タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第81回】
AI時代のプロティアン・キャリア
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」を戦略的にデザインしていきます。
AIについて語るとき、私たちはつい「仕事が奪われるのか、奪われないのか」という問いから出発してしまいます。生成AIが文章を書き、画像をつくり、資料を整え、翻訳し、分析し、一定の品質で成果物を出すようになった今、多くの人が不安を抱いています。昨日まで自分の強みだと思っていた作業が、今日はAIで代替できるようになっている。長い時間をかけて身につけてきたスキルが、突然、価値を失うように感じられる。こうした感覚は、働く人にとって決して小さなものではありません。
専門性を拡張する
しかし、AI時代のキャリアを考えるとき、大切なのは「AIに仕事を奪われるかどうか」だけにとどまりません。むしろ問うべきは、「AIによって、自分の専門性をどのように拡張できるのか」です。AIを、人間を置き換える技術としてだけ見るのか。それとも、人間の判断力、経験、創造性、学習力を高める技術として見るのか。この見方の違いが、これからのキャリア形成を大きく分けていきます。
AIによって変わるのは、職業そのものではなく、仕事を構成するタスクです。「人事」という職業がすべて消えるわけではありません。一方で、人事の中にあるタスクは確実に変わっていきます。採用候補者の整理、求人票の作成、研修コンテンツのたたき台づくり、エンゲージメントサーベイの分析、面談記録の要約、人的資本開示資料の下書きなどは、AIが支援できるようになります。だからこそ、これからのキャリア形成では、「人事の仕事は残るか」と問うだけでは足りません。「人事の仕事の中で、人間がどのタスクに価値を出すのか」を問う必要があります。
たとえば、人事部門で人的資本経営の施策を企画する場面を考えてみます。ある人事担当者が、経営会議に向けて「キャリア自律を促進するための新しい人材開発施策」を提案することになったとします。経営層からは、「若手の離職が増えている」「管理職が部下のキャリア支援に十分関われていない」「社員が自分のキャリアを会社任せにしている」「人的資本開示でも、自社らしい取り組みを示したい」といった問題意識が示されています。しかし、それぞれの課題はつながっているようで、まだ整理されていません。現場からは「忙しくて面談の時間が取れない」という声もあれば、若手からは「この会社で成長できるイメージが持てない」という声もあります。経営層、人事部門、現場管理職、若手社員の間で、見えている景色が少しずつ違っているのです。
従来であれば人事担当者は、過去の研修資料を探し、サーベイ結果を読み込み、離職率やエンゲージメントスコアを確認し、他社事例を調べて、上司や外部パートナーに相談しながら、時間をかけて提案の骨子をつくっていきました。もちろん、その過程には大きな学びがあります。
一方で、情報が多すぎるからこそ、どこから手をつければよいのかが分からなくなることもあります。キャリア自律、管理職育成、エンゲージメント、離職防止、人的資本開示。それぞれの言葉は重要ですが、ばらばらに扱ってしまうと、施策もばらばらになります。
ここにAIが入ると、人事企画の出発点が変わります。人事担当者は、経営層の問題意識、社員サーベイの自由記述、離職者面談の傾向、管理職からの声、若手社員のコメントなどを整理しながら、AIに問いかけることができます。「この会社のキャリア自律が進まない本質的な要因は何か」「若手の離職と管理職のキャリア支援不足は、どのようにつながっているのか」「人的資本経営の観点から、どのような施策ストーリーに整理できるか」と壁打ちすることができるのです。AIは、データや発言をもとに、課題を構造化し、施策案を複数提示し、経営会議向けの説明骨子まで示してくれるかもしれません。
AIが作るのは、あくまで提案のたたき台です。その会社でなぜ今、キャリア自律が進まないのか。管理職が部下のキャリア面談に踏み込めない背景には何があるのか。若手が「成長実感がない」と語るとき、その言葉の奥にはどのような不安があるのか。経営層が本当に求めているのは、離職率の低下なのか、それとも次世代リーダーが育つ組織への転換なのか。こうした文脈は、人事担当者が現場との対話の中でつかみ取るしかありません。
人事の仕事には、数字だけでは見えないものがあります。例えば、サーベイのスコアは下がっていないのに、現場の空気が重いことがあります。離職率はまだ高くないのに、優秀な若手が心の中ではすでに会社を離れ始めていることがあります。管理職研修の満足度は高いのに、実際の1on1では部下のキャリアに踏み込めていないこともあります。AIは大量の情報を整理できますが、その背後にある沈黙、遠慮、諦め、期待、違和感を読み取るには、人事担当者の現場感覚と対話力が必要です。
だからこそ、人事におけるAI活用で重要なのは、AIが出した案をそのまま経営会議に持っていくことではありません。AIが示した課題構造を読み、自分が現場で聞いてきた声と照らし合わせ、「この整理は本当に自社の実態に合っているのか」「この施策は管理職が実行できるものになっているのか」「若手社員はこの取り組みに納得感を持てるのか」「経営層が本気でコミットできる設計になっているのか」と問い直すことです。そのプロセスを通じて、人事担当者は単なる制度運用者ではなく、組織の変化を設計するプロフェッショナルへと成長していきます。
これからの人事に求められるのは、組織の中でまだ言葉になっていない変化の兆しを捉え、社員の声を経営の言葉に翻訳し、経営の意思を現場の行動に接続することです。AIは、人事の思考を支え、課題の構造化を助け、施策の質を高めるための伴走者となります。つまり、AIによって人事に求められる専門性が変わっていくのです。

AIには、大きく分けて二つの方向性があります。一つは、人間の仕事をできるだけ機械に置き換えようとする方向。もう一つは、人間の能力を高め、人間がより高い価値を発揮できるようにする方向です。
前者は、仕事を脱熟練化します。熟練者の経験や判断力をAIに吸収させ、誰でも同じようにできる作業へと変えていく。効率化にはつながりますが、その一方で、人間の専門性の価値を下げる可能性があります。後者は、仕事を再熟練化します。AIによって、これまで一部の熟練者しかできなかった高度な判断や分析を、より多くの人が学び、実践できるようにする。さらに、これまで存在しなかった新しい仕事や役割を生み出していく。人間の専門性を高め、キャリアの可能性を広げる方向です。
プロティアン・キャリアの視点から見れば、私たちが目指すべきは後者です。AIに従う人になるのではなく、AIを活かして自分の専門性を磨く。AIによって仕事を単純化されるのではなく、AIによって新しい役割を創り出す。AIに代替されないように逃げ続けるのではなく、AIとともに自分のキャリアを変容させていく。それが、AI時代のプロティアン人材です。
専門性を言語化する
では、私たちは何から始めればよいのでしょうか。まず、自分の仕事をタスクに分解することです。人事であれば、データ整理、文書作成、面談記録の要約、研修案のたたき台づくり、サーベイ分析はAIが支援できます。
一方で、社員の本音を引き出すこと、経営の意思を現場に伝わる言葉に翻訳すること、組織文化の変化を見立てること、管理職が行動を変えられるように支援すること、社員が自分のキャリアを前向きに考えられる場をつくることは、人間の専門性が問われます。AIに任せるべきタスクと、人間が磨くべきタスクを切り分けることで、キャリア戦略はより明確になります。
次に、自分の専門性を言語化することです。「人事が得意です」というだけでは不十分です。「社員の声を経営課題に翻訳することができます」「キャリア面談の記録から、組織の学習課題を見立てることができます」「管理職が部下の成長支援に踏み出せるように、制度と対話の両面から設計できます」と言語化できると、専門性はより明確になります。AI時代には、自分の専門性を曖昧にしておくことがリスクになります。曖昧な専門性ほど、AIや他者に代替されやすく見えてしまうからです。
最後に、新しいタスクをつくることです。AI時代に価値が高まるのは、既存の業務を少し速くこなすことだけではありません。AIを使って、これまでできなかった仕事を生み出すことです。人事の世界では、AIによって社員の声を継続的に分析し、キャリア面談の傾向を把握し、組織の学習課題を見える化することができます。ただ、そのデータをどう解釈し、どのような施策につなげるのかは人間の仕事です。AIによって、人事は事務処理の部門から、組織の変化を設計する部門へと進化できる可能性があります。
AIが進化しても、キャリアの主人公は私たち一人ひとりです。AIは仕事を変えます。学び方を変えます。専門性のあり方を変えます。しかし、AIが私たちの人生の意味を決めるわけではありません。どのように働くのか。何を大切にするのか。誰に価値を届けるのか。どのような未来をつくりたいのか。それを選び取るのは、私たち自身なのです。
AI時代のプロティアン・キャリアとは、AIとともに自分の可能性を拡張し続けるキャリアです。代替される人ではなく、拡張される人になる。AIに従うのではなく、AIを活かして自分の専門性を磨く。変化を恐れるのではなく、変化を自分の成長機会に変えていく。これからの時代に問われるのは、「AIに勝てるか」ではありません。「AIとともに、どのような自分へと変わっていけるか」です。
その問いから、AI時代の新しいプロティアン・キャリアが始まります。
それではまた次回に。
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- 田中 研之輔氏
- 法政大学 キャリアデザイン学部 教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/株式会社 キャリアナレッジ 代表取締役
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC.Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD東京大学。社外取締役・社外顧問を36社歴任。個人投資家。著書39冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。主著『プロティアン』、新作『グロースマネジャー』、最新作『キャリア・エンゲージメント』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
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