インフルエンザ予防接種の推奨制度の設け方について
社内でインフルエンザの感染拡大を防ぐには、手洗い場所の設置など職場での感染防止策に加えて、インフルエンザ予防接種を推奨するのが効果的です。制度を設けたら、法的拘束力の有無を理解し制度の枠組みや検討項目の整理をした上で、周知を行います。
1.従業員にインフルエンザの予防接種を義務付けられるか
インフルエンザの予防接種には法的強制力がない
インフルエンザを含むワクチンの予防接種は、定期接種と任意接種に分けられます。予防接種法によると、インフルエンザにおける定期接種の対象となるのは、65歳以上の人か、60歳から65歳未満で心臓、じん臓、呼吸器の機能に障害や、ヒト免疫不全ウイルスによる免疫機能の障害など、法が定める特定の疾患に該当する人です。
上記に当てはまらない場合、予防接種は法律上、義務ではありません。かつ、自分の意思で予防接種を受けたいという人に対してのみ、予防接種をするものと定めています。一方、定期接種の対象者以外が接種することを「任意接種」と呼び区別しています。つまり、インフルエンザの予防接種に法的な強制力はなく、接種には本人の同意が必要です。
※定期接種においても、あくまで努力義務の範囲であり、接種を受けるかどうかは本人の判断に委ねられます。
ハラスメント行為に注意し、接種しない従業員への理解を
従業員が接種を受けないことを理由に不利益を与える行為はハラスメントとみなされる可能性があります。ハラスメント行為の具体例として、「予防接種を受けないとダメ」などの言葉で同調、強制し圧力を加える、接種しない理由をしつこく尋問する、接種を受けないことを理由とした退職勧告や部署変更、接種の有無をリスト化して掲示するなどの行為が挙げられます。
インフルエンザのワクチンは、誰もが接種できるとは限りません。アレルギーや既往症など医学的な理由のために接種を受けられない人が存在します。また、健康な人でも予期せぬ副反応が生じることもあります。既往症を持つ人などに企業が接種を強制したことにより、従業員の身体にトラブルが生じた場合、企業の責任が問われかねません。また、インフルエンザの予防接種には症状の緩和や重症化の防止など一定の効果があると認められていますが、感染を完全に予防できるものではない点にも注意が必要です。
「インフルエンザのワクチンを接種できない」あるいは「副反応で体調を崩した」という従業員に対して、企業は理解を示す姿勢が必要です。接種を従業員に義務化・強制するのではなく、あくまで予防接種を推奨するにとどめ、希望する従業員が接種を受けやすいよう制度整備に注力することが重要です。
2.社内推奨制度におけるルールづくり
インフルエンザ予防接種の社内推奨制度に関する実例を示し、検討すべき項目をまとめます。
インフルエンザ予防接種の社内推奨制度に関する事例紹介
「健康経営優良法人」(※)の認定基準には、感染症予防対策の度合いも含まれます。中小規模法人部門で健康経営優良法人に認定された各企業では、インフルエンザ予防接種に対して次のような取り組みを実践していました。
インフルエンザなどの予防接種にかかる費用を、従業員と家族も含め、1世帯あたり年間1万5,000円を上限に100%補助。
社内で産業医によるインフルエンザ予防接種を実施。シフト勤務を考慮して2週に分ける、日程が合わない従業員は個人で病院に行き接種を受けるなどの対策も。社内外にかかわらず接種の自己負担額を1,000円に設定し、会社が超過分を負担。
就業時間内にインフルエンザ予防接種を実施。費用の半額を会社が負担。
インフルエンザ予防接種補助と、社内での接種を実施し、従業員全員に対して予防教育も行う。
感染症予防に関する取り組みとしてインフルエンザ予防接種の費用を補助。
※経済産業省は、優れた健康経営を実践している企業を「健康経営優良法人」として認定しています。「健康経営」とは、経営的な視点から従業員の健康管理における戦略を考えて実践することを指します。健康管理維持に向けた投資は、従業員の活力や生産性を向上させ、結果として業績や株価の向上が期待できます。インフルエンザ予防接種に関する社内推奨制度の設立も、健康投資に含まれます。
制度の枠組みと検討項目
紹介した事例をまとめると、インフルエンザ予防接種の社内推奨制度として次の取り組みが考えられます。
●制度の枠組み例- 社内で予防接種を実施
- 費用の一部、もしくは全額を会社が負担
上記の取り組みを実践するには、次の項目について検討する必要があります。
●社内推奨制度の検討項目- 予防接種の対象者をどのように設定するか
- 予防接種を社内外のどこで実施するか
- 社外での予防接種に対して、中抜けとするか、労働時間とみなすか
- 訪問型インフルエンザ予防接種を実施している医療機関、サービスを活用するか
- 予期せぬ副作用に対する療養を考慮して、休暇制度などを設けるか
- 予防接種にかかる費用を企業がどの程度負担するか(※)
※医療措置に関して、企業の負担額を福利厚生費として処理できるという考え方があります。(参照:人間ドックの費用負担|国税庁)
予防接種に関連し、休暇や労働時間のルールを考える上で、厚生労働省のホームページにあるワクチン接種に関するQ&Aが参考になります。インフルエンザに限らず、ワクチン接種や接種後の療養に利用できる休暇制度、失効した年次有給休暇を積み立てて療養などに使える失効年休積立制度の設定なども候補に挙がります。
また、社内で予防接種を実施する場合は就業時間内に行い給与支給の対象とする、社外に受けに行く場合は中抜け(その分終業時刻を繰り下げる)とすることや、労働時間とみなすことも、予防接種を受けやすくする環境整備の一例です。
安全や衛生に関する定めをする場合においては、就業規則に盛り込む必要があります。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則の変更手続きが必要となります。
訪問型インフルエンザ予防接種の活用
従業員が社外で予防接種を受けることになった場合、社外での新型コロナウイルス感染を恐れて、従業員が接種を控える可能性があります。訪問型や出張型の予防接種サービスの活用を検討し、従業員の不安を軽減させるのも一つの策です。
3.周知方法
インフルエンザ予防接種の社内推奨制度に関するルールを整備した後には、ルールの内容やそれに伴う変更後の就業規則周知が必要です。
株式会社エレクトロニック・ライブラリーの事例
社内推奨制度の周知や啓蒙については、株式会社エレクトロニック・ライブラリーの事例が参考になります。もともとインフルエンザ予防接種の実施率が低かった同社は従業員の意識向上を図ろうと、メールで健康に関する情報を配信しました。冬はインフルエンザやノロウイルスの予防対策を扱うなど、タイムリーな情報発信を心がけました。情報発信の参考にするため、地域産業保健センターから健康情報に関するパンフレットを取り寄せ、従業員に配布しています。
さらに、インフルエンザ予防接種費用の補助対象を派遣社員に拡大し、従業員の子どもについても2回分の補助を確保しました。制度の周知にあたっては、接種を強制していると受け取られないよう配慮しました。結果、予防接種費用の補助を利用する従業員数が増加し、インフルエンザの症状を訴える従業員も減少したといいます。
このように、インフルエンザなどのウイルスに感染するリスクや、予防接種の重要性を従業員に伝える活動は、企業のリスク管理においても有効です。事例のようなメール配信に加えて、勉強会や講習会を開催する施策も候補となります。
また、従業員に社外で予防接種を受けてもらう場合には、次の項目も周知すると効果的です。
●社外で予防接種を受ける際の注意項目- 早めに接種を受けに行った方がよいと推奨する
- 接種を受ける際には、できるだけ事前に予約した方がよいと周知する
- 個別の感染リスクに応じて、リスクが高い人には予防接種を特に推奨する
- 新型コロナウイルスなどの感染を防ぐため、接種の際にはマスクを着用し、密を避けるよう促す
- そのほか、アルコール消毒など、接種時に医療機関が行う感染防止対策への協力を促す
また、接客業に従事している人や学校などに通う子どもと同居している人は感染リスクが高く、65歳以上の人や妊娠中の人、特定の基礎疾患を抱えている人は感染した場合に合併症のリスクが高いと考えられます。このような個別の感染リスクが高い従業員や、事情があってワクチン接種ができない従業員には、あくまでも強制にならないよう注意しながら予防接種を推奨しなければなりません。
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