年齢を超えた縦割保育、障害児との統合保育、父母と教員の連携……
「人との触れ合い」を軸に幼児を育成する幼稚園運営とは
学校法人池谷学園 冨士見幼稚園 園長 玉川 弘さん
ユニークな保育方法が評判を呼び、入園希望者が後を絶たない、学校法人池谷学園 冨士見幼稚園(横浜市港北区)。年少・年中・年長の園児が一緒に遊ぶ「縦割保育」や、年齢ごとの「横割保育」、障害児と共に学ぶ「統合保育」など、そのさまざまな保育方法が注目を集めています。多様な人と触れ合うことで生み出される、教育効果とはどのようなものか。なぜ、そのような保育方法を導入するに至ったのか。園長経験48年、御年80歳を数える園長の玉川弘さんにお話をうかがいました。(聞き手:株式会社natural rights代表取締役 小酒部さやか)
- 玉川 弘さん
- 学校法人池谷学園 冨士見幼稚園 園長
横浜市出身、港北区綱島在住。1970年より冨士見幼稚園園長を務める。
昔あった「軒先き遊び」を再現
年齢ごとに遊ぶ「横割保育」、年少・年中・年長の園児が一緒に遊ぶ「縦割保育」を実践されているそうですが、実際にはどのように行われているのですか。
冨士見幼稚園の園児数は132名で、下記のようにクラスとグループを編成しています(平成30年1月時点)。
■クラス(横割) ※年間を通して編成(この人数に障害児含む)
年長:うめ組28名/ふじ組28名
年中:ゆり組19名/きく組19名
年少:たんぽぽ組20名/ちゅうりっぷ組18名
Aグループ | Bグループ | Cグループ |
---|---|---|
1.こおひいかっぷ | 1.かんらんしゃ | 1.めりいごうらんど |
2.じぇっとこおすたあ | 2.まほうのじゅうたん | 2.ごおかあと |
3.うぉうたあすらいだぁ | 3.ばいきんぐ | 3.めいろ |
4.ふりいほおる | 4.くうちゅうぶらんこ | 4.おばけやしき |
各グループ11名(年長4~5名、年中3~4名、年少3~4名)
横割クラスで年間を通して活動しますが、クラスに慣れ、遊びの幅が広がってくる6月からは、縦割グループでの活動が始まります。グループには3歳児、4歳児、5歳児が混じりあいますが、小さい子は大きな子を見てまねをすることで、さまざまなことを吸収し、学んでいきます。園児たちには「自分の所属するクラスだけにいなければならない」という固定観念がありません。園庭では年少、年中、年長の園児が一緒になって、かけまわっています。
その中で、子どもたちは自ら気づき、主体的に遊べるようになります。他園では設定された時間通り、ルール通りに保育を進めることが多い。すると、園児たちもルールがないと遊べなくなります。しかし、柔軟性のある保育の中では、ルールがあってもなくても園児たちは自由に遊べるんです。そうすると、自然なたくましさも身につきます。年長の園児たちの遊び方は、年少の園児からするととても動きが速いですが、最初はそれをそばでながめていた年少の子が一人、二人とその中に入っていく。民俗学者・柳田国男が言っていた「軒先き遊び」に近いものが再現されているのではないかと考えています。
「縦割保育」「横割保育」のスケジュールは細かく決められているのでしょうか。
大まかな年間スケジュールは年度始めに決めていますが、子どもの状態に合わせて細かな日程の調整を職員で話し合い行っています。基本的には縦割保育は月、火、木曜日。横割保育は水、金曜日です。年間行事がある場合は、流動的に動きます。実際に保育を行うときには、子どもにとってさりげない環境設定をしています。それを私は「なんとなく」と表現しています。
施設によっては、年少の園児が年長の園児と遊ぶとケガするので避けている、という話もあります。
当園では、そういうことがほとんどありません。年長の園児が年少の園児を突き飛ばすようなことがあれば、仲間から非難されます。園児たちは特に習わなくても、遊びを通して自然と身についていくんですね。このような状況は、私の子ども時代にもありました。私は戦中派ですが、遊んでいても、最初は年上の中に入れなかった。しかし、いつの間にか少しずつ入れるようになりました。私の少し上の世代は疎開しましたが、疎開先にはなかなかなじめなかったし、互いにいじめあうこともあった。しかし、いじめながら自分も反省するという経験ができました。そのような経験により、人は少しずつ浄化されるのではないかと思います。
横割保育と縦割保育を同時に行っていると、先生方が大変そうですが、どのように役割を分担しているのでしょうか。
横割保育はクラス担任が受け持ち、縦割保育は教員もクラスの枠を超えて編成されたグループの担当を受け持ちます。年間を通して、全ての園児と教員がかかわり合うよう設定しています。自由あそびの時間には「あの先生が外にいるのなら、自分は中を見ていよう」といったように臨機応変に役割を分担しています。
先生方は園児に対して、あまり遊び方を指導しないとお聞きしました。自主性を大事にされているということですか。
私たちがよほど抑え込まない限り、どんなときも、子どもというのは自分たち同士で刺激し合っているものです。私は、そんな時間を大事にしたいと考えています。ただ、教員が設定したことを行う時間もあります。その中で子どもたちの自主性を引き出すよう働きかけたり、価値観を伝えたりすることもあります。例えば、人がどの程度困っていたら、助けるべきなのか。園児たちには人生経験がないのでわかりません。教員自らが言葉添えをして、理解を助けています。
教員同士の情報交換が、園児も教員自身も育てる
先生方は、自分の担当ではない園児のことをどのように把握しているのでしょうか。
園児に関する情報交換は、放課後に職員室で行っています。オリンピックの女子カーリングで「もぐもぐタイム」が話題になりましたが、当園では「食飲」会議と称し、皆で食べたり飲んだりしながら話をしています。そういうときにこそ情報は貯まるんです。次のステップへと進む力も生まれます。また、自分が担当しているクラスの園児が、日によっては他の教員のところにばかりにいることもありますが、その場合も「あの子は今日どうしてた?」と質問すれば、情報が手に入ります。仲間から情報をもらったほうが、情報の精度も高くなります。教員同士のチームワークがよくなれば、経験の浅い教員のスキルも引き上げられます。
障害児もたくさん受け入れられていますが、どのようなお考えからでしょうか。
現在は10名ほどの障害児が在籍していますが、これは他の幼稚園と比べても多いほうです。受け入れている理由は、障害児が集団にいることが社会そのものの形だと考えているから。子どもに社会性を身に付けさせようとしても、具体的に何を教えるのかとなると難しい。私は、一つの究極の形は、障害のある人と一緒に暮らすことではないかと考えています。私が小さいころも、周囲に障害者がいました。そこで感じたのは、周囲がケアしていくことの大切さです。障害のある人が暮らしていくには手伝いがいる。私自身も、実際に手伝うことの大切さを学びました。
中には小さい時分には症状がわからず、だんだんハンディキャップが見えてくる子もいます。先生の手が足りなくなることはありませんか。
教員の手が足りないときは、父母にボランティアを頼んでいます。ボランティア制度があり、在園、卒園児保護者が登録をしています。学期に一度会議を開き、子どもの様子や関わり方などを伝えています。ごく短い時間でも、お願いすれば手伝ってくれる方がたくさんいます。見学が自由にできることも、支援に役に立っています。
「ゆるやかな枠組み」の存在が子どもをよい方向へ導く
常時、園内を自由に見学できるようにしたのはなぜですか。
父の跡を継いで私が園長になってすぐ、自由に見学ができるように変えました。今では子どもたちも、誰かが園内にいることが当たり前になっています。父母が見学すると意見が出ることもありますが、教員が褒められることもある。それは教員のやる気につながります。そのため、できるだけ園の情報をオープンにしていきたいと考えています。見学が自由だと子どもの教育に関心のある父母が集まるので、意見交換もできます。私たちの考えもよく理解していただいています。
子どもたちにとって魅力のある園にするための秘訣があれば教えてください。
私は、規律が先走らないような運営を行うように気をつけています。スタートとゴールだけ確認してルートは自由といったゆるやかなまとめ方や、教員の良心で考えられる範囲でまとめるなど、ゆるやかさのある運営が大事なのではないでしょうか。
幼稚園はあくまで、学校教育法による学校の一つです。幼児が育つために必要な要素は、このような空間でしか提供できません。幼稚園ではその年齢でしか経験できないことを経験させてあげたいと思っています。最近の幼稚園では、英語など、いろいろな先取り教育が行われていますが、その多くは後からでもできるものばかりです。しかし、年齢ごとに経験する遊びは今しか体験できないもので、やり直しが効きません。これこそが、幼児教育の特徴だと考えています。
人を育てるという観点から、本日は大変参考になるお話をうかがうことができたと思います。どうもありがとうございました。
取材:小酒部さやか(株式会社natural rights 代表取締役)
2014年7月自身の経験からマタハラ問題に取り組むためNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞し、ミシェル・オバマ大統領夫人と対談。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より『マタハラ問題』、11月花伝社より『ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~』を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rights(自然な権利)となるよう講演・企業研修などの活動を行っており、Yahooニュースにも情報を配信している。