自社に最適な「人事のキャリア」をどう設計するか
――事業展開との「ベスト・フィット」を探る
流通経済大学 経済学部 教授(福井県立大学名誉教授)
飛田 正之さん

事業の多角化やダイバーシティの推進など、多様な人材を活かすマネジメントが急務となる中、人事部門に求められる役割は、制度の企画・構築・運用から、事業戦略の推進へと大きく変化しています。経営と人事の連動が求められる今、自社に最適な人事部門のあり方や人事パーソンのキャリアについて、明確な戦略をどのように描くべきかが改めて問われていると指摘するのは、流通経済大学 経済学部 教授の飛田正之さん。人事担当者のキャリアパターンの実態、事業展開に合わせた最適な人事組織の設計、CHROを見据えたキャリアパスの重要性について伺いました。
- 飛田 正之さん
- 流通経済大学 経済学部 教授(福井県立大学名誉教授)
とびた・まさゆき/早稲田大学商学部卒業、早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了。法政大学大学院社会科学研究科博士課程経営学専攻単位取得退学。修士(教育学)。福井県立大学経済学部教授を経て現職。専門分野は人的資源管理。日本企業におけるキャリア形成の実証研究に取り組み、近年は人事部門のキャリア形成に焦点を当てた調査研究を展開。企業研修や人事制度のアドバイザーとしても活動。近著には『概説 人的資源管理』(単著、文眞堂、2026年)など著書・論文多数。
変化する人事部門の役割:管理組織から戦略的組織へ
近年、人事部門に求められる役割はどのように変化しているとお考えですか。
これまでの人事部門の主な役割は、各種人事制度の企画・構築でした。さらに、大手日本企業の中には、配置・異動、昇格、評価などの人事施策が現場で適切に運用されているかをきめ細かくモニターし、問題が生じた際には人事部門が現場に働きかけて改善を図る企業もあります。こうしたきめ細やかな運用と調整のサイクルは、日本企業の人事部門の大きな強みであり、重要な機能といえます。
一方でこれからの人事部門には、従来の機能に加えて「企業戦略や事業戦略の実現への貢献」が強く求められます。近年、企業では新規事業への参入や多角化が進んでおり、単一の事業のみを展開している企業は少なくなってきました。新たな分野へと事業を展開していく中で、それぞれの事業が求める人材像は異なります。どのような教育訓練を行うべきか、事業の特性に合わせて評価制度や賃金制度をどう再設計すべきかなど、新規事業にも対応できる人事施策が欠かせません。事業戦略の転換に応じて最適な人事施策を提示し、事業の成長を後押しできる人事部門の重要性が、今後さらに高まっていくでしょう。
さらに、ダイバーシティの推進も重要な役割として挙げられます。経営トップや人事部門が「ダイバーシティを推進せよ」と現場に指示するだけでは、現場は「押し付けられている」と感じてしまいます。ダイバーシティを全社的に浸透させるためには、まず推進役である人事部門が多様性を体現する必要があります。実際に、女性社員が多く活躍する人事部門や、外国籍のマネジャーが在籍する人事部門を持つ企業が少しずつ増えてきました。海外子会社の現地人事担当者を日本の本社に逆派遣し、効果を上げている事例もあります。人事部門が率先してモデルケースとなり、実践から得られた知見を社内全体に普及させていく姿勢が求められているのです。
このように、人事部門には、管理業務を中心とした組織から、多様な人材を活かして事業戦略の実現に貢献できる「戦略的な組織」へと変革していくことが求められています。
3タイプの人事キャリアパス
人事部門に求められる役割が高度化している中、人事担当者のキャリアパスには、どのようなパターンがあるのでしょうか。
人事部門には、長年人事畑を歩んできたベテランの専門家と、他部門から異動してきた人が共存しています。私は、こうしたキャリアの違いがどのように生じるのか、人事担当者のキャリア形成に影響を与える要因について、ヒアリングやアンケート調査を通じて研究してきました。

調査を進める中で、企業によっては人事部門に専門性の高い人材を多数配置するケースと、他部門からの人材を積極的に起用するケースがあることが見えてきました。そこで、「事業展開の方式によって人事担当者のキャリアが異なる」という仮説を設定し検証したところ、実際にその仮説が支持される傾向が確認されました。事業展開の方式との関係性は後ほどご説明しますが、人事担当者のキャリアパスには、大きくわけて「人事部門一貫型」「人事部門復帰型」「他部門型」という三つのタイプが存在します。
「人事部門一貫型」とは、人事という職能の中で、多様な経験を積み重ねていくタイプです。採用、教育訓練、評価、あるいは労働組合対応など、人事部門内のさまざまな領域で経験を積みます。本社以外に事業所を持つ企業であれば、工場や支社の人事部門に出向いて現場の労務管理を経験することもあります。人事のプロフェッショナルが存在することは企業にとって極めて重要で、人事マネジャーや中核担当者に多く見られるキャリアの形です。
「人事部門復帰型」は、初期配属などで人事部門を経験した後、一度ライン部門や他の管理部門に異動し、再び人事部門に戻ってくるタイプです。このタイプは、キャリア全体の半分程度の期間を人事部門で過ごす傾向がありますが、他部門での経験を持つことが大きな強みになります。例えば、工場で総務と人事を兼務するケースや、営業部門を経験した後に人事部門に復帰するケースなどが挙げられます。他の業務を経験することで、現場の感覚を人事施策に生かすことができるという点で、大変有意義なキャリアパスです。
「他部門型」は、人事部門の経験が全くない状態から、人事部門に異動するタイプを指します。管理職として他部門から着任することもあれば、若手や中堅社員が異動してくることもあります。人事部門での在籍期間が短くなる傾向があるため、人事部門では多様な領域を経験するのではなく、特定の担当業務に就くことが多くなります。例えば、営業部門出身者が新卒採用担当に任命されたり、製造部門出身者が工場の採用活動を担当したりするケースが典型です。また、総務部門を長く経験した人が人事部門に異動し、人事制度全体の企画運用に携わることもあります。他部門から人事部門へ異動させる際は、「人事部で具体的に何を担ってもらうか」というミッションを明確に定めていることが多い点が特徴と言えます。
他部門での経験を積んでから人事部門に配属されることには、どのような意義があるとお考えでしょうか。
先ほどの例にも挙げましたが、営業経験者が採用担当者となった場合、学生や求職者に対して、自社の製品やサービスの魅力、現場での働きがいを自身の言葉で力強く語ることができます。採用活動においては企業の魅力を外部に発信することがとても重要です。現場での実務経験を持つ人材の方が、より説得力を持って自社をアピールできる場面が多くなります。
研修担当者も同様です。どのような教育プログラムが現場の役に立つのかは、人事の経験だけでは最適解を見つけることが難しい側面もあります。一方、現場での実務経験があれば、「現場ではこのようなOJTが必要とされている」「このスキルの習得が急務である」といった具体的な課題を理解しているため、より実践的で効果的な研修を企画・実行できます。現場の実態に即した直接的なアプローチが可能になるという意味で、他部門での経験は非常に価値があるものと言えます。
こうした他部門から人事部門への異動は日本企業特有のものと思われがちですが、近年の海外の研究でも、諸外国において同様の異動が増加していることが報告されています。さらに、他部門と人事部門との間で人材が流動することが、組織の成果にプラスの効果をもたらすという研究結果もあります。人事のスペシャリストと他部門を経験した人材が融合することで組織に新たな価値をもたらすという認識は、今やグローバルな潮流になりつつあると考えています。

多角化企業の人事部門に求められる「横串機能」
人事担当者にどのようなキャリアを歩ませるべきか、あるいは人事部門をどう構成すべきかを検討する際、何を参考に考えればよいでしょうか。
自社の「事業展開の方式」が一つの目安になるでしょう。事業展開の方式と人事担当者のキャリアには、「ベスト・フィット」な組み合わせが存在すると考えています。つまり、それぞれの事業形態に応じて、最適な人事担当者のキャリアパスがあるのです。
まず、事業形態が「狭い」、つまり特定の事業を中心に展開している企業の場合、ライン部門での経験を人事部門に直接活かしやすい環境があります。事業領域が単一、または同質であるため、他部門から異動してきても、現場の事業構造や人材の特性をすでに理解しているからです。そのため、部門間の異動の障壁が低く、人材の柔軟な配置が可能になります。専業メーカーを対象に調査した結果、人事部門のメンバーの多くを他部門経験者が占めている企業が数多く存在しました。専業型の企業は人材の流動性を高めやすく、現場の経験を人事施策にダイレクトに反映させる手法が有効に機能していると言えます。
一方、事業形態が「広い」、すなわち多角的に事業を展開している企業は状況が異なります。多角化企業における人事部門の役割は非常に複雑で、難易度が高いケースが多く見られます。全社共通の人事制度を企画するだけでなく、さまざまな事業部門において、それぞれの人事制度が適切に運用されているか、事業部ごとにバラツキやイレギュラーな運用が生じていないかをチェックする機能が求められます。
例えば、「ある事業部では昇格が極端に早い、あるいは遅い」「特定の部門の人事評価が甘く偏っている」「特定の部署に優秀な人材が長期にわたって滞留している」といった課題が、社内の各所で発生する可能性があります。一つの組織体として全社的なモチベーションを維持するためには、公平で、一貫性のある人事制度の運用が担保される必要があります。
そこで重要になるのが、個別の事案に対する人事部門の関与です。多角化企業の人事部門は個別の人事運用を丁寧にモニターし、現場に介入していく傾向が強いという特徴があります。「なぜあの部署の社員はまだ昇格していないのか」「あの担当者は7年も同じ配置にいるが、キャリア形成はどうなっているのか」といった細かい状況確認を行い、必要があれば対応を取るという、いわゆる「きめ細やかな人事部」の機能が発揮される場面です。
さらに、多角化企業では全社的な調整機能が求められます。これを「横串を刺す」と表現する企業が多いです。例えば、多様な事業を抱える総合電機メーカーでは、各事業部が独立してバラバラに人事を進めてしまうと、組織としての総合力を発揮できません。仮にある事業が衰退期に入ってしまった場合、人材を成長分野の別事業へとスムーズにシフトさせるためには、全社的な仕組みが整っている必要があります。事業環境の変動、撤退、新規参入などに柔軟に対応し、継続的な雇用と最適な人材活用を実現するためには、全体を統括し、運用を調整する人事部門の機能が不可欠となります。
個別の部門最適ではなく、全体最適を追求する「横串機能」を担うためには、やはり人事のプロフェッショナルが必要です。一方で、一つの事業部門の経験しかない人材では、他部門の事情や全体のバランスを判断できません。多角化企業では、さまざまな事業所の人事部門を経験することで「横串スキル」を習得し、現場の特性を深く理解した上で全社的な判断を下せる「人事部門一貫型」のキャリアを持つ人材が重用される傾向にあります。
「ベスト・ミックス」な人材配置とCHROを見据えたキャリア構築
自社の事業タイプに合わせて人事組織を構成していく必要があるとのことですが、企業は人事担当者の育成や配置を戦略的に計画できているものなのでしょうか。
人事部門のあり方や人事担当者のキャリアパスについて、明確なマップを描き、計画的に育成できている企業はそれほど多くありません。一部の先進的な大企業では詳細な配置プランを作成し、経験させる業務の順番を明確に定めていますが、全体としては場当たり的な異動が行われていることも少なくないのが現状です。
他部門からの異動を受け入れる際も、「受け入れ先がない人材を人事部門に配置する」といったネガティブな理由ではなく、明確な意図を持つことが重要です。例えば、人事制度改定のプロジェクトチームに他部門経験者をアサインして現場目線を入れる、といった戦略的な配置を検討する余地は十分にあります。人事部門一貫型のプロフェッショナルと、他部門経験者をどのような割合で配置するのか。自社にとっての「ベスト・ミックス」の布陣を探る姿勢が求められます。
人事のプロフェッショナルを育成していく上での課題についてお聞かせください。
課題は大きく二つあると考えています。一つ目は先ほど指摘した通り、計画的な人材育成が十分に行われていないことです。グローバルに展開する日本の大企業107社を対象に、私たちが実施した2022年のアンケート調査結果をご紹介します。「人事のプロを計画的に育成しているか」と尋ねたところ、「計画的に育成できている」と回答した企業は47.7%にとどまりました。
計画的な育成を実施している企業では、採用、教育訓練、評価、賃金、労働時間など幅広い領域を経験させ、本社以外の人事部門への配置も行っています。さらに、グローバル企業特有の取り組みとして、キャリア形成に計画的な海外派遣を組み込んでいる企業も半数程度見られました。海外への本格的な赴任が難しい場合でも、短期間の海外トレーニー制度を活用し、若手のうちから現地のビジネスや人事課題に触れさせる取り組みは非常に効果的です。
幅広い人事経験や他部門の経験、海外経験を持つ担当者を育成することは、社内で発生するさまざまな課題の根本原因を探る能力を高めることにつながります。個別の問題にとらわれず、全体像を把握して課題解決に導くためには、多様な経験に裏打ちされたスキルが不可欠です。しかし、こうした育成の難しさは海外の企業にも共通しているようです。人事部門が他部門の計画的な人材育成には熱心に取り組む一方で、自部門の育成計画がおろそかになってしまう傾向も見られます。こうした点は、今後の検討課題と言えるでしょう。
二つ目の課題は、人事担当役員やCHROまでを見据えたキャリアパスの構築です。先ほどの調査で「人事のプロを計画的に育成している」と回答した企業のうち、「人事担当役員が専門的な人事経験を持っているか」を分析したところ、相関関係が見られませんでした。つまり、部長クラスまでは計画的に人事のプロを育成できていても、役員レベルへの登用となるとキャリアパスが途切れてしまっている状態が推測されます。
経営戦略と人事戦略を連動させるためには、事業側の役員と対等に議論し、説得力を持って人事施策を推進できるプロフェッショナルな人事担当役員が必要です。もちろん、さまざまな部門を経験してきた役員が人事を兼務することにも、それなりの合理性があります。とはいえ、人事という専門領域でキャリアを積み重ねてきた人材がトップ(CHRO)に立つ仕組みを構築することは、今後の企業変革においてますます重要になるでしょう。人事の最高責任者として経営の一翼を担う人材をどのように育成していくのか。役員レベルまでのキャリアを見据えた育成計画を、企業の優先課題として位置づける必要があります。
人事部門のビジョンを描くことが第一歩
これから人事部門が企業の中で価値を発揮していくために何が必要でしょうか。
これまでの日本企業が培ってきた「人事制度のきめ細やかな運用」という強みは、失ってはいけない大切な財産です。その上で、多角化する事業やグローバル展開に対応していくためには、事業戦略に関与できるプロフェッショナル集団が必要となります。
人事の特定の領域、例えば採用だけ、評価だけのスペシャリストではなく、事業を推進するための人事施策をセットで考え、社内全体の整合性を保ちながら展開できる人材が求められます。そのためには、人事領域の幅広い業務に加え、事業部門を経験させるなど、多様な経験を意図的に付与する育成計画が欠かせません。また、人事部門自体がダイバーシティを推進し、その効果を社内に波及させていくという新たな役割も担っていく必要があります。
まずは「どのような人事部門が必要か」「どのような人事組織にしていきたいのか」というビジョンを明確に描くことから始めるべきです。どのような役割、成果を人事部門に期待するのかというゴールから逆算して最適な人事部門のあり方を定義し、それに合わせた人事のキャリアパスを構築する。企業変革を支える「自社ならではのユニークな人事部門」を、ぜひ創り上げてほしいと思います。

(取材日:2026年5月29日)
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