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編集部注目レポート掲載日:2006/06/12

《論談時評》第3回 貧富の差はどこまで広がった?「格差社会」を読み解く

バブル期に拡大していった所得分配の不平等

経済学の分野で、いち早く日本社会の「格差拡大」を指摘したのは、京都大学大学院経済学研究科教授の橘木俊詔氏である。橘木氏は1998年の著著『日本の経済格差』(岩波新書)の第一章冒頭で、執筆の動機を次のように書いている。

「わが国は平等社会であるとされ、それを誇りにしてきた。(中略)欧米諸国と比較して所得分配は平等性が高いし、貧富の格差はさほどないと信じられてきた。しかも多くの日本人が、自分は中流階級にいると感じることができている。本書の一つの目的は、その神話が崩れつつあることと、分野によっては平等の事実までが既に崩れてしまったことを、広い視野に基づきながらまず経済的に明らかにすることである」

ここでも、「平等」は「神話」とされ、絶対的な事実だとは書かれていない。重要なのは、事実よりも、むしろ、神話のほうなのだ。

経済学的に格差を論じようとする場合、一般的に「ジニ係数」が用いられる。ジニ係数とは、所得分配の不平等度を示す指標で、0から1の間で示される。0に近いほど平等度が高く、1に近いほど不平等度が高い。

橘木氏は総務庁の家計調査を基にしてジニ係数をはじき出し、次のような事実を明らかにしている。

「1960年代の高度成長期の時期に(ジニ係数は急速に下がり:筆者注=以下同)、所得分配が相当平等化した。1973年~95年のオイル・ショック時にやや不平等化するがすぐに持ち直した後、ほぼ10年くらい(ジニ係数は)安定した動きをしていた。ところが1980年代後期のバブル期になって(ジニ係数は再び上昇し)不平等化に向かうのである」

バブル期になぜ、不平等化が進んだのか。原因は、土地や建物など不動産の価値が上昇したことにある。資産を「持つ者」と「持たない者」の格差は、この時期に急速に拡大した。現在、多くの人が感じる格差の根っこも、実はここにある。

バブル崩壊によって、土地保有による資産格差は縮小した。しかし、バブル期に得をした人とそうでない人との格差は、その後も、金融資産保有額の差などに変わって持ち越される。さらに、バブル崩壊で資産価値が目減りしたとしても、少子化で一人あたりの相続額は大きくなる。賃金所得の伸びがかつてほど期待できないとすれば、親から資産を譲り受けることができる人とできない人の差は、個人が得られる生涯所得に、大きな影響を及ぼすことにもなる。

高収入の女性は高収入の男性と結婚し働き続ける

ただし、単にジニ係数を見るだけでは、格差を論じるには不十分だとも言える。その基になったデータは何で、どのように集計されているのか、という問題があるし、それが所得からはじいたデータなのか、消費からはじいたデータなのか、という問題もある。さらに、所得データだとして、それが賃金を示すのか、不動産や株などの資産所得を示すのか。また、格差を個人単位で見るべきか、世帯単位で見るべきかなど、考慮しなければならない問題はいくつもある。

だから論じられている「格差」の中には、「見せかけの格差」もあるのだが、そのことを指摘したのは、大阪大学社会経済研究所教授の大竹文雄氏である。2005年に『日本の不平等』(日本経済新聞社)を上梓、注目を浴びた。

格差を論じようとして大竹氏がぶつかった最大の壁は、「経済全体での所得不平等度には、はっきりとした上昇トレンドがあるのに、学歴間賃金格差や年齢間賃金格差、年齢内賃金・所得格差、規模間賃金格差などを分析すると、必ずしも長期的な上昇トレンドが観察されない」という事実だった。そして、その謎を解くために大竹氏が注目した切り口は「高齢化」だった。

一般的に、同年代の間の所得格差は、高齢になればなるほど大きくなる。年功賃金のもとでは、新入社員の時の年収は変わらなくても、年齢を経るごとに、出世できる人、できない人に選別されていく。さらに、そうした所得格差は定年後も退職金や年金となって跳ね返る。そのため、所得格差の大きい高齢者層の比率が高まれば高まるほど、全体の所得格差も広がっていく。これが、長期的トレンドで見た格差拡大の理由だった。

また、世帯規模の縮小も、格差を大きく見せる原因の一つになっていた。年収300万円の親と年収1000万円の子、年収500万円の孫の3世帯が同居していたと仮定する。みながこのような世帯なら、世帯所得は一律1800万円で、格差は生じない。しかし、その家族が何らかの理由でバラバラに暮らすようになれば、低所得の老人世帯と若年単身世帯、そして年収1000万円クラスの高所得世帯が誕生する。所得は二極化し、格差はあたかも拡大したかのように見える。

大竹氏は、こうした「見せかけの格差」をあぶりだした。さらに、労働供給の理論で有名な「ダグラス=有沢の法則」に関する指摘も行っている。

ダグラス=有沢の法則とは、1930年代にアメリカのダグラス氏が実証分析から導き出した経験則で、その後、有沢広巳氏がその法則が日本にも当てはまることを実証したことからその名が付いた。この法則によると、一般に所得が低い男性の妻ほど、有業率が高い。言い換えれば、お金持ち男性の妻ほど専業主婦が多いということになる。

日本に関して言えば、1980年代は明確にこの法則が成り立っていた。しかし、90年代に入ると、その関係が薄くなり、97年においては、夫の所得と妻の有業率との間に負の相関関係は見いだせなくなっている。

それだけではない。大竹氏が総務省の就業構造基本調査を基に分析したところ、最近ではむしろ、夫の収入が高いほど、妻の収入も高くなる傾向が強まっている。高学歴・高収入の女性は高学歴・高収入の男性と出会い、結婚し、働き続ける。結果、個人単位で見るよりも、世帯単位で見るほうが、所得格差は広がって見えることになるという。

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