日本の人事部 HRアカデミー 2018冬期講座就活ルール廃止後の新卒採用――その理論と戦略
経団連は2021年卒の新卒採用から就活ルールを廃止することを決定。今後は政府・経済界・大学の三者で構成する協議会が、新たなルール整備を担うことになった。これにより、企業による採用活動の通年化や学生獲得競争の激化が予測され、人事は新たな採用戦略の策定を迫られている。これから学生は何を軸にして、どのような採用活動を行うのか。人事はそれをどう予測し、今から何を準備しておくべきなのか。法政大学キャリアデザイン学部教授の田中氏が、就活ルール廃止後の新卒採用において、人事が考えるべき戦略と戦術について解説した。
- 田中 研之輔氏
- 法政大学 キャリアデザイン学部 教授
博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程を経て、メルボルン大学、カリフォルニア大学バークレー校で客員研究員をつとめる。2008年に帰国し、現在、法政大学キャリアデザイン学部教授。専門はライフキャリア論、社会学。<経営と社会>に関する組織エスノグラフィーに取り組んでいる。著書に『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『先生は教えてくれない大学のトリセツ』『ルポ 不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』『覚醒する身体』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』他多数など。取締役、社外顧問を歴任。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。近著に『辞める研修 辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『教授だから知っている大学入試のトリセツ』
学生が入社したくない企業の「五つの行動」
田中氏は、就活ルールがなくなって一括採用から通年採用になれば、人事と学生の双方が疲弊してしまうという。そのような状況を避けるためには、どうすればいいのか。
「私はどこかに採用のボリュームゾーンを設定することが必要だと考えます。新たな新卒採用のモデルとして提示したいのは、大学在学中の一定期間での集中採用と、卒業後の『新卒・既卒ワンプール/通年採用』を掛け合わせたハイブリッド型の『ターム&プール採用』モデルです。3年生・4年生の夏休みと、3年生前・4年生前の春休みに集中して採用活動を行います。ここでカギとなるのは、インターンをどこに設置するかです。接点を増やして有効性を増すために、大学2年生と4年生時でのインターンを勧めています」
ここで田中氏から、参加者に課題が出された。企業の採用方法にはマス採用、コミュニティー採用、インターン採用、スカウト採用、リファラル採用、自社採用の六つの方法があるが、それぞれのメリットとデメリットを考える、というものだ。
「日本企業は10年前まで、求人サイトを利用するマス採用が中心でした。しかし今では、求人サイトにエントリーしない学生もいます。マス採用、コミュニティー採用、インターン採用、スカウト採用、リファラル採用、自社採用では、後になるほどミスマッチが減ります。マス採用を行うと多くのエントリーがありますが、その分ミスマッチも多い。一方、自社採用なら、ミスマッチを極力避けることができます」
田中氏は、新卒採用をめぐる最近のトピックスとして、インターンシップの急増をあげた。
「これは劇的な変化で、大学側でもかなり積極的に協力しています。ただし、インターンシップの主流は1 day型で、会社説明会のような内容のものでもインターンシップと呼ばれている状況です。一方、2週間~3ヵ月くらいの期間で実施すれば、学生とのミスマッチが少なくなる。売り手市場の現在、大学3年生、4年生を対象にインターンシップを行っているようでは遅い、と言っていいでしょう。より早くから学生と接点を持ち、自社のファンになってもらう工夫が必要です」
ここで田中氏は、学生を指導する中で実感した「学生が避けたいと考える企業」の五つの行動を紹介した。
- 会社説明会で長々と会社のことを形式的に説明する
- 入社選考プロセスなのに、やたらと適性検査などの試験を行う
- 人事は裏方だと思っている
- 学生に対して一方的にスケジュールを指定する
- 地元からでも海外からでも、とにかく本社に呼びつける
「学生はウェブでも見られる情報を、あらためて説明されることを無駄だと感じます。入社選考プロセスなのに、やたらと試験を行うのもダメ。人事は表に出ないようにしがちですが、ソーシャルメディアが使えない人事には、学生も興味を持ちません。学生に届く、ソーシャルチャネルに合わせることは必要です。学生は何かと忙しく、選考の連絡が滞ったり、一方的に面接の日程や時間を指定したりすることを嫌がります。いつまでに返信するのかをきちんと伝えること、会う日時を3案ほど出して学生に選ばせることが大事です。採用活動では日本全国の学生が相手になりますが、面接のたびに遠方の本社まで来るように呼びつけているようでは、交通費や時間の面で学生に大きな負担をかけます。ある企業では手間を軽減するため、面接をスマートフォンで行っています。面接の様子を複数のアカウントで見えるようにしているので、人によって判断の誤差はないそうです。企業はもっと学生の思いをくんだ採用活動を行うべきでしょう」
新卒採用において人事に求められるのは「次世代育成」という認識
売り手市場の新卒採用活動に、人事はどのようなスタンスで臨むべきなのか。学生に対して、どのような呼びかけが有効なのか。田中氏は、「次世代育成を行っている」という認識が必要だと語る。
「人事が『次世代の人材を育てている』という感覚を持ち、学生に対して『うちに来てくれたら、3年間でここまで鍛えてあげる』などと呼びかければ、おそらく心に響くと思います。それが20年後だと、学生もイメージできません。学生は就職を社会人になる入り口と考えています。『その先々まで会社にフルコミットするかはわからない』というのが本音。それを理解したうえで『あなたを鍛えてあげるよ』という言葉をかけることが重要です。あなたのファーストキャリアの伴走者だと伝えるのです。」
そのうえで田中氏は、これから人事は新卒採用にマーケティングとブランディングの手法を持ち込むべきだという。採用マーケティングとは、届けたい対象である学生に対して必要な情報をしっかり届けること。採用ブランディングとは、学生に対して「この会社はいい。ここなら行きたい」と思える部分をつくり込むことだ。そのうえで田中氏は、企業には新卒採用で三つの一貫性が求められると語る。
「一つ目は、採用活動と事業戦略との一貫性です。現場に行ったら違っていた、と言われてはいけません。二つ目は、他の人事制度との一貫性。中途採用やキャリア開発の制度との一貫性がなければなりません。三つ目は、各選考過程との一貫性です。新卒採用の過程において、学生に接する人の考えがバラバラでは学生も混乱します。二次面接と三次面接で違うことを言われたり、役員面接で握手までしたのに社長面接で落とされたり。食品メーカーのカゴメでは、執行役員の面接を通った学生は、社長面接の前でも採用が決まっているそうです」
ここで田中氏は、次のワークとして「新卒採用戦略とロードマップ」として、「採用の前提(計画・目標・予算)」「採用のプロセス(マーケティング・ブランディング)」「採用の成果(内定・入職・配属)」の各段階において、どんな問題点があり、どのような解決策を取っているかを書くよう、参加者に伝えた。
「新卒採用において、前提と成果の部分は企業で決められてしまうことが多くあります。人事でどうにかなる部分は、真ん中のプロセス部分でしょう。今日はここを中心に考えたいと思います」
ここで会場から、採用に対する現場の声と人事が持つ裁量権において、どのように物事を決めるのか、その意思決定のパワーバランスが難しいという声が聞かれた。
「現場が採用したい人数をあげてきて、それに人事は従うだけという企業もあると思います。事業戦略の中でどのように採用計画を立てるかの決定権を人事は意外と持っていない、ともよく言われます。だからこそ、プロセス部分を大切にする必要があるのです」
企業から「うちに来て」と言われると、行きたくなくなる学生心理
いま採用戦略で意識すべきポイントとは何か。これまでの伝統的リクルーティングでは、簡単に言えば、良いところを強めに伝えて学生を誘う手法を取ってきた。しかし、これからは「RJP(Realistic Job Preview)=現実的な仕事情報の事前開示」が大切になると田中氏は語る。
「学生の様子を見ていると、最初にリアルな部分を伝えることが有効だと感じます。データから見ても、RJPを行うことは学生の高い満足感につながっています。『あなたにこの部分を任せたい。しかし、こんな困難もあります』とネガティブな要素もしっかり伝える。企業にとっては怖さもあると思いますが、今は次世代の育成を第一に考えるべきです。ネガティブな情報を知らずに入社して辞めてしまうほうが損失は大きいでしょう」
ここで田中氏は、最近の学生の意外な傾向について語った。企業に「うちに来てください」と言われると、学生は「行きたくない」と思ってしまう傾向があるというのだ。
「高級自動車の営業トークと同じです。高級自動車の営業では最後まで『うちのクルマに乗ってください』とは言わないといいます。相手が乗りたくなるまで、買いたくなるまで待つ。これは採用ブランディングでも同じです。『来て欲しい』とばかり言っていると、売り手市場の中で企業は埋没してしまう。とにかく、人事は仕事において現実的なことを伝え続けることが大切です」
また、田中氏は採用工程にPDCAのような改善のサイクルを持つべきだと主張する。学生にとって就活は一度だけだが、人事にとって採用は毎年行う作業。年度で処理していると、疲弊していくのは学生より人事だという。そこで提示されたのは「戦略的採用のホイール・モデル」だ。
「戦略的採用ホイール・モデルは、リクルートワークス研究所研究成果の一つで採用活動を『採用の前提→採用のプロセス→採用の成果』で1サイクルと考えて回していく、というものです。前提を踏まえてプロセスを動かし、プロセスに基づいて成果を検証。成果をもとに前提を見直していく。PDCAと同様の流れです。採用の課題を皆で共有し、問題点はクリアにしながら採用方針を確認してから活動する。これによって、より確度の高い中長期戦略も策定できます」
田中氏は、企業に採用面をヒアリングすると、成果において採用希望者の人数ばかりを気にする傾向があると語る。大事なのは人数ではなく、採用のサイクルでどこに難所があったのかを把握すること。そして、採用には攻めと守りがあり、今は攻めの採用が重要になっていることだ。
「攻めの採用とは競争優位を強化するための採用で、守りの採用とは組織構成を維持する採用のことです。今の売り手市場では、攻めの採用を展開する企業に人が集まり、そうではない企業には人が集まらないという二極化が起きています。マスでなく個人を対象にした採用手法を取る企業や、ブランディングやマーケティングがうまくいっている企業に人が集まっている。逆にいえば、その部分をやらなければ人は採れない、ということです。いま企業がすべきことは採用のブランディング、マーケティングに徹底的に頭を使うこと。必要であれば、外部の専門家と組むのもいいでしょう」
田中氏は多くの人事からヒアリングを行っているが、最近は人事の経験年数が2、3年という人が多く、10年選手などのベテランが少ない印象があると語る。採用のホイール・モデルも10年あれば十分回せるが、2、3年の短期では厳しい。
「そのため企業は毎年同じようなところで苦しみ、人員が足りないと言っている。しかし攻めの採用ができれば、現在の状況でも採りたい人は採れます。採用は人数で考えるのではなく、事業戦略との一貫性の中でどこが必要かを見ながら行うものです。それが新卒採用担当の本質的な職務といえます。現場の声を聞きつつ、そこに寄り過ぎない勇気を持ち、人事として中長期ビジョンをきちんと打ち出すことがポイントになります」
そのうえで田中氏は、採用時に考えるべき二つの軸を示した。「成果の源泉」となるのは個人か組織か。「競争優位を築くまでの期間」が長いタームか、短いタームか。この2軸のマトリックスで考えると、採るべき人材像は4タイプに分かれる。
「例えば、『個人単位で長期成果』は経営者候補の新卒選抜採用、『個人単位で短期成果』は海外事業責任者の経験者採用、『組織単位で長期成果』は開発エンジニアの大量採用、『組織単位で短期成果』は新規事業の非正規大量採用といった分け方になります。この違いを人事は認識すべきです」
採用の成功には「採用工数の削減」「ファンを獲得する動き」が必要
企業は採りたい人材にどのようにアプローチすべきなのか。田中氏は、現在は情報発信ができていないと採りたい層にリーチできないと語る。今どき母集団形成ができていないと話すような人事は、学生と時代的ズレがあるとも語る。では、どんな情報を発信していけばいいのか。
「社員がさまざまなソーシャルメディアやHPを通じて、自社の魅力についてリアルに語ることが重要です。動画や写真、文章などでリアルな声として届けていく。企業によっては、採用ブログの更新が止まっているケースもよく見かけますが、それでは印象がよくありません。学生へのアピールを考えると、特にツイッター、インスタグラムによる発信は重要です。また、リアルの場に人事が出ていくことも有効です。このような活動を通じてファンを作っていくのです」
田中氏は採用マーケティングで重要なことは、「潜在層に対してどれだけマークできるか」だと語る。「うちの会社に興味はない」という学生にどこまで情報を届けるのか。作業を面倒と思わずに、しっかりと行うことができている企業は採用も成功している。
「ブランディングに関しても、企業のイメージアップには何らかのストーリーづくりの仕掛けが必要です。例えば、学生のアルバイトとしてスターバックスやファーストリテイリングは大変人気ですが、イメージの効果が大きい。また、今の学生の採用活動をみると、業界を絞って動いている学生は少ない。これは業界に対する認識が甘いともいえますし、逆に自由であるともいえます。だからこそ潜在層に対しては、自社の良さをうまく伝え、自社をストーリーとして見せることが効果的です。
例えば、異業種の企業と組んで説明会を行う方法があります。昨年末に行って反響があったのは、人事20名と学生50名の計70名でワークショップを行うイベントでした。採用が目的ではありませんでしたが、次世代育成を目的に各社人事が集まり、結果的に潜在層との接点が生まれました」
最後にまとめとして、田中氏がこれから新卒採用に向けて企業がすべきことをあらためて述べた。
「一つ目は、攻めの採用に向けて人事側の採用工数を減らすこと。戦略的に何がいらないのかを徹底して考えます。HR テクノロジーの導入も一つの手法です。二つ目は、ファンを獲得する動きを取ることです。働くことのリアルを伝えるためにオウンドメディアを活用する。また、説明会的な内容でなく、ファンを増やすためのインターンシップを行う。あるコンサルタント会社では『最終的には他社に行ってもいい』と言いつつ、学生向けにコンサルタントの実践手法を学ばせるインターンを行っています。人の育成を意識することが重要なのです。採用戦略ホイールを回し、工数を減らしながらも、時間をかけて人材を育てる姿勢をとること。育成に対する思いを学生に伝えていける採用こそが、今の人事に求められているのではないでしょうか。また、就活ルール廃止後の「ターム&プール」モデルの採用工程も適宜、参考にしてみてください」