仕事への原動力は一貫して「好奇心」
今は日本の医療に人材という観点から向きあう
エムスリーキャリア株式会社 代表取締役
羽生 崇一郎さん
新会社エムスリーキャリアで主要二部門の責任者を経験
転職しても、なかなか認められない。そんな苦しい時期の仕事への原動力は何だったのでしょうか。
キャリアアップしたいとか、活躍して組織内で出世したいといった意識はまったくありませんでした。それよりも、自分の興味や関心がわくことに取り組みたいという気持ちが強かった。世の中がどんな仕組みになっていて、どう変化しようとしているのか。自分の仕事が社会とどう関係して、どんなよい影響を与えられる可能性があるのか。そういうことがわかると刺激を受けますし、ワクワクします。「世の中の役に立ちたい」というほどたいそうなものではなく、むしろ好奇心に近いかもしれません。この気持ちは現在もまったく変わりません。
もう一つ挙げるなら、薬剤師の人材紹介部門の責任者を任されてからは、メンバーに対して間違ったことをしてはいけない、という気持ちも強くありました。リーダーとしての誠実さ、責任感と言い換えてもいいかもしれません。
現在のエムスリーキャリアには、どのような経緯で関わることになったのでしょうか。
SMSともう一社、医療従事者専門サイト「m3.com」(エムスリー)を運営するエムスリー株式会社が、2009年末に共同出資して立ち上げたのがエムスリーキャリアです。SMSからは人材紹介部門がそのままエムスリーキャリアに移管されたので、私も転籍することになりました。
転籍への抵抗は特にありませんでした。むしろ薬剤師の人材紹介事業を、新しい環境でできることへの期待感の方が上回っていたかもしれません。2011年からは、もう一つの柱であった医師の人材紹介部門の責任者に。医師の分野は当時やや伸び悩んでいたので、そのテコ入れを任されました。
医師の人材紹介部門強化のために、どのような取り組みをされましたか。
エムスリーキャリアの強みは何といっても、グループ会社が運営する「m3.com」というリソースを使えることです。しかし事業はリソースだけでは伸ばせません。それが適切な戦略やオペレーション、人材と結びついて、顧客に提供する価値を高められることが重要です。私が力を入れたのは、そのための仕組みづくりです。
最初に取り組んだことはオペレーションの改善スピードを高めることです。当時は医療崩壊という言葉がメディアでも盛んに取り上げられていた時期で、医療機関の医師採用ニーズは非常に高かった。一方、「m3.com」には日本の医師の7割以上が会員登録しているという状態でした。それらをマッチングさせるオペレーションと人材をうまく機能させることができれば事業は確実に成長するので、とにかくPDCAサイクルを速く確実に回せる組織にすることに集中しました。人材ビジネスにとって特に重要な存在であるエージェントから上がってくる情報や問題提起、改善提案の中から、取り組みの優先順位を決め、施策と方向性を明確にし、素早く実行しました。
同時に、病院や診療所の現状、課題を理解しようと思い、医師をはじめ医療関係者を訪問し、ヒアリング。在宅クリニックのドクターに一日同行させてもらって、実情を自分の目で確かめたりもしました。また医療政策や病院経営、医療従事者のキャリアについても掘り下げて勉強しました。そして、日本の医療の仕組みが抱える課題と、エムスリーキャリアが持つ可能性を考え続けました。
その結果、採用支援、転職支援を行うのが人材ビジネスとしてのエムスリーキャリアの事業ですが、俯瞰的に見て、日本の医療提供体制の変化をより円滑に促すのがわれわれの仕事だと考えるようになりました。
医師の人材事業でも結果を出し、2015年からは代表取締役に。組織内での出世にはあまり関心がないとおっしゃっていましたが、どんな思いだったのでしょうか。
私が社長になる以前は、親会社であるSMSかエムスリー、どちらかの役員がエムスリーキャリアの代表取締役を兼任していました。ただ、当時の代表取締役は非常勤であり、実質的な組織運営は現場に任されていたので、マネジメントという意味では、事業責任者から社長になって仕事が大きく変わったという感覚はありませんでした。
一方で、医師・薬剤師向けの事業に分かれて発展してきた二つの事業部は、組織の仕組みもカルチャーもまったく異なっていて、人的交流もありませんでした。それでは、ひとつの会社としてより大きな成果を生み、ミッション実現に向かうことは難しい。会社を一つの方向に統合して成長させることが大きな課題だと感じました。
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