タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第78回】
シグナル・クラフティング――キャリアAIドックの近未来
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」を戦略的にデザインしていきます。
キャリアAIドックが、これからのキャリア開発の鍵を握っています。これまでのキャリア支援は、相談の機会が限られ、支援者の経験や力量に大きく依存し、本人の状態を継続的に把握することに課題を抱えていました。それに対して、AIを活用したキャリア支援では、個人の関心、能力、学習履歴、職務経験、スキルの変化、さらには労働市場の動向までを統合しながら、キャリアの現在地と次の可能性を継続的に戦略立てていきます。全社員に向けて、個別化されたキャリア開発支援が実現していくことになります。
ここで重要なのは、キャリアAIドックを、単に「AIで相談に乗る仕組み」だと理解しないことです。目指すべきは、相談、診断、推薦、面接練習、学び直し、就業移行、職務再設計までをつなぐキャリア支援基盤そのものの再編です。従来のキャリア支援では、「自分に向いている仕事は何か」という適性の探索が中心でした。しかし、今後は静的な適性把握ではなく、変化への適応力、学び直し力、AIと協働する力、そして意思決定を自分で引き受ける主体性など、動的な状態把握に力点が置かれるようになります。
この点で、キャリアAIドックは、医療における人間ドックに似ています。人間ドックは、病気の有無だけを判定するものではなく、将来のリスクを見つけ、生活改善のきっかけをつくるものです。キャリアAIドックも同様に、今の職業適合や転職可能性だけを見るのでは不十分です。本人のキャリア資本がどこで蓄積され、どこで摩耗し、何を補えば次の数年をよりよく生きられるのかを見える化することが重要です。
キャリアAIドックの効果と新たな行動変化
では、キャリアAIドックにはどのような効果が確認されているのでしょうか。現時点で比較的確かなのは、第一に、情報アクセスの個別化と即時化です。チャットボットや推薦システムは、個人の状況に合わせた進路の情報や学習の機会を、必要なタイミングで提示できます。第二に、キャリア準備行動の促進です。第三に見逃せないのは、職場の中でのキャリア形成行動そのものへの影響です。Mayer et al.(2025)は、生成AIが若手専門職のジョブ・クラフティングを促進し、業務や関係性の再設計を引き起こしていることを示しました。
さらに注目すべきなのは、彼らが「シグナル・クラフティング」という新たな次元を提示したことです。これは、AIを使って成果物の見せ方や価値の伝え方を工夫し、自分の仕事の独自性や価値を周囲に伝える行動です。つまりAIは、作業の代行者にとどまらず、キャリア上の自己呈示や評価のされ方そのものを変え始めているのです。キャリアAIドックは、このような変化まで含めて捉える必要があります。
ただしAIがキャリア支援に役立つことと、AIが人間のキャリア支援を置き換えられることは、まったく別の問題です。Yang(2026)の研究では、大学生を対象にした短期キャリアカウンセリングにおいて、AIカウンセリングは情報不足の解消という点では有効性を示した一方で、安心感や支援の深さといった面では、人間によるカウンセリングの価値がなお大きいことが示唆されました。ここから見えてくるのは、キャリアAIドックの理想形が「人間を代替するAI」ではなく、「人間の専門性を拡張するAI」だということです。AIは、日常的な点検、情報の整理、選択肢の提示、初期的な内省支援には強い。しかし、キャリアの喪失感、葛藤、ためらい、人生史に根ざした意味づけを扱う場面では、人間の支援者が持つ価値が大きいのです。
キャリアとは本来、本人が迷い、試し、選び直しながら編み上げていく物語です。AIがあまりに直接的に「あなたにはこの職種が向いています」「次に学ぶべきはこれです」と提示するようになると、人は自分で問い続ける力を失いかねません。キャリアAIドックは、答えを押しつける装置ではなく、問いを深める装置でなければならないのです。
さらに、AI時代のキャリアは、可能性の拡大だけでなく、キャリアショックの増加という側面も持っています。Cui and Huang(2025)は、AIに起因するキャリアショックが、ポジティブであれば仕事への不安やキャリアに対する妥協を弱め、ネガティブであればそれらを強めることを示しました。そして、その影響を緩和する要因として、上司からのキャリア支援が重要な役割を果たしていました。これは非常に示唆的です。個人がAIで自己点検をしても、職場側が変化を支えなければ、キャリアは前に進みにくいのです。つまり、キャリアAIドックは個人向けツールに閉じるべきではなく、上司との1on1、人事施策、配置転換、リスキリング支援と接続されてこそ真価を発揮します。
職場におけるAI利用の効果も、単純な成功物語ではありません。Sharif et al.(2025)は、ホスピタリティ産業において、AI利用が従業員ウェルビーイングとは正の関連を持ちながらも、キャリア成功とは直接結びつかなかったことを示しました。そのあいだには、仕事への不安やテクノストレスが重要な媒介・調整要因として働いていました。ここからわかるのは、AIに触れていること自体が成長を保証するわけではない、ということです。どのような環境で、どの程度の支援のもとで、どのような意味づけをしながらAIと協働するかによって、結果は大きく変わります。これからのキャリアAIドックは、AI利用の有無だけではなく、AIとの協働が自己効力感を高めているのか、それとも消耗を生んでいるのかまで点検する必要があります。

キャリアAIドックは新たな知的インフラへと進化する
キャリアAIドックは「診断」から「予防」へ、さらに「共創」へと進化していきます。第一段階では、現在地の見える化が中心でした。第二段階では、離職リスク、スキル陳腐化、キャリア停滞、学習不足を早めに察知する予防的介入が中心になります。第三段階では、AIが個人の行動ログ、学習履歴、対話履歴、職務経験、外部労働市場データをつなぎながら、本人とともに未来の選択肢を設計する存在へ変わっていくでしょう。「向いている職種」を返すのではなく、「あなたの価値観と強みを踏まえると、これからはこの三つの方向性がありうる。そのうち、どの未来にもっとも納得感があるか」と問い返す存在へと進化していくはずです。
この方向性は、キャリア支援の中心が、正解の提示から意味形成の支援へ移っているという最近の議論とも重なります。ただ、この近未来は、技術が進歩すれば自然に実現するものではありません。必要なのは、説明可能性、監査可能性、データガバナンス、バイアス検証、利用者の同意設計、そして人生の意味に関わる支援としての節度です。
ここで、プロティアン・キャリアの視点がきわめて重要になります。AI時代に本当に価値を持つのは、固定的な職業適合ではなく、自己主導で学び、価値観に照らして選び直し、変化の中で自分を編み直す力です。これからのキャリア発達は、「変化に耐えること」ではなく、「変化を資源に変えること」へ移っていくのです。そしてキャリアAIドックは、その変化を読み解き、自分のものにしていくための知的インフラになりうるのです。
キャリアAIドックは「答えを返す機械」から「問いを育てるインフラ」へ変わっていく、ということです。生成AIが普及し、仕事そのものが絶えず組み替わる時代には、正解はますます短命になります。だからこそ必要なのは、一度きりの診断結果ではなく、自分の価値観、能力、関係性、学習、生活条件まで含めて、定期的に自分を見直し続ける仕組みです。キャリアAIドックとは、そのための新しい知的インフラなのです。そして、その中心に置かれるべきものは、効率でも予測精度でもなく、「この人は、どのような人生を生きたいのか」という根源的な問いです。
AIは、キャリア支援を前進させます。しかし、キャリアの主人公をAIにすることはできません。主人公はいつでも、その人自身です。そのため、これからのAIの最先端は性能の競争ではなく、人が自分の人生を引き受ける力をどう支えるかという設計の競争になるでしょう。キャリアAIドックが本当に社会に必要とされる理由は、データに基づく正確性のみではありません。変化の時代に、一人ひとりが自分の可能性を見失わず生きていくために伴走する基盤になるからです。キャリアAIドックは、単なる新技術ではなく、人が自分らしく変わり続けるための社会基盤になっていくはずです。
- 【参考文献】
- Cui, Y., & Huang, L. (2025). Career shocks in the age of AI: A double-edged sword for job insecurity and career compromise. Acta Psychologica, 261, 105925. https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2025.105925
- Mayer, A. S., Baygi, R. M., & Buwalda, R. (2025). Generation AI: Job crafting by entry-level professionals in the age of generative AI. Business & Information Systems Engineering, 67, 595–613. https://doi.org/10.1007/s12599-025-00959-x
- Sharif, M. H., Li, Z., Asif, M., Alshdaifat, S. M., & Hanaysha, J. R. (2025). Artificial intelligence and employee outcomes: Investigating the role of job insecurity and technostress in the hospitality industry. Acta Psychologica, 253, 104733. https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2025.104733
- Yang, W. (2026). Can AI be a good counselor? Comparing the effectiveness of generative AI and human short-term career counseling for university students. Teaching and Teacher Education. Advance online publication.
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- 田中 研之輔氏
- 法政大学 キャリアデザイン学部 教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/株式会社 キャリアナレッジ 代表取締役
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC.Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD東京大学。社外取締役・社外顧問を36社歴任。個人投資家。著書39冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。主著『プロティアン』、新作『グロースマネジャー』、最新作『キャリア・エンゲージメント』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
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