降格の要件と実例Q&A
懲戒処分による降格を行う場合、就業規則に、違反となる行動や懲戒処分の内容が規定されている必要があります(労働基準法第89条)。懲戒処分が有効と判断される主なポイントを3点に分けて解説します。
1. 懲戒処分による降格の要件
懲戒処分による降格を行う場合、就業規則に、違反となる行動や懲戒処分の内容が規定されている必要があります(労働基準法第89条)。懲戒処分が有効と判断される主なポイントは、以下の3点です。
- 就業規則において懲戒権の根拠が定められている
- 従業員の行動が定められた懲戒処分の理由に当てはまる
- 会社の処分が客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当性が認められる
特に労働契約法第15条に規定されている「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当である」の部分は、処分の有効性の判断を左右します。従業員の行動や違反の性質から、処分の内容が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、企業は権利乱用に該当すると判断されます。
さらに、懲戒処分の対象となった事由と、処分の内容に妥当性がなければなりません。
次に、一般的に降格人事に相当する懲戒事由について解説します。
セクシャルハラスメント
他者に対して性的な言動や行動をとり、精神的な損害を与えるセクシャルハラスメントは、降格の懲戒処分事由に該当する可能性があります。
2015年のL館事件(最二小判平27.2.26労判1109.5)では、管理職が女性派遣社員らに繰り返し行った性的に不快な言動により、出勤停止の懲戒処分および、資格等級の降格を下した処分の有効性が認められました。
1年にわたって繰り返されたセクハラ行為は、「会社の秩序または職場規律を乱すこと」として、同社の就業規則の懲戒事由に該当するものとされました。
セクハラ行為が職場環境に大きな影響を及ぼし、しかも管理職やリーダーのような部下を指導する立場にある人間がそれを行っていたことから、降格処分は妥当であり、人事権の乱用とは言えないという判断が下されました。
無断欠勤
無断欠勤や遅刻のような勤怠不良も、懲戒処分の対象となります。ただし、1回の無断欠勤で降格処分を下すことは、違反行為と処分の重さが釣り合わないと判断されます。
厚生労働省の通達によれば、「原則として2週間(14日)以上にわたり、正当な理由がなく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合には、労働者の責めに帰すべき理由となる」とされています。そのため、就業規則に2週間以上の無断欠勤が懲戒処分事由になると定めれば、該当する従業員を処分対象としても、有効性を主張できます。
ただしその場合も、処分の正当性および社会通念上の相当性には注意しなければなりません。社会の一般常識に照らし合わせて、処分が相応であると判断されないものは、権利乱用となり無効とされます。懲戒処分の決定を下す前に、無断欠勤を繰り返す本人と連絡をとり、現状の確認、原因への対処、書面での解雇通知など、適切なステップを踏む必要があります。
飲酒運転
飲酒運転は、社会的なルールから違反する行為です。飲酒運転への世間の目は、年々厳しくなっています。その危険性や違法行為の重大性のほか、会社の信用や名誉など社会的評価を損なう恐れがあるため、懲戒処分の対象になり得ます。しかし、たとえ就業規則で飲酒運転を一律解雇にすると定めていても、懲戒解雇が有効とは限りません。
2007年の神戸市職員懲戒免職事件(大阪高裁平成21年4月24日)では、酒気帯び運転により下された懲戒免職処分が、無効と判断されました。判決では、飲酒運転をした本人が事件を隠ぺいすることなく職場に報告したこと、勤続30年の間に懲戒処分の前歴がないこと、本人が今後一切酒を飲まない誓約書を出していることなどを鑑み、停職処分ではなく直ちに懲戒免職処分としたことは、社会通念上著しく妥当を欠いていて過酷としています。
飲酒運転は社会的に問題とされる行為であり、懲戒処分の対象にはなりますが、処分の内容や程度が、企業秩序の維持のために相当でなければ、権利の乱用とみなされる可能性があります。処分の妥当性は、就業規則の根拠や事故の状況以外に、本人の勤務態度や、職務上の地位への影響の重大さなど、諸事情も併せて考慮されます。
2. 人事異動による降格の要件
懲戒処分での降格とは違い、人事異動による降格は、企業の人事権をもって行使されるものであり、明確な就業規則の定めは必要ないとされるのが一般的です。しかしながら、企業が有する強力な権限であるため、不当な降格は権利の乱用とみなされます。
ここでは、「能力不足」および「傷病」を理由に、人事異動により降格とするケースについて解説します。
能力不足
人事異動の降格で、主な理由として挙げられるのが「能力不足」や「適性不足」です。職務で規定されている業務を十分に遂行する能力がなく、職務にふさわしくないと判断される場合、人事異動による降格は不当とは言えません。
しかしながら、能力不足の根拠となる客観的事実が従業員に明示されていない状況では、降格の判断は一方的と受け取られます。何が足りないのか、状況を整理し、かつ本人の能力が改善されるよう適切な研修や指導を実施するほうが望ましいでしょう。それでも状況が改善されない場合、降格もやむなしとして、実施することになります。
傷病
人事異動による降格の理由として、病気やケガを負った場合も考えられます。長期療養で休職となり、本来の業務が遂行できない、または復職したとしても、能力的・時間的に従来の役職に戻ることが難しいと判断されるケースでは、人事異動での降格があり得ます。
ただしその場合、本人の能力が足りないという客観的事実が必要です。また、就業規則の定めに沿って手続きが実施されなければなりません。
注意すべきは、セクハラやパワハラなど、職場に何かしらの原因がある状態で、従業員が休職に至ったケースです。この場合、休職による従業員の評価と、セクハラやパワハラの改善措置を分けて考える必要があります。
企業は、職場内で従業員が健全な状態で勤務できない理由を突き止め、状況の改善に手を尽くさなければなりません。セクハラやパワハラは懲戒処分の対象にもなる重い事由です。事実が確認できれば、会社は加害者側に何らかの処分を下す必要があります。
本人との面談や状況確認、休職措置、医師への相談、提携病院の紹介、適切な配置換え、加害者への処罰など、改善に向けて必要だと考えられる措置を講じなければなりません。求められる対応を無視し、降格人事を実施した場合、その判断の適正が疑われることになります。
- 【参考】
- 降格人事の全般的な解説はこちら
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