ATD 2019 International Conference & Expo 参加報告
~ATD2019に見るグローバルの人材開発の動向~
株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員
川口 大輔
2019年5月19日~22日に、米国ワシントンD.C.にて「ATD 2019 International Conference & Expo(ICE)」が開催されました。ATD(Association for Talent Development)は、タレント開発に関する世界最大の会員制組織(NPO)であり、ATDが主催する国際カンファレンスには、毎年世界各国から企業のHR、コンサルタント、研究者、教育機関・行政体のリーダーたちなどが集い、現在直面している課題やこれからの人材開発のあり方について、組織の枠を超えて多くの人と学び合います。人材開発に関するグローバルでのトレンドやスタンダードの推移を学び、探求する場として、日本での認知度も年々高まっています。
本レポートでは、ATD 2019の現地の様子や行われた議論の内容を共有することを通して、グローバルの人材開発の動向を紹介するとともに、カンファレンスの魅力や醍醐味、得られた気づきなどをお伝えします。
ワシントンD.C.での開催
ATDは毎年、アメリカの主要都市(アトランタ、オーランド、ダラス、デンバー、サンディエゴなど)で順繰りに開催されるので、さまざまな都市を訪れることができるのが魅力のひとつです。
今年は2014年以来、5年ぶりにワシントンD.C.での開催となりました。アート、科学、歴史、政治の中心地であり、スミソニアン博物館からワシントンモニュメントまで見どころも多く、人気の高い街です。この5年で整備が進み、街並みもこれまで以上にきれいになった印象を受けました。ホワイトハウスを訪れた際は、2014年当時のオバマ大統領の時代から現在のトランプ大統領の時代に変わったことを目の当たりにし、以前は移動の際にタクシーを使っていましたが、今回は気軽にUberやLyftを使うなど、時代の変化をしみじみと感じました。
この5年間の大きな変化は、2016年にオープンした「アフリカン・アメリカン歴史文化博物館」です。奴隷制度から分離政策、公民権運動の他、音楽、スポーツ、アートの領域での功績など、アフリカ系アメリカ人の歴史や功績が幅広く紹介されていて、現在人気のスポットになっています。
過去最大規模の13,500名が世界中から参加
ATD-ICEは、年々規模を拡大していますが、今年は、過去最多の13,500名が参加しました。昨年は75周年大会でオバマ前大統領が参加したこともあり、例年以上の参加者数でしたが、今年はそれを上回る人々が参加しました。
ひとつの理由は、基調講演を務めたオプラ・ウィンフリー氏にあると思われます。米国ではオバマ前大統領にも匹敵するほどの人気を誇るウィンフリー氏の講演は、これまでに見たことがないほどの熱気に包まれていました。プレスの会見で、ATDのCEOのトニー・ビンガム氏は、7年かけてウィンフリー氏に基調講演を行ってもらえるようお願いし続けてきたと熱弁していました。昨年のオバマ大統領に続くビッグネームが登壇したことで、ATD-ICEが世界的なラーニング・イベントのブランドとして一段高いプレステージを獲得していることがわかります。
また、ATD自体の世界的な認知が高まっていることも一因と考えられます。今年も韓国から369名、カナダから337名、日本から227名、中国から163名と、海外から多くの人が参加していました。
多様なトラックに見るタレント・ディベロップメントの動向
ATDでは、4日間の会期の間に300を超えるセッションが行われますが、それらは以下の15のトラックにカテゴリー分けされています。このトラックをフレームとして、自身が特に深掘りをしたいテーマのセッションを探すのも、ATD-ICEに参加する醍醐味と言えるでしょう。
- ラーニング・テクノロジー(Learning Technologies)
- ラーニング・ファンクションのマネジメント(Managing the Learning Function
- リーダーシップ・ディベロップメント(Leadership Development)
- トレーニング・デリバリー(Training Delivery)
- インストラクショナル・デザイン(Instructional Design)
- タレント・マネジメント(Talent Management)
- キャリア・ディベロップメント(Career Development)
- グローバル・パースペクティブ(Global Perspective)
- ラーニングの測定と分析(Learning Measurement & Analytics)
- ラーニングの科学(Science of Learning)
- セールス・イネーブルメント(Sales Enablement)
- マネジメント(Management)
- ガバメント(Government)
- ヘルスケア(Healthcare)
- ハイヤーエデュケーション(Higher Education)
私はここ数年、特に「ラーニングの科学」のトラックに注目しています。2014年にワシントンD.C.で開催された際に新設されたトラックであり、昨今のタレント・ディベロップメントのあり方に大きく影響を与えているニューロサイエンスをはじめとした、科学的なアプローチの興隆が背景にあります。2014年当時は、ニューロサイエンスとは何か、マインドセットとは何か、といった初歩的な内容が多かったのですが、昨今は、たとえばパフォーマンス・マネジメントや職場のトラスト(信頼)、リーダーシップのあり方、学習のデザインのあり方など、より実践的なテーマの中に、ニューロサイエンスの知見が当たり前のように取り入れられており、年々内容が進化しています。今年は、「フィードバック」や「心理的安全性」がこのトラックで多く取り上げられていたことが印象に残りました。
また、以前からあるトラックでも、セッションの有り様は変化しています。特に「インストラクショナル・デザイン」などは、ADDIEモデルに代表されるようなベースの理論に基づいたセッションは少なくなり、Visual、Infographics、Design Thinking、Ecosystems、Learning Journey、Agile、Data、Learner eXperienceといったキーワードが多く目立つようになりました。従来的なインストラクショナル・デザインの枠組みを超えて、ラーナーのエクスペリエンスをいかに高めていくかに焦点を絞ったセッションが、メインストリームになりつつあることを実感します。
このように、トラックを通して、タレント・ディベロップメントの世界がどのように変わろうとしているのかのトレンドをおさえていくことも、ラーニングのプロフェッショナルに取って重要だといえるでしょう。
EXPOの様子〜注目を集めるアダプティブ・ラーニング〜
ATD-ICEでは、コンカレント・セッションと並行して、大規模なEXPOが開催され、例年400を超えるタレント・ディベロップメントのベンダーが自社のサービスを紹介するブースを設けています。ATDのEXPOを回ることで、グローバルのラーニングのトレンドがどこに向かっているかを把握することができるのです。今年のEXPOでは、さまざまなところでバーチャル・リアリティー(VR)/拡張現実(AR)を活用したサービスの紹介が行われており、既にこうしたテクノロジーが多様なワークプレイスで活用されていることがわかります。
また、今年は「アダプティブ・ラーニング」を打ち出すベンダーが増えていることも印象に残りました。アダプティブ・ラーニングとは、AIやビッグデータの活用を通して、学習者の経験や能力、指向性などにあわせて、その学習者に最適な学習機会を提供していくことを支援する方法で、「パーソナライズド・ラーニング」と呼ばれることもあります。ブースでは、実際にアダプティブ・ラーニングがどのように職場で行われるのかのデモを見せるベンダーが見受けられました。VUCAワールドと呼ばれる環境において、働く人々の絶え間ないアップスキルが求められる中、個人の学習性をいかに高めていくかがL&Dの大きなテーマとなっています。そうした課題のレバレッジのひとつとして、「アダプティブ・ラーニング」は位置づけられており、トニー・ビンガム氏も、ATDとして力を入れていきたいテーマであると記者会見で話していました。今後も着目していきたいと思います。
デリゲーション参加を通して学びを深める
日本からの参加者も増えているATDですが、300を超えるセッションが行われる大規模なカンファレンスであり、一人で回って全体像を把握することは困難です。そのため、デリゲーションを通して参加する人が増えています。
デリゲーションのチームでは、メンバー同士でお互いの学びを共有し合うことが可能です。同じセッションを見ても一人ひとり捉え方が違い、関心も異なるので、一人では得ることのできなかった多様な学びにつながります。今年は日本から、ATDメンバーネットワーク・ジャパンを始めとして、八つのデリゲーションが派遣されていました。もちろん単独での参加でも、自由気ままに学ぶことができ、大きな経験になりますが、こうしたデリゲーションに参加することは学習の幅を広げることにもなるのでお勧めです。
ATDからのメッセージ:「ひとつの学びがその後の人生に影響を与える瞬間となる〜We are Moment Makers〜」
こうしたさまざまな学びの要素に彩られたATD-ICEですが、今年は基調講演のオープニングで流れたムービーも印象的でした。登場した人たちが、自分自身にとってのDefining Moment(その後に影響を与える決定的な瞬間)について次々と語るというものであり、ATDがキャンペーンの一環として事前にインタビューを集めたものでした。
ATDのキャンペーンのサイトを見ると、「Talent Development Professionals Are Moment Makers(タレント開発の専門家は“瞬間”をつくる人たちである)」と書かれています。私たちは単に人材開発の担当者として、トレーニングを実施したり、ツールを導入したりしているのではありません。私たちがデザインし、生み出す場には、たくさんの学びや発見、異質なものとの出合い、枠組みを超えるような経験、新たな意味を創造するインサイトが含まれています。そうした学びの一つひとつの積み重ねが、私たちが支援する人々の今と未来をより豊かなものにし、人生にも多大な影響を与えるものとなり得ます。ATDからのメッセージには、自分たちの仕事を一段高い視座から見直していくことへの呼びかけが込められているように感じました。
そして、ATD-ICEは、私たちタレント開発の専門家にとってのDefining Momentでもあります。19年前に初めて参加したATD-ICEは、間違いなく私自身の人生にも大きな影響を与えていますし、10,000人を超える人々と同じ空間で学ぶ経験に入り込むことで、世界観や価値観が変わったという人も大勢います。こうしたMomentをより多くの人と共有すべく、今後もATDに参加し続けたいと改めて感じました。