社員と会社の「不適合」は組織変革のチャンス
個人の違和感から「ダイナミクス」を生み出す方法とは

「会社の方針は少しおかしいのではないか」「この社員はうちの会社に合っていない」――。会社の文化・方針と社員の価値観は、一致しているとは限りません。個人と組織の「不適合」は避けるべきネガティブなものに映りますが、個人と組織、そして外部環境を含めた「不適合」を研究する明治大学 商学部 特任准教授の山﨑京子さんは、「不適合こそ変革のチャンス」と説きます。個人が抱く「違和感」から、いかにして組織変革のダイナミクスを生み出すのか。人事部門が取り組むべき健全な心理的安全性の構築と、不適合がもたらす個人の行動に対する「容認」のマネジメントについてうかがいました。
- 山﨑 京子さん
- 明治大学 商学部 商学科 特任准教授
NPO法人日本人材マネジメント協会理事長
やまざき・きょうこ/ロイタージャパン、日本ゼネラルモーターズ、エルメスジャポンでの人事実務を経て、2009年筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了、2019年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(経営学)。2023年アテナHROD(株)設立。 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科でのMBA指導を経て、現職。国内企業の研究顧問、研修講師に加え、JICAプロジェクトでアジア7か国の現地経営者に対する人的資源管理の実務指導を15年以上行う。研究と実務の両輪を強みとする。著書に『個人と組織 不適合のダイナミクス 適合と不適合が牽引する外部環境適応』(白桃書房、2027年にSpringer社より英文出版予定)、『HRMナレッジ大系®で学ぶ 人事プロフェッショナル実践講座』(共編著、中央経済社)など。
「妄信していた」会社が経営破綻
個人と組織の「不適合」の研究を始めたきっかけをお聞かせください。
実務家としての経験が原点です。外資系の大手自動車メーカーに勤務していた当時、私は会社が掲げるビジョンに深く共鳴していました。社員教育を担当していたため、社員にビジョンを浸透させていたのです。
ところが、業績が悪化し、その会社が経営破綻。私が教育を担当した人たちが次々と失業していく現実を目の当たりにしました。その時、なんて罪なことをしたのだろうと、強い反省の念を抱きました。私は元来、組織に対して過剰に適合することを避けるタイプでした。過剰適合は望ましくないと考えていたはずなのに、いつの間にか会社を妄信し、社員を“洗脳する”側になっていたのです。そこに違和感を抱かないことは、組織や個人にとって大きなリスクであると痛感しました。
組織を信じ込みすぎることのリスクを、身をもって体験されたのですね。
もう一つ痛感したのが、学術的に「発言」と呼ばれる、建設的な行動の重要性です。私は、会社が置かれた状況が徐々に悪くなっていくのを感じながらも、「おかしいのではないか」と口に出すことをちゅうちょしていました。管理職でもない一社員が声を上げたところで、すぐに何かを変えられたかどうかはわかりません。しかし、早い段階で誰かが声を上げていれば、軌道修正できた可能性はあります。多くの社員が違和感を抱えながら誰も発言しなかったら、会社は確実に崩壊に向かう。つまり、「発言しないこと」は会社の崩壊を早める行為なのだと思い至りました。
次のステージに進むタイミングで、経営学を体系的に学び直そうと修士論文のテーマを探していた際に出会ったのが「個人と組織の適合」という概念です。個人を組織の中に位置づけるのではなく、個人の価値観と組織の文化を「対等」に扱い、個人を独立した存在として扱う点に魅力を感じて研究を始めました。
その後、師事した金井壽宏先生がある日、「適合って気持ち悪いよね」とつぶやいたのを聞いて、「私が実務家時代に抱いた違和感はこれだ」と確信しました。調べてみると、ちょうど不適合の研究が出始めていた時期で、本格的に「個人と組織の不適合」を研究しようと決意しました。
個人・組織・外部環境で見る適合・不適合の5類型
個人と組織の「適合」や「不適合」はどのように定義されているのでしょうか。
適合の概念は複雑ですが、大きく「類似性」と「充足」に分類されます。類似性とは、個人と組織の属性や価値観がどの程度似ているかを示すもの。一方の充足とは、個人が求めるものを組織が供給できているか、あるいは組織が求める能力を個人が提供できているかを指します。適合度が高いほど職務満足や組織コミットメントが高まるとされ、不適合は「適合の対極にある望ましくない状態」として否定的に受け止められがちでした。
しかし、従来の適合・不適合に関する研究では、個人と組織という2者関係での議論にとどまっていました。経営学の視点から見ると、個人と組織の関係性だけで議論を完結させるのは現実的ではありません。ビジネスを取り巻く環境は常に激しく変動しているからです。そこで、「外部環境」を要素に組み込んだモデルを考案。個人と組織、そして外部環境という三つの円の重なり合いから、適合と不適合の状態を5類型に整理しました。
第1の型は、個人の価値観や特性、組織の文化や方針、外部環境のすべてが完全に重なり合っている状態です。経営戦略論や組織行動論、マーケティング論などで望ましいとされてきました。ただ、これは現実的にはほとんどあり得ません。すべての要素は常に変動しているからです。
第2の型は、個人と組織は適合しているものの、ともに外部環境から離れてしまっている状態。つまり、世間から取り残された組織と個人を指します。例えば、ビジネスで勝ち抜くためにグローバル化が求められているにもかかわらず、会社も社員も「私たちは日本市場だけで良い」と、ドメスティックな状態に安住しているケースです。社員にとって居心地は良いかもしれませんが、会社の存続という意味では極めて危険な状態と言えます。
第3の型は、組織は外部環境に適応できているけれど、個人が組織に適合できていない状態です。例えば、会社は外部環境の変化を敏感に察知してグローバル化を進めようとしているのに、社員が変わろうとしないケースです。「ジョブ型雇用を導入します」といった施策についていけず、「急に会社が変わってしまった」と不満を抱く社員がいるかもしれません。また、新卒で入社したばかりの社員も基本的にこの類型に当てはまります。
第4の型はその逆で、個人が外部環境に適応し、組織が遅れて取り残されている状態です。経営陣や直属の上司が古いドメスティックな市場しか見ていないのに対して、「なぜ世界の変化に追いつけていないのか」と違和感を抱く社員を指します。日頃の業務で顧客と接している営業担当者は世の中のトレンドの変化に気づいていても、会社がなかなか戦略を変えようとしない、といったケースが考えられます。
そして第5の型は、会社が崩壊していく過程などで見られる状態です。組織は外部環境に取り残され、個人も組織を批判するだけで自身のエンプロイアビリティ(雇用され得る能力)を上げる努力をせず、ともに泥船に乗って沈んでいくような状態です。世間から完全に取り残されており、倒産などの危機に直面しやすい最も危険な状態と言えます。
まだ研究途中ですが、この5類型における「外部環境」には、市場のトレンド以外も当てはまると考えています。例えば「倫理観」。内部通報によって企業の不祥事が発覚したケースを思い浮かべてください。企業は、社会が求める倫理観に適応できていないため不祥事を起こします。一方、内部通報した社員は、高い倫理観を持っていると言えます。つまり、第4型に当てはまるのです。
この5類型を使って考えると、自社がどういう状況に置かれているのかがわかりやすいでしょう。

山﨑さんは、不適合から「ダイナミクス」が生まれると主張されています。
この中で私が特に注目しているのは、第4型です。会社は安定志向で国内市場だけを見ている一方で、社員はグローバル化の波を正確に捉えている場合、その社員は会社に対して強い違和感を抱きます。外部環境に真剣に向き合っている優秀な個人が、組織を外部環境の方向へ引き寄せるような建設的な行動を取れば、組織全体が変わる可能性があります。これが、不適合の「ダイナミクス」です。つまり、不適合は組織を変革するチャンスでもあるのです。
また、第3型の場合でも、自身の実力不足に気づいた社員が研修を受けるなどして視座を高める行為は、個人が組織と外部環境に近寄る「ダイナミクス」と言えます。
「健全な違和感」を消す、心理的安全性の誤った解釈
個人が抱く違和感が組織変革の兆しになるのですね。企業はエンゲージメントサーベイなどを通して見える「適合度」ばかりに注目しがちではないでしょうか。
人的資本経営の流れの中で、エンゲージメントサーベイの数値を目標に掲げる企業が増えていますが、数値だけを盲信するのは危険です。エンゲージメントが高ければパフォーマンスが上がるという理論は、あくまで個人と組織の関係性の中だけの話で、「組織が常に正しい」という前提に立っています。しかし、外部環境から取り残されている組織に対して、個人が高いコミットメントを示しているとすれば、先ほどの第2型に該当し、組織の存続が危ぶまれます。
組織に対して「おかしい」と思う人が誰もいないのは、健全ではありません。エンゲージメントサーベイのスコアが高いからといって「みんなフィットしていてすばらしい」と安心してしまうことに対して、私は警鐘を鳴らしています。
また、「心理的安全性」という言葉が広く普及していますが、「居心地の良い環境をつくろう」という方向へ過度にシフトしているのではないか、とも懸念しています。心理的安全性が高い環境とは本来、「たとえ耳の痛い意見や報告でも受け止めてくれる環境」を指します。健全な議論や意見の衝突から新しい価値が生まれるのです。
しかし、単なる「居心地の良さ」や「波風を立てないこと」へと拡大解釈してしまうと、人はそこに安住し、動きが止まります。違和感を抱かなくなり、ダイナミクスが生まれない。あるいは、違和感を口にすることが「和を乱す良くないこと」と見なされてしまいます。間違った解釈の心理的安全性が広まることで、会社は重要な気づきの機会を失い、変革のチャンスを逃し、静かに外部環境から取り残されていきます。
求められる「容認」の姿勢と、外へのマインドセット
個人が組織に対して抱く違和感を生かすために、組織はどのように対応するべきでしょうか。
私のインタビュー調査から、大変興味深いことがわかりました。外部環境への適応度が高く、会社に対して違和感を持つ人たちは、表立って反発するようなことはしません。会社に適合しているように見せかけるのです。また、ある程度の役職や影響力を持たないと組織を変えられないことを理解しているため、まずは数年間、着実に実績を残そうとします。自分の「影響の輪」を広げるために、できる範囲から行動を起こし、時間をかけて組織の意識を高めていこうと努めます。
ここで、成功する組織と失敗する組織がきれいに二分されます。失敗する組織は、そういった優秀な個人が新しい提案をしたときに「うちの会社では無理だ」「諦めなさい」と否定し、つぶしてしまいます。結果として個人は燃え尽き、組織との不適合はより拡大し、最後には組織を去ります。
一方、成功する組織は、個人が「組織を外部環境に適応させようとして行う挑戦」や新しい提案をしたときに、「やってごらん」と受け入れます。過剰なサポートや大げさな称賛は必要ありません。トップダウンで何かを命令するわけでもありません。ただ個人の行動を認める、「容認」の姿勢が極めて重要です。
本来の意味での心理的安全性と、組織による容認。この二つによって個人の自律性を尊重し、「失敗してもある程度大丈夫」という環境を提供することで、組織は緩やかに、確実に改善していきます。
人事部門のマインドセットとしては、どのようなことが必要でしょうか。
人事部門は社内の規律や制度を守る立場なので、どうしても内向きになりがちです。しかしながら、人事部門こそ外部環境への適応が求められます。「外部環境が変化している中で、今の組織能力や構造、制度は本当に適切なのか」と健全な違和感を抱ける人事パーソンを育成しなければなりません。まずは人事部門のメンバーが外の世界を知るべきです。プロボノ活動への参加や、他業種の人事担当者との交流など、越境学習の機会を積極的に持って外の世界を知ることが、「うちの会社はおかしいのではないか」という健全な気づきを得るきっかけになります。
経営と人事をつなぐCHROも、常に経営の向こうにある「外部環境」を意識する必要があります。事業部出身のCHROがうまく機能するのは、社内の現場だけでなく、市場や競合他社などの外部環境を熟知しているためです。外部環境を知っているという強みを、人事全体のマインドセットに波及させていく姿勢が求められます。

不適合の先にある、個人と組織の成長
「自分は会社に合っていないかもしれない」と悩む個人は、何をすべきでしょうか。
違和感や不適合は、自身のキャリアにおける成長の機会です。「なんとなく嫌だから辞める」のではなく、「自分は何に対して違和感を抱いているのか」「どういった要素が合っていないのか」を深く自己分析し、言語化することが重要です。そして、「自分が行動すれば変えられるもの」であれば、ぜひ社内でチャレンジしてほしいと思います。自らの影響力を広げ、組織を変えようと試行錯誤する経験は、必ず大きな自信と成長につながります。
もし、全力を尽くしても変えられない、あるいは会社が容認してくれないのであれば、活躍できるフィールドは他にもあります。安定に固執せず、自分の実力や違和感を正当に評価してくれる場所を探すべきでしょう。外部環境に対する感度を持ち続けることが、キャリア自律とエンプロイアビリティの向上において最も重要です。
組織側、特に経営層や人事・管理職に関してはいかがでしょうか。
組織には、個人の違和感から発生する不適合を「組織変革のドライブ」として活用する発想を持ってほしいと願っています。組織変革はトップダウンで大きな絵を描きがちですが、現場の最前線で外部環境と接している個人の声こそ、変革の重要な糸口になります。個人の違和感に耳を傾け、個人が発言できる本当の心理的安全性を築き、「やってごらん」と容認できるマネジメント力を組織全体で養っていく。一人ひとりの声や小さな行動が連鎖することで、ボトムアップによる力強い変化が生まれます。
私たちは日常的に、「合う」「合わない」という言葉を使います。しかし、安易に「会社に合わないと離職する」と考えるべきではありません。個人と組織の不一致による葛藤は避けられませんが、ネガティブな側面ばかりではなく、不適合は「何かが起こる先行要因」なのです。不適合がもたらすダイナミクスを、個人と組織がともに成長するための動機付けへと転換し、相互に調整を繰り返す。そのプロセスの先に、変化に強い「適合状態」と、活力ある組織の未来が待っているはずです。
(取材日:2026年6月26日)
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