タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第79回】
AI時代のキャリア意思決定――急速に進化する新たな枠組み
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
田中 研之輔さん

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」を戦略的にデザインしていきます。
私たちは今、自分でキャリアを選んでいるようでありながら、同時にAIによって提示された選択肢の中で意思決定している時代を過ごしています。
Abhishek Gulatiの論文(2026) “The Science of Career Decision-Making in the Age of AI: A Rapidly Evolving Framework”は、こうした変化を踏まえ、AI時代のキャリア意思決定を再構築しようとする重要な小論です。同論文は、従来のキャリア意思決定が、経済的合理性、発達心理学、社会的文脈の組み合わせとして理解されてきたことを確認したうえで、AIの登場によってその枠組みが大きく変化していると指摘しています。特に、AIが労働需要を変化させ、情報アクセスを拡大し、人間の選択に能動的に影響するアルゴリズム的ツールを導入している点が重要です。
この論文の核心は、AI時代のキャリア意思決定には、状況に適応的で包摂的な戦略が必要だとしている点にあります。具体的には、自己理解を深めること、労働市場の変化を継続的に感知すること、定期的にキャリアを再最適化すること、そして従来の名門企業・安定職・高収入といった「威信的キャリア」だけではない多様な進路を探索することが求められています。
職業からタスクへ:AI時代のキャリア戦略
ここで押さえるべきは、AI時代には「職業」よりも「タスク」が変化する、ということです。論文では、AIは職業全体を一律に置き換えるのではなく、職業の中に含まれる特定のタスクを自動化し、別のタスクを拡張すると説明されています。
たとえば、営業という仕事がなくなるわけではありません。しかし、顧客リストの作成、提案書の初稿作成、商談記録の整理、データ分析などはAIによって大きく効率化されます。一方で、顧客との信頼形成、複雑な課題の文脈理解、感情を伴う交渉、組織内調整といった領域は、むしろ人間の価値が高まります。
ここから導かれる第一のキャリア戦略は、「職種でキャリアを考えない」ということです。これからの時代に重要なのは、「私は営業職です」「私は人事職です」「私は研究者です」という固定的な肩書きではありません。自分がどのようなタスクを担い、どのような価値を生み出し、AIとどのように協働できるかです。
同じ人事職であっても、採用オペレーションを中心に担う人と、組織開発や人的資本経営の戦略設計を担う人では、AIによる影響は異なります。同じ研究者であっても、文献整理やデータ処理に多くの時間を使う人と、独自の理論構築や社会実装に力を注ぐ人とでは、AIとの関係性が変わります。したがって、AI時代のキャリア戦略では、自分の仕事を職種ではなく、タスクの束として分解して捉える必要があります。
第二に重要なのは、スキルの寿命が短くなっているという認識です。論文では、AI時代には技術的スキルだけでなく、移転可能なスキルへの需要も急速に変化すると指摘しています。そのため、一度学んだ知識や資格だけでキャリアを維持することは難しくなります。これからのキャリアの安定性は、特定のスキルを持っていることではなく、新しいスキルを学び続けられることによって支えられます。
ここで必要になるのが、「スキル・スタッキング」という考え方です。一つの専門性だけで勝負するのではなく、複数のスキルを組み合わせることで独自性を高める戦略です。たとえば、キャリア理論にAIリテラシーを掛け合わせる。人事実務にデータ分析を掛け合わせる。教育にUXデザインを掛け合わせる。営業に心理学とコンテンツ発信を掛け合わせる。このように、複数の領域を重ねることで、AIに代替されにくい独自の価値が生まれます。
第三に、情報過多の時代における意思決定力が問われます。現代の個人は、かつてないほど多くのキャリア情報にアクセスできます。求人サイト、年収データ、SNS、オンライン講座、AIによるキャリア診断、転職口コミ、業界レポートなど、情報は無限にあります。ただし、情報が増えれば増えるほど、意思決定が容易になるわけではありません。むしろ、選択肢が多すぎることによって、不安が増し、判断が遅れ、自己理解が揺らぐこともあります。
論文でも、情報量の増大は有益である一方、適切に編集されなければ不安を高め、意思決定の質を下げる可能性があると指摘しています。ここで重要なのは、情報収集力ではなく「情報編集力」です。何を知るか以上に、何を見ないか、何を基準に判断するか、どの情報を自分の意思決定に組み込むかが重要です。
第四に、アルゴリズムに媒介されたキャリア意思決定への自覚が必要です。論文では、採用、教育、専門職ネットワークにおける推薦エンジンが、人々に見える選択肢を形づくっていると述べています。これは非常に重要な指摘です。なぜなら、私たちは自分で自由に選んでいるつもりでも、実際にはアルゴリズムによって表示された情報の範囲内で選択している可能性があるからです。
たとえば、転職サイトが提示する求人、SNSで流れてくるキャリア情報、AI診断が勧める職業、学習プラットフォームが提示する講座は、すべて何らかのアルゴリズムによって選別されています。そこには効率性がある一方で、既存の偏りを強化するリスクもあります。過去のデータに基づいて未来を推薦するAIは、過去に存在した不平等や偏見を再生産する可能性があるからです。
したがって、AI時代のキャリア戦略では、「AIを使う力」と同時に「AIを疑う力」が必要です。AIの提案を受け入れるだけではなく、その前提を問い直すことが大切です。なぜこの選択肢が表示されたのか。なぜこの仕事が勧められたのか。表示されていない選択肢には何があるのか。こうした問いを持つことが、キャリアの主体性を守ることにつながります。

具体的な行動指針:五段階の適応サイクル
では、AI時代において、私たちは具体的にどのようなキャリア戦略を取るべきなのでしょうか。論文では、五段階の適応サイクルを提示しています。自己モデリング、市場感知、選択肢の試作、意思決定とコミットメント、そしてレビューと再最適化です。
第一段階は、自己モデリング。従来の自己分析よりも動的な概念で、自分の興味、価値観、強み、制約、リスク許容度を把握することです。重要なのは、自己理解を固定的に捉えないこと。自分は何者かという問いに、永遠に変わらない答えを出す必要はありません。むしろ、今の自分は何に関心があり、どのような環境で力を発揮し、何に違和感を覚えているのかを継続的に観察することが重要です。
第二段階は、市場感知です。AI時代には、自分の内面だけを見ていてもキャリア戦略は成り立ちません。労働市場の変化、新しい職種の登場、地域や業界ごとの需要の変化、技術の進展を継続的に把握する必要があります。ここで大切なのは、流行に振り回されないこと。市場の変化を見ながら、自分の価値観や強みと接続できる領域を見極めることが重要です。
第三段階は、選択肢の試作です。AI時代のキャリア戦略において特に重要です。論文では、プロジェクト、インターンシップ、マイクロ資格、情報収集型インタビュー、フリーランス、徒弟的学習、コミュニティ活動などを通じて、低コストで進路を試すことが提案されています。いきなり大きな転職や独立をするのではなく、小さく試して学ぶという発想です。この「小さく試す」という考え方は、これからのキャリア戦略の中核になります。未来が不確実な時代には、頭の中で考え続けても正解は見つからないからです。実際にやってみることで、自分に合うかどうか、成長できるかどうか、意味を感じられるかどうかが見えてきます。
第四段階は、意思決定とコミットメントです。試したうえで、自分なりの基準に基づき、方向性を選びます。ここでの基準は、適合性、成長可能性、収入、柔軟性、意味です。大切なのは、世間的な正解ではなく、自分にとっての納得解をつくることです。
第五段階は、レビューと再最適化です。これがAI時代のキャリア戦略における最大のポイントです。キャリアの意思決定は、一度行って終わりではありません。技術も市場も自分自身の価値観も変化します。そのため、一定の間隔でキャリアを見直し、必要に応じて修正することが求められます。論文では、キャリア選択を一回限りの不可逆的な決定ではなく、反復的なプロセスとして捉え直す必要があると述べています。これは非常に大きな転換です。これまでのキャリア教育は、「よい選択をする」ことに重点を置いてきました。しかし、これからのキャリア教育は、「選択を更新し続ける力」を育てる必要があります。
AIと共に歩むキャリア・イマジネーション
最後に、AI時代のキャリア戦略を一言で表すなら、それは「キャリア・イマジネーションの拡張」です。論文は、これからの課題は単なるエンプロイアビリティではなく、人々が多様な進路を見つけ、評価し、自信と主体性を持って追求できるようにすることだと述べています。
これは、非常に重要な視点です。AI時代に必要なのは、雇われ続ける力だけではありません。自分の可能性を想像し、組み合わせ、試し、更新していく力も必要です。キャリアとは、既存の選択肢から正解を選ぶものではなく、自ら可能性を広げていく営みなのです。
AI時代のキャリアにおいて、正解は外側にはありません。AIが提示する選択肢の中にも、企業が用意するキャリアパスの中にも、社会が称賛する成功モデルの中にも、唯一の正解はありません。必要なのは、変化する環境の中で、自分の価値観を手放さず、学び続け、試し続け、意味を更新し続ける力です。
つまり本当に問われているのは、AIに代替されない仕事を探すことではなく、AIとともに、自分自身の可能性をどう広げていくかです。技術が進化する時代だからこそ、人間には、意味をつくる力、関係性を築く力、学び続ける力が求められます。この力こそが、これからのキャリア戦略の中心です。そしてそれは、まさにプロティアン・キャリアが示してきた、自律的で、価値観に基づき、変化に開かれた生き方そのものなのです。
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- 田中 研之輔氏
- 法政大学 キャリアデザイン学部 教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/株式会社 キャリアナレッジ 代表取締役
たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC.Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD東京大学。社外取締役・社外顧問を36社歴任。個人投資家。著書39冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。主著『プロティアン』、新作『グロースマネジャー』、最新作『キャリア・エンゲージメント』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。
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