、1861年にアメリカで起こった南北戦争だった。戦死者の遺体を故郷で土葬するために、広い国土を長距離移送する必要があったのだ。腐敗を進行させないよう、静脈から全身の血液を抜き、動脈から防腐剤を注入するという現在のエンバーミングの根幹を成す手法が開発され、戦争終結後すぐに暗殺されたリンカーン大統領の亡骸の保全・修復にも利用された(参考:『ニッポン異国紀行』著:石井 光太・NHK出版)。その出来栄えを弔問に訪れた多くの人々が目にしたことから急速に広まり、いまではアメリカやカナダで遺体の90~95%に、イギリスや北欧では70%に、エンバーミングが施されているといわれる。

火葬の国・日本でも広まる理由――ゆとりある別れを実現し、悲しみを癒す

日本におけるエンバーマーの業界団体である一般社団法人日本遺体衛生保全協会(IFSA)によると、エンバーミングが日本に伝わったのは1974年、アメリカで最新の技術を修得した医師の池田章氏が川崎医科大学(岡山県)に招かれ、紹介したのが始まりである。しかし火葬文化が根付く日本では、防腐処理までして遺体をきれいなまま保つ必要性が理解されにくく、すぐには普及しなかったという。火葬までドライアイスで数日保存できれば十分であり、事故や闘病の影響で変わり果てた遺体も、包帯で隠すなどしてそのまま荼毘に付すのが当たり前だった。近年はそうした葬送観に変化が生じ、なるべく生前に近い姿で故人との別れに臨みたい、という遺族のニーズが高まっている。国内でもエンバーミングが徐々に普及しつつあるのは、衛生上の理由からだけでなく、顔などを美しく整え修復することで遺体の尊厳を守り、遺された人の心情をケアする効果が期待されているからだ。葬儀とは、人が近親者との死別の悲しみを受けとめる“グリーフ(悲嘆)プロセス”に他ならない。エンバーミングで遺体を長期的かつ安全に保てば、ゆとりある別れが可能になり、海外や遠方からの弔問にも対応できる。故人としっかり対面しながら心ゆくまで悲しむことで、人はより早く癒されていくのだという。

エンバーマー イメージ

生前の姿でお別れを。そんな遺族の思いが、
日本のエンバーミングの普及につながっている

とはいえ、実際に処置を施す現場は生易しいものではない。「清拭」や「湯かん」と呼ばれる伝統的な臨終後の処置とエンバーミングを比べると、前者は遺体の洗浄・消毒にとどまるが、後者にはより高度で専門的な技術が求められるのだ。遺体の一部分を切開して血液を排出し、薬剤を入れてから縫合する。傷があれば化粧で修復。損傷が激しい場合は皮膚の移植も行い、顔色や唇の赤みまで整えて、在りし日の面影に近づけていく。処置に要する時間は約3時間。一般の人なら正視に堪えない悲惨な状態の遺体に接しても、エンバーマーは、そうした緻密な作業を黙々と進めていかなければならない。専門の知識や技術だけでなく、心身のタフネスと丁寧さ、粘り強さ、遺族の心情に寄り添える献身性などが資質として求められるだろう。

IFSAによると、2004年にインドネシア船籍の貨物船が山口県内で座礁した際、亡くなった乗組員の遺体を母国へ送り届けるためにエンバーミングが施された。後に乗組員の母親から、異国で亡くなった息子を生前の姿で戻してもらい、存分にお別れをすることができたと感謝の手紙が届いたという(PR TIMES 2017年3月2日付)。自らの仕事が遺族の悲しみを癒し、新しい人生の支えになる――エンバーマーにとって、何よりのやりがいに違いない。

需要増に人材が追いつかない、年間3万6000件の施術にわずか160人で対応

国内でエンバーマーとして活動するためには、IFSA指定の養成施設で知識と技術を2年間学び、資格試験に合格してライセンスを取得する必要がある。ライセンス取得者は、同協会に加盟するエンバーミング実施企業や葬祭関連企業に就職し、専門のエンバーミングセンターで働くのが一般的なコースだ。1988年に日本初のエンバーミングセンターが埼玉県に開設され、2015年には21都道府県52ヵ所を数える。一方で、処置件数も年々右肩上がりに。16年集計では年間約3万6000件に上るが、これにわずか約160人程度のエンバーマーで対応しているのが国内の現状である。社会の超高齢化や大規模な自然災害の多発による需要増を考えると、人手不足はきわめて深刻といわざるをえない。

IFSAでは、今後5年程度で500人以上に増員、年間10万件以上の施術を目指す方針で、そのための環境整備の一環として、IFSAの認定資格である「エンバーマー」の国家資格化や法制化にも動いている。収入面はというと、エンバーマーのおもな就職先の一つである大手葬儀会社の場合、年収は正社員で平均500万円程度だが、エンバーマーが高度なスペシャリストであることを考えると、それより多めと考えるのが妥当だろう。裏方的な存在で、知名度もけっして高いとは言えないが、今後ますます有望な仕事であることは確かだ。社会貢献を志向し、何か人の役に立ちたいと進路を摸索している若者にも関心が広がるのではないだろうか。

この仕事のポイント
やりがい 自らの仕事で、生前の姿で存分に遺族などがお別れをすることができ、残された人の悲しみを癒し、新しい人生の支えになることができる
就く方法 一般社団法人日本遺体衛生保全協会指定の養成施設で知識と技術を2年間学び、資格試験に合格してライセンスを取得。同協会に加盟するエンバーミング実施企業や葬祭関連企業に就職し、専門のエンバーミングセンターで働く
必要な適性・能力 エンバーミング専門の知識や技術だけでなく、心身のタフネスと丁寧さ、粘り強さ、遺族の心情に寄り添える献身性など
収入 大手葬儀会社の正社員の年収平均500万円程度。それよりも高く、専門性を加味した年収と考えられる

 


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