2010年新卒採用に向けて~「年間採用計画」の策定をどう行うか
解説:福田敦之(HRMプランナー/株式会社アール・ティー・エフ代表取締役)
空前の「売り手市場」が続く中、企業の新卒採用は厳しい状態が続いている。このような状況下において、企業が限られた予算・スタッフで「成果」を得るためには、独自の採用コンセプトを明確に持つことや、年間を通した一貫性のある活動が欠かせない。そう、「年間採用計画」の策定である。ところが、実際には的確に行われていないケースが少なくない。2010年新卒採用がスタートするこの時期、採用計画をいかに立案していけばいいのか、そのポイントを整理してみた。
「新卒」を取り巻く求人環境
就職希望者数はバブル期を超える水準。求人倍率は昨年と同じ2.14倍に
まず、最近の新卒を取り巻く求人環境を押さえておくことにしよう。リクルートワークス研究所では1984年より毎年、大卒求人倍率を算出している。今年4月22日には、2009年3月卒者を対象とした結果を発表した。
それによると、2009年3月卒業予定の大学生・大学院生を対象とする全国の民間企業の求人総数は、昨年より1.5万人増加(+1.7%)の94.8万人となり、昨年に引き続きバブル採用時を上回って、調査開始以来最高水準を更新している。一方、学生の民間企業就職希望者数は44.3万人(+0.7万人、+1.5%)。その結果、需給バランスを示す「求人倍率」は昨年と同水準の2.14倍となった。
従業員1000人未満の企業では、厳しい採用環境が続く
ただし、従業員規模別に見ると、様相はだいぶ異なる。1000人未満の企業の求人総数は73.9万人と、昨年の73.0万人より約1.0万人増加(+1.3%)。民間企業就職希望者数は17.4万人と、昨年とほぼ同水準(+600人、+0.3%)である。求人倍率は昨年より0.04ポイント上昇の4.26倍となった。それに対して、1000人以上の企業の求人総数は20.9万人と、昨年の20.3万人より0.6万人の増加(+2.9%)。民間企業就職希望者数は26.9万人となり、昨年より0.6万人の増加(+2.3%)。求人倍率は昨年と同水準の0.77倍である。4.26倍に対して0.77倍と、従業員の規模によって大きな開きが出ている。昨今の求人難も、1000人未満の企業においては極めて顕著な傾向であるということがよく分かる。
加えて、民間企業就職希望者は1000人以上の企業に偏っており、学生の「大企業志向」は相変わらずだ。1000人未満の企業の採用環境は、昨年よりも厳しい状況になると予測されている。
経営の先行きには不透明さが感じられるものの、こと新卒に関しては、将来を見越した人材確保が重要課題と認識されており、採用数増加の傾向が著しくなっている。若年労働力人口の減少を見越した企業の採用意欲は依然として旺盛と言えよう。いずれにしても、企業側にとっては厳しい採用環境が続いていることに間違いない。
採用の成否を決める根本的な事項は何か
と同時に、採用の数と質における充足度で、企業間における格差が出てきているのも近年の特徴のように思う。それは単に採用における「ブランド力」によるものだけではない。何より会社全体で採用に対する力の入れ方、すなわち全社的な協力体制が取れている企業とそうでない企業とで、採用の成果に大きな差が出ているのだ。
そのためにも今年度の「採用結果」を振り返り、その作業を踏まえた上で来年度の採用をどのように行っていくか、つまり「年間採用計画」を的確に策定できるかどうかが、極めて重要になってくる。
まずは、「採用結果」の振り返りから
今年度の「採用結果」をどう振り返るか
年間採用計画を立案するためには、自社の置かれている状況や環境を正しく理解することから始まる。まずは現状を認識し、今年度の実績や活動状況を振り返ると共に、その結果を次のアクションへと反映させることが大切である。ここでは、「現状認識」と「採用結果の振り返り」を行う際のチェックポイントについて、整理してみた。
1.「現状認識」のためのチェックポイント
(1)採用を取り巻く社会環境・学生の動向
採用活動は、自社だけの都合で展開できるわけではない。雇用動向に直接的に影響を与える国内景気の動向が採用需要を大きく支配し、採用の難易度に影響してくる。特に、各企業が属している業界の状況に目を配り、情報収集・分析を行っていく。
さらにターゲットとする学生マーケットの現状、そして最近の学生の価値観や志向を理解することも重要である。若手社員から情報を入手したり、学生と接触したりする機会を意識的に設け、彼らから直接話を聞くことを心がけよう。
(2)競合他社の採用動向
自社と競合することの多い他社や業種の採用動向を把握することも重要だ。仮に、マクロ的に採用環境は改善されているという結果があっても、個別に見ていくと必ずしもそうではない。むしろ現在では、個々の企業や業界の採用動向がマーケットに大きく影響を及ぼすことが多い。そのためにも、競合他社の分析は必須である。賃金、採用人数、ターゲットのバッティング状況など、比較検討できる「採用指標」を設定し、分析を進めていく。
(3)自社の採用力(採用ブランド)
企業の持つ採用力(採用ブランド)によって、採用の難易度は大きく変わっていく。一般的に採用の成果は、「採用力(採用ブランド)×採用活動」に関係してくる。それには、自社の「採用力(採用ブランド)」がどの程度なのか、マーケットでどういうイメージが形成されているのか、強み・弱みな何なのか、競合他社と比べてどうなのか、といった点を把握しておくことが重要である。
2.「採用結果の振り返り」のためのチェックポイント
(1)採用実績
今年度の採用実績を振り返ることは、この時期、最も重要な事項である。採用実績はどの程度で、採用目標に対する達成率はどの程度であったかを、給源別に時系列によって把握することにより、来年度の無理のない実現可能な採用数の設定ができる。
ただし、来年度に関して、今までの延長線上の採用から脱皮したいのであれば、必ずしもこれまでの実績にこだわることはない。また、厳選採用が続いている中では、「質」に対する確認も必要である。「採用基準」に照らし合わせてどうだったのか、あるいは部門別、職種別採用を行っている場合には、その観点からどうなのかをチェックしていく。
(2)採用活動スケジュールとその内容
年々、採用活動が早期化している。加えて長期化の傾向が顕著となり、大卒採用は年間を通した活動が当たり前となってきている。従来からの採用スケジュールにこだわっていては、採用目標が確保できるとは限らない。状況に応じた、柔軟なスケジューリングが不可欠なのだ。そのためにも、以下のような視点で今年度の採用活動を振り返ってみることである。
- HPへのアクセス状況はどうだったか。その後の反応はどうだったか
- 学生へのメールのタイミングはどうだったか。その返信率はどうだったか
- 就職サイトやメディアの利用時期、出稿時期、コンテンツは適切だったか。それに対する学生の反応はどうだったか
- 会社説明会・セミナー、合同説明会の開催時期やその回数、そしてその開催場所は学生のニーズや動きとマッチしていたか。学生をどれぐらい動員できたか
- 内定のタイミングは適切だったか。内定フォローは十分にできたか。その結果、「内定歩留まり率」はどのように改善、向上したか
上記のような内容について、採用活動をそれぞれ段階別(母集団形成段階、応募拡大段階、内定出し・内定管理段階、内定フォロー段階)に区分した上、各々の活動に関わる情報提供、イベント、施策の内容とその結果を整理・把握していく。これらの活動実績や競合他社との違いを、学生の全体的な動きや各企業の動きなどと比較することにより、問題点や反省点を抽出し、来年度に取り組む採用課題として盛り込んでおく。
(3)採用体制
現在、採用に関わるスタッフの削減が多くなっているようだが、採用スタッフが十分でなくても独自の採用システムや仕組みの中で、採用活動を実のあるものとしている企業も少なくない。そのためには、採用体制が十分であったかどうかを、以下のような視点でチェックし、不十分であれば、それを改善するようにしていきたい。
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採用スタッフ構成
人数は十分だったか。責任者と実務担当者は十分機能できたか。負担になっていたことはあるか -
採用担当者(リクルーター)の選出
採用担当者(リクルーター)の「質」「数」に問題はなかったか。リクルーターへの事前の教育・指導ができていたか -
全社一丸体制となっているか
部門長、店長など、拠点ごとの責任者が採用責任者となっているか。全社的に情報伝達・共有するための体制・システムができていたか -
学生との接触度合い
タイミングよく学生と接触するなど、十分なフォローができたか。そのためのバックアップ体制ができていたか -
イベント消化度合い
数あるイベントを、目的別にうまくこなせたか。運営上でのミス・トラブルはなかったか
(4)採用経費
新卒採用にはそれなりの費用がかかるが、どの程度の費用をかければどのくらいの人数を採用できる、といった方程式があるわけではない。ただし、厳選採用だからといって、採用経費を抑えれば、採用に必要な母集団を形成することが難しくなってしまう。
その意味からも、過去からの実績を費目ごとにチェックしておくことで、ある程度の推測も可能となってくる。具体的には以下のような費目において、実績と当初予算との差額を比較検討することにより、今後の採用経費計画へとつなげていくことができる。
- 就職サイトへの出稿
- DM・ツール制作とその発送
- 会社説明会・セミナーなどのイベント開催費用
- 内定管理、内定フォローのための諸費用(通信教育、懇談会など)
- 接待交際費(大学就職部や担当教授、学生など)
(5)事前準備活動
採用活動をスムーズに進められるよう、必要に応じて事前準備を行っておくことが大切である。もちろん事前準備は各社各様だが、以下の項目については必須と思われる。
- 就職サイトへの出稿
- 採用ツール類(パンフレット、DM、会社案内、HPなど)の制作
- 上記ツール類に明記しておくための「初任給」や「年間所定内休日日数」など、採用に重大な影響を与える労働条件項目
- 採用担当者(リクルーター)の事前研修
ここまで述べてきたような「採用結果」を振り返るためのチェックシートを作成した。詳しくは下記のPDFデータを参照して欲しい。自社の状況を分析するための参考にしてもらえれば幸いである。
「年間採用計画」の策定方法
年間を通した一環性のある活動が、実のある「成果」を生む
採用活動とは、何も選考の場面ばかりが重要なのではない。何より、採用選考に手応えを感じるためには、良質な応募者が確保されている必要がある。また、採用選考の結果、納得のいく採用ができたとしても、その後のフォローがまずくて内定辞退になれば、それまでの努力が水泡に帰してしまう。ここで忘れてはならないのは、年間を通した一環性のある活動が、実のある「成果」を生むということ。以下、新卒の採用活動を大きく5つの時期に分け、そのポイントを整理してみた。
1.採用活動準備期
経営や現状を知ることで、「求める人物像」や「活動の指針」が決まる
採用活動の拠って立つ基盤がしっかりとある会社と、そうでない会社とでは後々の採用結果に大きな差が出てくる。「なぜ採用するのか」「何のために採用するのか」「どんな学生を採用するのか」など、採用の必然性が明らかになれば、取るべき行動や必要な活動の指針は自ずと決まってくる。
思うに、新たに人材を採用するということは、企業における経営要素を凝縮させることではないだろうか。実際問題として、事業計画とその展開、市場戦略などとの連動や整合性、従業員の労働付加など、採用を決定するには実に多くの要素が不可欠となる。
「採用は科学」である
最終的な経営者の“鶴の一声”で、採用の規模・方針が決定されることがある。情報が最も多く集まっているのは経営者であり、経営者の判断は多くの場合、そうした要素を経験的に踏まえたものであろう。
しかし、ある経営学者が言ったように「経営は科学」である。ならば、「採用も科学」であるはず。その意味でも、企業を取り巻く状況を客観視するためには、一定レベルの点検作業や情報の汲み上げといった科学的アプローチは必要不可欠である。こうした作業を行う中で、自社に必要な「人物像」が明確となっていき、採用活動の方向性が浮かび上がってくる。
2.応募者の拡大期
「応募マネジメント」で、必要な学生に絞る流れに持っていく
極端なことを言えば、10人の採用に対して10人の応募があれば事は足りるかもしれない。しかし、必ずしも応募してきた10人は会社が必要とする学生とは限らない。だからこそ、多くの応募集団を集め、その中から最も自社に相応しい人材を見極めていくことが、優秀な人材確保の原則となってくる。
ただし、学生の応募が単に多ければいいという問題ではない。会社が求める人物像とのギャップの大きい応募者が多くなっては、採用にかけるエネルギーは膨大となる。また、“滑り止め”や“様子見”として応募する学生も少なくない中、こうした学生をいたずらに多く集めても、それは決して採用の「質」の向上につながることにならない。
そのためにも、ある程度絞り込まれた採用ターゲットを多く集める仕掛けや、リクルーティング上の工夫が欠かせない。例えば、共感度の高いメッセージや双方向型のコミュニケーションツールを駆使し、自社への就職を意気に感じる応募者を多く集めるといったこと。要は、応募者と求める人物像とのミスマッチをなくす応募集団の形成がより大切なのだ。
「リクルーター」を通じて好意度、共感の増大を
また、ネットでの採用コミュニケーションだけではなく、折あるごとに学生との接触を図り、学生の理解と共感を高め、納得感を植え付けながら採用へとこぎつける必要がある。この時期、こうした採用活動の成否を握るのが「リクルーター」の存在だ。
昨今、採用部門では専従者が少なくなっており、他の業務との兼務といったケースが珍しくない。少ない陣容の中、採用活動のピーク時に他部門からの応援なくして、十分な対応はできないだろう。要員計画や採用計画などの“青写真”段階では通常業務のスタッフの範囲で可能かもしれないが、実際の採用活動が始まった際には、他部門からのリクルーターの応援がぜひとも必要である。
例えば、以下のようなケースで応援リクルーターに協力を仰ぎ、全社的な採用体制を確立していく。
(1)求人依頼・学校訪問
経営者、卒業生を中心に、積極的に訪問していきたい。訪問も単発でなく、さまざまな場面・行事などを利用し、波状的に攻勢をかけるのが効果的である。
(2)求人PR・広報
就職サイトへの出稿、採用ツールを作成する際にも、最近の入社者や若手社員の意見を取り入れて、リクルーターとしての事前教育の意味も含め、あらかじめ採用プロジェクトに参加させておくようにする。
(3)業界セミナー・会社説明会
全社的な活動であるという認識を持ってもらうためにも、運営スタッフや先輩社員としての講師役などの役割を担ってもらう。
(4)会社訪問対応
この時のリクルーターの対応による「好感度」の促進が、学生の会社絞り込みに大きく影響する。実際、学生の訪問は特定時期に集中するため、それなりの人員を必要とする。この他、選考や内定フォローなどでも、協力を仰ぐことが効果的である。
3.好意度の増進期
「経営者」の熱い思い・アプローチが、学生を変える
採用目標を達成する上で、「経営者」の存在は大きい。特に中堅・中小企業ではそう。何より、経営者の関与が片手間では、採用成果がそのレベルを超えることはできない。経営者自身が仕事の柱として、最優先業務の1つに据えるぐらいの姿勢を持たないと、その情熱は学生に伝わってこない。
もちろん、経営者が採用活動の全てに関わることは時間的に難しい。だからこそ、“ダイレクトなコミュニケーション”を取るような機会では、経営者自身が関わることが望ましい。というのも、学生の会社に対する好意というのは、経営者に対する好意とイコールの関係であることが少なくないからだ。
また、経営者が難しい場合は、ロールモデルとなる人物を用意し、学生に対するメッセージを熱く語ってもらうというアプローチも用意しておく。
4.選考・内定期
「大学名」に惑わされない
売り手市場だからといって、全ての学生が大企業やブランド企業を志向しているわけではない。近年、学生の企業を見る目は多様化している。何よりも自己実現、成長を促してくれる場を提供してくれる企業に対する思いが強い。その意味で考えれば、中堅・中小企業にとって現在は、優秀な学生を獲得するチャンスだといえる。
ただその結果、いきおい「入学偏差値」の高い学生に目が行きがちな傾向があるように思う。実際、彼らは優秀であることは多いが、それが全てではない。逆に、その陰で本当にやる気のある学生が切り捨てられることになってしまっては、その企業が失ったものはあまりにも大きい。
大学入学時の成績が、必ずしも入社後の成績と相関性がないのは、実感として感じている方も少なくないのではないか。結局、採用では採用する側の「眼力」が、まさに問われてくる。だからこそ、求める人物像を明確にし、それを判断する基準を全社的に共有していくことが大切なのである。
採否を判定したら、なるべく早く学生にその意思を伝える
採否の結果は、速やかに学生に伝えること。というのも、受験してから内定の通知までの間、学生は非常に不安な状態が続くからだ。それなりの“感触”を得ていたとしても、学生は不安から他社に並行して応募していく。採用の意思を確認できないと、たとえ本命企業であったとしても、他社を受験する学生は非常に多い。実際、採用の意思がありながらも、それを明確にしなかったために、学生が他社への入社を決めてしてしまったというケースをよく聞く。採否を判定したら、なるべく早く学生にその意思を伝えていこう。
「メール」「電話」や「口頭」で伝え、後に正式に「文書」を送る
内定を伝える方法には、「面談の中で伝える」「メールで伝える」「電話で伝える」「文書で伝える」といった方法がある。「メール」「電話」や「口頭」でその意思を速やかに伝え、後に正式な「文書(採用内定通知書)」で伝えていく。
5.内定フォロー期以降
採用活動の全ての段階で関わってくる
やっと内定までこぎつけても、最後に辞退されてしまっては、これまでの苦労が水の泡となってしまう。覚えておいてほしいのは、内定を辞退する学生はある日突然その会社が嫌になったのではないということ。その多くは「この会社で本当によかったのだろうか?」という漠然とした不安を抱えていたことによるケースがほとんどなのだ。
そう考えると、内定フォローというのは、実は採用活動の全ての段階で関わってくると言える。もちろん、内定通知の方法や内定承諾書の渡し方、取り付け方法などでも歩留まりに差が出てくるのは間違いない。結局はこのような段階も含めて、採用におけるいずれの局面でも手間をかけて行うことが肝心なのである。そしてそれは、この後の内定者教育はもちろんのこと、受け入れ準備、入社式、入社後の教育、OJTなどでも大きく関わってくることを忘れてはならない。
なお、「年間採用計画」を策定するためのチェックシートを用意した。詳しくは下記のPDFデータを参照の上、採用活動における重要課題を再確認して欲しい。
継続は力なり。手を抜かないように
詰まるところ、採用活動は1年間の積み重ねである。途中で手を抜くと、それがもろに結果へと出てしまう。と同時に、採用活動は確固たる人材観をベースに年間を通して考え、行動するものである。それぞれの時期ごとに一環した活動が有機的に結び付いてこそ、質量共に満足できる採用が初めて可能となるのだ。
まさに、「継続は力なり」。採用では、特にそう感じる次第である。