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HR調査・研究 厳選記事 掲載日:2025/12/04

AI効率化の落とし穴と社員満足の鍵

第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 主席研究員 テクノロジーリサーチャー柏村 祐氏

   

AI効率化の落とし穴と社員満足の鍵

1. 効率化したのに社員が不満?その理由とは

今、多くの企業でAIの導入が進んでいる。資料作成、データ分析、お客様対応などでAIが活用され、作業効率は確実に向上している。経営陣の多くがコスト削減と業務効率化に期待を寄せる一方で、現場では思わぬ問題が起きている。

具体例で考えてみよう。AIを使って8時間かかっていた仕事が6時間で終わるようになったとする。浮いた2時間は社員の自由時間になるだろうか。残念ながら、多くの会社では「時間が空いたなら、この仕事もお願いします」と新しい業務が追加されるのが現実である。結果として、労働時間は変わらず、むしろ仕事量が増えて業務密度が高くなる。これでは社員のやる気が下がってしまい、AI導入本来の目的である「より価値の高い仕事への転換、余暇時間の創出によるワークライフバランスの向上」が実現できない。

本レポートでは、AI活用で業務効率化が進む中、社員の労働時間や仕事量がどう変化するのか、そして会社は効率化で生まれた時間をどう活用すべきかを考える。実際の研究データを使ってAIの効果を客観的に示した上で、この「効率化の落とし穴」を避け、AIと人間がWin-Winの関係を築くための組織運営のコツを考える。

2.AIは本当に生産性を上げるのか?

スタンフォード大学とマサチューセッツ工科大学が共同で行った大規模調査「GENERATIVE AI AT WORK」(2025年発表)では、実際の企業でAIによる効果がどれほどあるかを調べた。調査対象は、Fortune 500企業のソフトウェア会社のお客様サポート部門で働く約5,000人の社員である。約5ヶ月間にわたってAI導入の効果を追跡した。

(1)導入直後から効果が出てしかも長続きする

まず驚いたのは、AIの効果がすぐに現れることである。AI導入前と後で「1時間に解決できる問い合わせ件数」を比較したところ、導入直後から明らかに件数が増加し、5ヶ月間の観察期間を通じて効果が続いた。

(2)新人や若手社員ほど大きな効果を実感

特に興味深いのは、AIの恩恵を受ける人に偏りがあることである。社員をスキルレベルで5つのグループに分けて分析したところ、最もスキルの低いグループでは1時間あたりの処理件数が0.5件以上増加した。中程度のスキルの社員でも0.3件程度の増加が見られた。

一方、最もスキルの高いベテラン社員では、統計的に意味のある向上は見られなかった。これは、AIが特に経験の浅い社員や新人にとって強力な武器になる一方、すでに高いスキルを持つベテランには限定的な効果しかないことを示している。

(3)新人の成長スピードが驚くほど早くなる

最も驚く結果が、新人の成長スピードである。AIを使わない新人が一定の成果レベル(研究では「2.5」というレベル)に到達するには約10ヶ月を要した。ところが、入社当初からAIを使う新人は、わずか約2ヶ月で同じレベルに達したのである。さらに、入社後4ヶ月間はAIを使わずに働き、5ヶ月目からAIを使い始めた社員グループは、AI導入前は他の新人と同じペースで成長していたが、AI利用開始後は明らかに成長が加速した。

この結果から分かるのは、AIが単なる「作業を早くするツール」を超えて、「社内のスキル格差を縮める装置」として機能する可能性があることである。AIによって社員全体のレベルアップが可能になれば、組織全体の力が大幅に向上することが期待される。

3.社員のやる気を保つための3つの仕組み

新人や若手社員の能力をベテラン並みに引き上げる効果は、人手不足に悩む企業にとって非常に魅力的である。しかし、ここで人間心理の問題がある。もしAIで効率化した結果が昇進や昇給につながらず、単に「追加の仕事」として返ってくるだけなら、社員はどう行動するだろうか。おそらく多くの人は「効率化しても損するだけ」と学習し、わざとAIを使わなかったり、効率化できた事実を隠したりするだろう。この「効率化の落とし穴」を避けるには、技術導入と同時に、人を大切にする仕組み作りが欠かせない。

(1)成果を社員にしっかり還元する

そのためには、まず効率化で生まれた利益を社員に公平に分配する仕組みが必要である。たとえば、AI活用による効率化を数字で測り、その成果の一部を四半期ボーナスや年次昇給に反映させることで、社員は効率化への意欲を維持できる。また、週休3日制の試験導入や在宅勤務日数の増加など、働きやすさの向上も重要な見返りになる。

大切なのは、「効率化すれば、自分たちにもちゃんとメリットがある」と社員が実感できることである。

(2)ベテラン社員には新しい役割と評価基準を

AI導入で定型業務から解放されたベテラン社員には、新しい役割と評価の仕方を示す必要がある。従来の「処理件数重視」の評価から、「問題解決の質」「後輩指導の成果」「AI改善への貢献度」といった新しい評価軸に変えていくことが求められる。

複雑な問題の解決、後輩の育成、AIツール自体を改善するためのアドバイスなど、より創造的で価値の高い仕事への転換を促し、その貢献をきちんと評価する制度が必要である。

(3)働きやすさの改善を積極的にアピール

経営陣は、AIがもたらす「働きやすさの向上」を積極的に社員に伝えるべきである。「AI導入前後での残業時間の変化」「仕事への満足度」「創造的な業務にかける時間の割合」などを定期的に測定し、改善状況を全社員に透明性を持って報告することが求められる。

これにより、AIは人の仕事を奪うものではなく、仕事をより人間らしいものにする「頼れる相棒」だという認識を広めることができる。

AI導入で最も大切なのは、技術そのものよりも「人への配慮」である。特に、コールセンターや事務処理など、成果を数字で測りやすい職場では、効率化の成果を給与や労働時間の改善に反映させることは比較的簡単である。実際、今回紹介した海外の研究も、こうしたお客様サポート部門での事例であった。

ただし、すべての職場がこのようにうまくいくわけではない。企画部門や研究開発では創造性や判断力が重要で、効率化の効果を数字で測ることが難しい。病院では患者さんの命が最優先で、効率だけでは測れない安全性やケアの質が重視される。また、従業員が数人から数十人の中小企業では、大企業のような詳細な人事制度を導入すること自体が現実的でないケースもある。それでも、どんな職場でもそれぞれの職場に合った形で「AIで楽になった分、社員にもメリットがある」と実感してもらうことは可能である。

AIの時代だからこそ、人を大切にする会社が最終的に勝ち残るのである。

株式会社 第一生命経済研究所

第一生命経済研究所は、第一生命グループの総合シンクタンクです。社名に冠する経済分野にとどまらず、金融・財政、保険・年金・社会保障から、家族・就労・消費などライフデザインに関することまで、さまざまな分野を研究領域としています。生保系シンクタンクとしての特長を生かし、長期的な視野に立って、お客さまの今と未来に寄り添う羅針盤となるよう情報発信を行っています。
https://www.dlri.co.jp

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