「解雇回避型ワークシェアリング」
導入時の問題点&留意点
株式会社日本総合研究所 上席主任研究員
大野勝利
1.「ワークシェアリング」とは何か
(1)定義
厚生労働省『ワークシェアリングに関する調査研究報告(2001年4月)』によると、ワークシェアリングは、「雇用機会、労働時間、賃金という3つの要素 の組み合わせを変化させることを通じて、一定の雇用量を、より多くの労働者間で分かち合う」仕組みであると定義されています。要するに、今ある仕事(ワーク)を、従業員に適切に分配(シェアリング)し、雇用を創出または確保することを目的とする手段が「ワークシェアリング」です。
アメリカ発の金融不安の連鎖で、我が国でも実体経済への影響が深刻になっています。大手企業の経営をも揺るがすほどで、期間雇用者のみならず、正規従業員の雇用にまで手が付けられようとしています。
中小企業では、さらに深刻です。筆者は、人事・組織関連のコンサルタントとして活動していますが、中小企業経営の困難さは、バブル崩壊以降、継続的にその度合いを高めているとの実感を持っています。
そのような状況下で、会社業績の縮小により余剰となった労働力を受け止めるために、改めてワークシェアリングの導入を検討しようという議論が出てきています。
(2)ワークシェアリングの一般的類型
ワークシェアリングは、その目的別に、以下のように分類されます。
-
雇用維持型(緊急避難型):
一時的な経営状況の悪化による業務量縮小への対策として行われる。従業員1人当たりの労働時間を短縮して、当面の人員減リストラを回避することを目的とする。 -
雇用維持型(中高年対策型):
中・長期的な人員計画に基づき、特に中高年齢者の雇用を維持することを目的とする。 -
雇用創出型:
国または産業規模の広範な単位で、1人当たりの労働時間を短縮し、失業者に新たな雇用機会を与えることを目的とする。 -
多様就業対応型:
働き方の多様化を通して、女性や高齢者などの労働時間に一定の制約がある者に対して雇用機会を与えることを目的とする。
ワークシェアリングによる雇用創出・維持効果の即効性期待の高さと、実施後の雇用創出の範囲の広がりを2軸としたポートフォリオを作成し、この4類型を当てはめると、図1のようになります。
類型定義と図1からわかるように、一般的に議論されているワー クシェアリングの目的別類型には、単一企業の経営施策により目的を果たすことができるもの(=経営の範疇にあるもの)と、国および産業界全体の取組みが極 めて重要な前提となるもの(=雇用政策の範疇にあるもの)とが混在しています。
ワークシェアリングの利用価値に関して労使間の意見がかみ合わずに、しばしば議論が混乱するのも、この4つの類型のすべてを“ごちゃまぜ”にして議論してしまっているからではないかと考えます。
(3)海外事例は参考になるか
ワークシェアリングの先進事例として、オランダの事例が各種メディアで紹介されています。
オランダのワークシェアリングは、図1の多様就業対応型のうち、第3象限部分に位置するものです。 オランダは1999年に、雇用の多様性を奨励すべく、「柔軟性と保障法」を施行しました。この法律は、“フレキュシキュリティー”(Flex- curity ;“柔軟性=Flexibility”と“保障=Security”の新合成語)の実現を目指して制定されたもので、次の内容が盛り込まれています。
- 解雇制限の緩和
- 派遣や臨時雇用者等の地位の保障
- 派遣事業の許可制や派遣期間の制限(従来6ヵ月)の廃止
もっとも、解雇制限の緩和といっても、例えば契約終了の告知期間を最長6ヵ月から4ヵ月に短縮する内容です。また、明示的な雇用契約がない場合でも実態に 応じて雇用契約の存在を認める、派遣社員は原則派遣元と雇用契約が存在することとする、など、経営側の裁量権を明確にするとともに、多様な就労形態を求め る者に対するセーフティネットを設けました。
また、フランスでは、週35時間の労働時間規制を法に盛り込み、正社員の労働時間を法規制の下でシェアすることを推進しています。これは雇用創出型ワークシェアリングの範疇に入ると考えられます。
しかし、こうした海外事例は、【1】雇用・労働関連の法規制の違い、【2】雇用慣行の違い(終身雇用、企業別労働組合、年功賃金等)、【3】賃金決定の考え方、ルールの違いなど、経営環境が大きく異なるために、日本でワークシェアリングの利用価値を検討しようとする際にはあまり参考にならないことを認識すべきでしょう。
(4)企業単独での導入議論
企業は、法改正や社会全体の労働慣行の変革を待ってはいられません。そこで、企業独自にワークシェアリングの有用性を検討する必要も出てきます。 その場合には、図1で示したポートフォリオのうち、雇用創出範囲の狭い第1象限と第4象限のみが検討の対象となります(図2)。
1. 解雇回避型ワークシェアリング(第1象限)
経営状況の悪化に伴って発生した余剰人員に対して、一時的に仕事を再分配することにより、解雇を回避する。
2. 戦略連動型ワークシェアリング(第4象限)
人材戦略の一環として、多様な雇用形態・勤務形態を企業側が積極的に用意する。より事業戦略に適合した“働き方”を多種用意することによって、優秀人材の流出防止と人的資源の有効活用を期待する。
どちらを採用するかは、ワークシェアリングを何のために導入するのか、各企業の状況により異なります(図3)。
本稿では、昨今の経済状況の悪化から、現在の従業員の雇用を守るという必要性が高まっている背景を踏まえ、解雇回避型ワークシェアリングの利用可能性を中心に、その問題点・留意点を考察していきます。
2. 解雇回避型ワークシェアリング
(1)制度導入の手続き
ワークシェアリングは、雇用契約の主軸である労働時間と賃金の契約変更を伴います(大阪労働局が示している留意事項については、資料参照)。
解雇回避型のワークシェアリングも、一時的な対応とはいえ、当該労働条件を変更するものですから、就業規則等の変更が必要になります。
しかし、一時的な措置であるはずの制度について、就業規則や労働協約に必要な項目をすべて記載することは、合理的・効率的ではありません。そこで、詳細な取決め事項は、労使協定に記すことをお勧めします。
なお、労使協定には、法定義務違反や罰則を免れることができる効果(刑事免責効力)がありますが、就業規則や労働協約のように労働契約に勝る規範的効力はありません。そのため、労使協定と併せて、就業規則・労働協約も一部改定することが必要になります。
具体的には、就業規則・労使協定に以下の条文を追加します。
第○○条(ワークシェアリング)
ワークシェアリングに関する労使協定を締結した場合、本則の定めにかかわらず協定に定める内容を適用する。
そのうえで、次の項目を記載した労使協定を締結します。
- 対象期間
- 対象者(対象事業所・部門・職種・職位等)
- 対象者別労働時間(勤務形態、休日・休暇・休憩等)
- 賃金の取扱い(基本給・諸手当・賞与・退職金)
- その他人事面での取扱い(異動・昇進・昇格・人事評価等)
- 社会保険の適用について
(2)一時帰休かワークシェアリングか
解雇回避型ワークシェアリングは、「会社都合の休業=一時帰休」と区別することが困難です。目的とするところと、実施後の企業現場の“状況”が同じにみえるからです。
この両者の違いは、“所定労働時間を変更するか否か”にあります。ワークシェアリングは、所定労働時間を短縮(労働日数短縮も含む)します。一方、一時帰休では、所定労働時間を変更せず、時間短縮部分はあくまで“休業”となります(図4)。休業に関する取決め内容は就業規則にあらかじめ記載している企業が多く、労働基準法の定めとしては、時間短縮に応じて平均賃金の60%以上を支払えば実行可能です。
ワークシェアリングは、解雇回避型の一時的な取扱いといえども、所定労働時間を変更する制度です。そのため、一般的には、前述した通り就業規則や労働協約の一部改定と労使協定の締結が必要となります。
また、一時帰休を選択した場合は、一定の条件の下で、雇用調整助成金・中小企業緊急雇用安定助成金を受給することがで きます。一方、ワークシェアリングには、このような助成制度は本稿執筆時点ではありません(なお、政府・与党は、ワークシェアリングによる時短部分の賃金 低下に対する助成制度を検討中)。
さらに、ワークシェアリングを行う場合、時短相応の賃金減額を実施しないと、所定労働時間当たりの賃金が上昇し、残業代の基礎となる時間単価も上昇してしまうという点にも配慮する必要があります。
緊急的に雇用危機を乗り越える手段をスピーディに実施しようとする場合、ワークシェアリングは第一選択「ファースト・チョイス」とは言い難いのではないかと考えます。
(3)社会保険への影響
ワークシェアリングを導入し、その期間が数カ月以上の長期に亘るのであれば、社会保険の取扱いに対しても留意する必要があります。
健康保険・厚生年金保険
≪ 加入資格 ≫ → 加入資格そのものがなくなることも?!
健康保険・厚生年金保険の被保険者としての加入資格を得るには、正社員の労働時間のおおむね4分の3以上の 所定労働時間が適用されていることが必要です。ワークシェアリングを導入し、特定の部署が、例えば3人で2人分の仕事をシェアすることとなった場合、ワー クシェアリングが適用されない他部署と比較すると、所定労働時間は4分の3より短くなります。
解雇回避型ワークシェアリングの場合は、一時的な緊急対応措置ですから、所定労働時間が著しく短くならない限り、資格 は継続することができます。しかし、長期・永続的に適用されるような戦略連動型ワークシェアリングの場合では、加入資格そのものがなくなる可能性が出てき ます。
現在、健康保険、雇用保険の被保険者資格の適用基準の緩和に関する法案が審議されています。所定労働時間が週20時間以上の者を新たに適用する内容です。しかし、本案が可決されたとしても、施行日は2011年9月と、2年以上先になります。
≪ 標準報酬の改定 ≫ → 高額のまま保険料を払い続けることも?!
固定的給与が減額された場合、標準報酬月額改定の条件を満たせば、保険料も下がります。標準報酬の改定が認められるためには、支払基礎日数について、以下の基準を満たさなければなりません。
[定時決定]4月、5月、6月の3ヵ月間について、いずれも支払基礎日数が17日以上あることが必要。17日未満の月がある場合には、その月を除いて平均額を算定する。
[随時改定]固定給与の変動月以降の継続した3ヵ月間の支払基礎日数がいずれも17日以上あることが必要。この3ヵ月の間に、支払基礎日数17日未満の月がある場合には、随時改定は行われない。
「労働日数が15日/月となり、5日分の賃金が減額されたために、従前の標準報酬月額と固定的賃金変動後の標準報酬月額との間に2等級以上の差が生じた」ケースについて考えてみましょう。
このケースでは、支払基礎日数が17日以上ないことになり、基準を満たさないため、原則として従前の標準報酬月額がそのまま設定されます。その結果、「給与は下がったのに、保険料は高い給与の時と同じ額を払う」という状況が継続することになります。
雇用保険
≪ 基本手当 ≫ → 基本手当が支給されないことも?!
基本手当の基礎となる賃金日額は、次のように計算されます。
(算定対象期間*1において被保険者期間*2として計算された最後の6ヵ月の賃金総額)÷180
*1 算定対象期間:倒産・解雇等=1年間、自己都合等=2年間
*2 被保険者期間:賃金支払基礎日数が11日以上の月を「1月」
例えば、時短部分の給与が支払われない条件のワークシェアリングを 導入し、「10日/月の労働が7ヵ月続いた後に、会社から解雇された」ケースについて考えてみましょう。この場合、上記計算を行うことは不可能(賃金支払 基礎日数が11日以上の月がないために、対象期間が6ヵ月ない)となり、基本手当が支給されないこととなります。
以上のように、従業員を守るセーフティネットの観点からみたとき、ワークシェアリングを継続的に実施する場合、社会保険制度が充分に整備されていない現状が確認できます。これは、一時帰休を選択した場合も同様です。
3. ワークシェアリングの将来的意義
(1)いま、ワークシェアリングは有用か?
本稿では、ワークシェアリングの定義と類型を確認し、緊急避難措置として余剰となった人員の解雇を回避するためのワークシェアリングの問題点・留意点をみてきました。
結論として、法律が要求する手続基準や、助成金の適用状況からみるに、解雇回避型ワークシェアリングよりも、一時帰休を選択するほうが現時点では有用に思われます。
また、本稿では触れませんでしたが、積極的に多様な人材を確保・活用する目的での戦連動型ワークシェアリングに関しては、長期間の運用を想定しているために、解雇回避型ワークシェアリング以上に導入後の問題・課題を孕んでいるようです。
(2)雇用の選択肢とワークシェアリング
しかしながら、少子化・高齢化に伴い、従業員確保のため雇用の選択肢を複数用意することが企業には求められてきています。そのような概念を含むダイバーシティ・マネジメント、ワーク・ライフ・バランスといった用語を目にする機会も増えています。
筆者は、いっそのこと、ワークシェアリングの定義から解雇回避型を除外するほうが良いのではないかと考えます。ワーク シェアリングにリストラ回避手段としての一面があれば、積極的な展開施策であることに“影”を落としてしまいます。何より、社会的整備を検討する際の議論 が混乱する原因になります。
現在、雇用の柔軟性を担保する枠組みとしては、変形労働時間制や裁量労働制があります。しかし、それらは原則としてフ ルタイム勤務者に対するものです。ワーク・ライフ・バランスに基づく多様な人材管理を行ううえで、特に戦略連動型のワークシェアリングは、将来重要な価値 を、企業と従業員にもたらす可能性があると考えます。
資料:大阪労働局発表資料「緊急対応型ワークシェアリングについて」
〈メリット〉
従業員の雇用の維持を図ることにより、例えば次のような効果が期待できます。
- 景気が好転した場合に、増加した需要に迅速に対応することが可能であることによる顧客の維持。
- 不況時における雇用の維持による、従業員との信頼関係の強化及び士気の向上。
- これまで育成してきた高い能力を持った従業員の確保。
〈実施する場合の留意事項〉
従業員の雇用の維持を図ることにより、例えば次のような効果が期待できます。
- 労使間で、次の点について十分に協議し、合意を得ることが必要です。
- 実施及び終了の基準、実施する期間
- 実施する対象範囲(部門、職種等)
- 所定労働時間の短縮の幅と方法(1日当たり労働時間短縮、稼働日数削減等)
- 所定労働時間の短縮に伴う収入(月給、賞与、退職金等)の取扱い
(注)時間当たり賃金は減少させないものとする。
- 労使の納得と合意が得られた場合には、その合意内容について、協定を締結するなど明確化することが必要です。
- 企業はその実施に先立ち、労働時間管理を徹底し、残業の縮減に取組むことが必要です。
- 緊急対応型ワークシェアリングを実施する場合であっても、労使は、生産性向上やコスト削減など経営基盤の強化及び新事業展開の努力を行うことが必要です。
おおの・かつとし● 株式会社日本総合研究所 上席主任研究員 キャリア開発支援クラスター長。特定社会保険労務士、キャリア・コンサルタント。外資系製薬会社にて、採用・賃金管理業務等の人事関連実務、および、中長期計画・要員計画・人事戦略策定の企画職に従事。その後、日本総合研究所に入社し、人事・組織戦略関連を中心としたコンサルティング業務を担う。リーダーとして担当したプロジェクトはのべ100を超える。
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