CHROは経営そのもの
―― 自律を“揺るがぬ幹”に、SOMPOの変革に挑む
SOMPOホールディングス株式会社 グループCHRO 取締役 代表執行役副社長
原 伸一さん

変化が激しく、未来の予測が困難な現代において、組織と個人はどのような関係を築くべきなのでしょうか。SOMPOホールディングス株式会社でグループCHROを務める原伸一さんは、強い信念に基づき、キャリア自律を“幹”とした数々の変革を主導しています。グループ全体で直面した大きな問題を、どのように乗り越えようとしているのか。AI時代を見据えたこれからの人事の役割とは。「CHROとは経営そのもの」と話す原さんの哲学に迫ります。

- 原 伸一さん
- SOMPOホールディングス株式会社 グループCHRO 取締役 代表執行役副社長
1988年、安田火災海上保険株式会社(現 損害保険ジャパン株式会社)入社。安田企業投資株式会社 代表取締役専務やSOMPOホールディングス株式会社 執行役員 海外事業企画部長などを経て、2019年6月に同社グループCHROに。2025年4月から現職。
会社にキャリアを委ねない。異色の経歴が育んだCHROの原点
グループCHROに着任するまでのキャリアを振り返ってください。
1988年に安田火災海上保険株式会社に入社後、新卒で資産運用部門に配属となり、2009年まで約20年間、資産運用に携わりました。その間、大蔵省の証券局に2年間出向した経験もあります。当時は証券不況で株価が乱高下しており、大蔵省では文字通り寝食を忘れて業務に取り組んでいましたが、この時の経験は、今の自分に強い影響を与えています。
資産運用部門に20年在籍した後は、IRの責任者や、グループのベンチャーキャピタルの専務などを務めました。ベンチャーキャピタルでは、会社の清算に伴い、社員の再就職支援や希望退職の手続きなども担当しました。その後、本社で海外事業の企画を4年間担当。2019年にグループCHROとなり、今期で7年目になります。
資産運用部門のご経験が長いですが、どのような経緯があったのでしょうか。
長期間保険料をお預かりする生命保険会社とは異なり、基本的に契約が1年単位の損害保険会社では、資産運用の経験が長いのは珍しいと思います。
ただ、資産運用部門に配属になった当時から、私は「この道でプロフェッショナルになる」と強く思っていました。会社には「ずっとこの仕事を続けたい」と伝えていましたし、異動を命じられたら退職するくらいの覚悟でした。幸いにも20年間、一つの分野に集中できたので、この会社に残り続けることになりました。
私は入社当初から、会社に依存する気持ちが小さかったと思います。常に「自分は何を武器とすべきか」「この分野で専門性を磨けば、食べていくのに困ることはないだろう」と考えていたのです。
若いころ、毎年人事異動の時期になると、同期の間で「お前はラッキーだ」「お前は3年間我慢だな」といった会話が繰り広げられていました。しかし私には、それが他力本願に思えて、ずっと違和感を抱き続けていたのです。今で言う「キャリア自律」「キャリアオーナーシップ」は、太い幹として、ずっと私の中にありました。
当時はそのように考える人は珍しかったのではないでしょうか。
確かに社内では少数派だったかもしれませんが、金融市場には、そうした考え方を持つ人が少なくありませんでした。当時はバブル経済の真っ只中で、外資系の金融機関が次々と日本市場に進出し、高額な報酬を提示して日系企業の人材の引き抜きを活発に行っていた時代です。私も、当時の給料の2倍、3倍のオファーをいただいた経験があります。
自身の市場価値を意識せざるを得ない環境でしたし、会社を移るという選択肢が身近にありました。そうした環境が、キャリアを自ら考える姿勢をさらに育んだのだと思います。
「よそ者」だからこそ見えた課題。ジョブ型とMYパーパスで会社を変える
2019年に、それまでのご経験とはまったく異なる分野であるグループCHROへの就任を打診されたとき、率直にどのように感じましたか。
人生で一番驚きました。当時のグループCEOから「次期グループCHROをやってもらいたい」と言われたときは、思わず「えっ」と大声が出たほどです。人事部門はほぼ未経験でしたし、人事部門への希望は出したことがありません。
そのような私がグループCHROに選ばれた背景には、「このままでは会社が生き残れない。日本の会社そのものが変わらなければならない」という経営トップの強い危機感があったのだと思います。「よそ者」を連れてくれば、何かを変えてくれるかもしれないという期待もあったのでしょう。実際に、「会社を変えてくれ」という明確なミッションを与えられました。
「会社を変える」というミッションを受け、グループCHROとしてどのようなことに取り組みましたか。
2020年頃から本格的に着手したことが二つあります。一つは「ジョブ型人事制度」の導入です。これは、私が一貫して重要だと考えてきた「キャリア自律」や「キャリアオーナーシップ」を実現するための、いわばハード面での仕掛けです。
そしてもう一つが、「MYパーパス」の取り組みです。社員が会社に依存してしまうのは、本人のせいではなく、会社が長年そうした仕組みを続けてきたから。社員一人ひとりが自らの大切な想いや志であるパーパスを掲げ、自らのキャリアの軸を考えるきっかけをつくる、ソフト面からのアプローチとして施策を始めました。制度というハード面と、意識というソフト面の両輪を同時に動かすことが不可欠だと考えたのです。
2021~2023年度の中期経営計画で、働き方改革を経営の基本戦略として打ち出した狙いをお聞かせください。

損害保険は規制業種であり、かつては「決められたことを、間違えず、スピーディーにやる」文化が求められていました。しかし、当時掲げたパーパス「安心・安全・健康のテーマパークにより、あらゆる人が自分らしい人生を健康で豊かに楽しむことのできる社会を実現する」を本気で実現するには、保険事業だけでは不十分でした。
これからは、私たちが今まであまり得意としてこなかった、新しいビジネスや事業領域への挑戦が不可欠だと考えました。たとえば生命保険と介護などグループ内の事業をつなぐような新しいサービスの開発、他社とのコラボレーションといった、まさに変革と創造が求められます。
こうした新しい価値を創造できる集団になるためには、「会社から言われたことを、言われた場所でやる」という受け身の文化を変えなければなりませんでした。個人の主体性や自律性にフォーカスし、本人が「何をやりたいか」を起点とする文化への転換が、どうしても必要だったのです。
長年根付いてきた文化や社員のマインドセットを変えるのは容易ではないと思います。現状の手応えはいかがですか。
浸透度で言えば、まだ10%程度ではないでしょうか。しかし、まったく悲観していません。どこかのタイミングで、物事が大きく変わる瞬間が来る。今はまだ、そのための潜伏期間なのだと捉えています。
変化の兆しは見えています。たとえば、キャリア採用の割合が着実に増加しました。持株会社であるSOMPOホールディングスでは、全社員に占めるキャリア採用者が3割を超え、これまでとは異なるコミュニケーションが生まれ始めています。こうした小さな組織での成功事例を見ると、時間はかかるけれど、確実に変化は起きると感じます。大きな組織ほど変革に時間がかかるのは当然で、一朝一夕にはいかないと最初から覚悟していました。
試練を経て確信に変わった。キャリア自律の取り組みを加速
変革の最中に、自動車保険金の不正請求における対応など、一連の問題が顕在化しました。当時、グループCHROとして特にご苦労された点、あるいは注力された点はありますか。
一連の問題が起きた後、その原因についてさまざまな分析がなされました。売上至上主義、上意下達の文化、持株会社と事業会社の情報連携の在り方など、指摘された要因は全て正しく、それぞれに対策を講じる必要がありました。実際に、業務改善計画として個別の原因を潰すための施策を実行しています。
一方で、真因はもっと根深いところにあると考えました。社会構造や経済、人口動態が大きく変化する中で、私たち自身がビジネスモデルや価値基準をアップデートできていなかったことです。ここにメスを入れない限り、形を変えても同じような問題が再発しかねません。ビジネスモデルや価値基準そのものの変革に、本気で取り組む覚悟を決めました。
人の観点で言えば、会社にキャリアを委ねるマインドセットから、自らが主体的にキャリアを築き、そのために努力するマインドセットへと転換させることが、改革の根幹をなすと考えました。
そのような状況下で、人材戦略自体に何か変化はありましたか。
変化というより、むしろこれまで進めてきた方向性が正しかったのだという確信に変わりました。ジョブ型人事制度は、部門や分野ごとに専門性を持った社員が活躍する仕組みを作る上で不可欠であり、グループ全体への展開をさらに加速させています。持株会社と事業会社の人事制度の連携を強め、本人の希望に応じてグループ内で専門性を生かしたキャリアを歩めるような仕組みも整えています。
また、パーパスを「“安心・安全・健康”であふれる未来へ」に再言語化するとともに、ビジネスの変革を実現するため、会社として何を大切にすべきかを徹底的に議論。SOMPOのパーパス実現に向けて、全ての役員・社員が大切にしたい価値観として「SOMPOの価値観(誠実・自律・多様性)」を定めました。そして、この価値観を社員の採用・評価、管理職への登用、役員選任など、あらゆる基準の根幹に据える改革を行いました。グループ共通コンピテンシーのベースをこの価値観に置き、グループ全体で一貫した人材マネジメントを行っていく体制を構築したのです。
新卒を一括採用し、会社の色に染めていく旧来のやり方では、社内で優秀とされるジェネラリストばかりが育ちます。社員からすれば、特定の分野で専門性を磨いても、3年後には全く違う部署に異動する可能性があるため、本気で自己研さんしようという意欲が湧きにくい。日本のビジネスパーソンが世界で最も勉強しないという統計がありますが、それは個人の問題ではなく、そうさせてきた仕組みの問題なのです。
自律的なキャリアは、自分の専門性、つまり「これだけは誰にも負けない」というものがあって初めて描けるもの。仕組みを変えなければ、社員はオーナーシップを持つことができません。オーナーシップがなければ、言うべきことも言えない。すべてがつながっているのです。だからこそ、会社として従業員一人ひとりの専門性を高めていく方針を明確にし、そのための投資として昨年、300億円規模の「SOMPO人材ファンド」を設立しました。社員が専門性を学び、身につけ、それを原動力にキャリアオーナーシップを持てるよう、本気で支援していくという覚悟の表れです。

社員が幸せに働ける会社のため、最も大切にすべき「柔軟性」とは
企業にとってCHROはどのような存在であるべきだとお考えでしょうか。
CEOの最も重要な役割が、10年後、20年後の会社の未来、つまり「ビジョン」と「戦略」をつくることだとすれば、その実現に向け両輪を担うのはCFOとCHROだと考えています。
企業のあらゆる営みは、最終的にお金に換算されます。ビジネス戦略も投資も、すべてお金に関わる。それを司るのがCFOです。一方で、企業のあらゆる営みは、「人」が実行します。人はモチベーション一つでパフォーマンスが大きく変わる。その全てを司るのがCHROです。
CEO、CFO、CHROが「三位一体」で経営を行うのが、あるべき姿です。最近では、デジタルやAIを司るCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)を加えた「四位一体」という考え方も重要になっています。いずれにせよ、CHROは経営そのものであり、「会社とはどうあるべきか」という根源的な問いを常に考え続ける立場なのです。
経営の中核を担うグループCHROとして、最も大切にされている姿勢をお聞かせください。
「柔軟であること」です。私がグループCHROとしてのミッション、あるいはMYパーパスとして掲げているのは、「社員が幸せな会社を創る」こと。その「幸せ」とは、自分で物事を決定できていると感じられる状態だと考えています。ミッションは揺らぎませんが、会社を取り巻く環境は猛烈なスピードで変化しています。だからこそ、やり方は常に変えていかなければならない。極端に言えば、朝令暮改もいとわない柔軟性が不可欠だと考えています。
特に、AIの進化がすべてを変えつつあります。たとえば、これまでは会社の経営層が何かを検討する際、情報収集や分析を部下や外部のコンサルティング会社に依頼し、数週間から1ヵ月かけて資料やレポートを受け取ることもあったでしょう。それが今や、AIを使えば5分でできてしまう。これは、コーポレート部門の仕事のあり方を根本から変えてしまいます。スピーディーに高精度な結果が得られる一方、これまで、将来の経営人材となるポテンシャルを有した社員が情報分析や資料作成などを通じて学んでいた機会が、ごっそりと失われるわけです。
一方で、営業の最前線など、最後の一押しを担う「人」の価値は、むしろ高まっていくのではないかとも感じています。人と人との感情的なつながりから生まれる価値は、AIには代替できません。
今、私たちは「会社とは何なのか」「人はなぜ集まる必要があるのか」という問いを突きつけられています。この1、2年で状況は一変しました。将来の世代のために正しい選択をしなければなりませんが、正解は誰にも分かりません。だからこそ、常に考え続け、柔軟に変化し続けることが何よりも重要なのです。
人事に求められる「会社の存在意義」「自分の価値」を突き詰める姿勢
外部環境が激変する中で、キャリア自律を促せば、優秀な人材が社外に流出するリスクが高まるという懸念もあります。この点についてはどのようにお考えですか。
出ていこうとする人を「引き留める」のは、もはや不可能です。重要なのは、引き留めることではなく、社員が「この会社で働きたい」と決めて選んでくれるような、魅力的な存在であり続けることです。
その魅力の核となるのが、会社のパーパスや価値観です。我々が掲げるパーパスに共感し、大切にする価値観に共感してくれる。そして、私たちが用意する人事制度、報酬制度、育成の仕組みに魅力を感じてくれる。何を大切にする会社であるかを明確に発信し、それに共感した人が自らの意思で集まってくれる仕組みを整えなくてはなりません。自ら決めて来てくれるからこそ、その人は幸せであり、高いパフォーマンスを発揮してくれる。この好循環を作ることが本質だと考えています。
最後に、これからの時代を担う人事パーソンに向けて、メッセージをお願いします。
人事という仕事は、ますます難しく、そして面白くなっていきます。これからの人事パーソンに求められるのは、まず人事としての「コア」となる専門性や強みを持つこと。その上で、あらゆることに興味を持ち、人と会い、自ら動いてみる「好奇心」と「柔軟性」です。
「会社とは何なのか」といった根源的な問いから、自分たちの組織をデザインし直す視点を持ってほしいと思います。エントリーレベルの仕事がAIに代替されることを前提とした上で、人間としてどのような価値を出すべきか。それを一人ひとりが考え、会社もそれに応える仕組みを作っていかなければなりません。
「自分の価値とは何か」を突き詰め、常に学び、吸収し、古い考えを捨てる。その繰り返しの中でしか、未来を切り開くことはできないでしょう。大変な時代ですが、だからこそ人事の力が、これまで以上に求められると信じています。

(取材:2025年9月25日)
各企業の人事リーダーが自身のキャリアを振り返り、人事の仕事への向き合い方や大切にしている姿勢・価値観を語るインタビュー記事です。
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