「男性学」が読み解く「働く男のしんどさ」とは?
働き方の変革は、企業にとっての「リスクヘッジ」
武蔵大学社会学部助教
田中俊之さん
働き方の見直しは「メリット」をもたらすというより「リスクヘッジ」になる
男性の働き方を抜本的に見直すことは、企業に何かメリットをもたらすのでしょうか。
例えばワークライフバランスを推進するロジックとして、「企業の生産性が上がる」という言説をよく聞きますが、真偽はともかく、議論をそちらの方向へ引っ張っていくのはおかしいと僕は思っています。企業が社員の働き方を見直したり、多様性を認めたりすることは、要するに企業の社会的責任の問題であり、もうかる、もうからないとは別の次元の話です。目に見えるメリットやインセンティブがなくても、企業の責任として早急に進めなければなりません。そうしないと、日本の社会がもう持ちません。大げさでなく、僕はそこまで来ていると思っています。
「企業あっての社会、企業が経済を支えているから日本は豊かなんだ」と言う人がいますが、それは古い価値観です。確かに今の日本の礎はそうかもしれませんが、少子化の現状ひとつを見ても、その構造が永久に続くとはとても思えない。今後は、社会あっての企業なんです。だから利潤を優先して、社会や人をないがしろにしていては、企業はメリットどころか、大きなリスクを抱えこむことになりかねません。たとえば社員の過労死に伴う訴訟リスクは、今後ますます高まるでしょう。その意味で、男性の働き方の見直しは企業にとって有効なリスクヘッジになりえます。企業に何かインセンティブがあるのかと問われれば、そこかもしれませんね。
ありがとうございました。では、改めて日本の企業、ならびに働く男性に向けてメッセージをお願いします。
企業もリスキーですが、男性一人で家計の責任を背負うという、これまでの個人の生き方や働き方も相当リスキーだったわけです。しかもそうした「男性稼ぎ手モデル」が危険だという議論は、ここ20年の間に少なくとも2回浮上しています。1回目は冒頭で触れたとおり、80年代後半に過労死がクローズアップされたタイミングです。2回目は90年代後半から2000年代前半にかけて。大規模なリストラが相次ぎ、新聞各紙もサラリーマンの生き方を問い直す特集記事を組みました。それでも、問題が正面から受け止められることはなく、いつの間にかうやむやになってしまった。当然、状況は悪くなる一方です。
もう、ごまかしは利きません。男性の働き方を根本的に見直すという議論を、そろそろまともにやりましょう! 世代や立場は違っても、お互いに本当の意味でのプライドを持って向き合えば、決して価値観の異なる相手をさげすんだり、見くだしたりせず、建設的な議論ができるはずです。大切なのは、とにかく問題に正面から取り組むこと。それが男性学の研究者として、読者の皆さんに伝えたいメッセージです。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。