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邂逅がキャリアを拓く【第6回】
サクソフォンでの邂逅

株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

西田 政之氏

株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

時代の変化とともに人事に関する課題が増えるなか、自身の学びやキャリアについて想いを巡らせる人事パーソンも多いのではないでしょうか。長年にわたり人事の要職を務めてきたブレインパッドの西田政之氏は、これまでにさまざまな「邂逅」があり、それらが今の自分をつくってきたと言います。偶然のめぐり逢いや思いがけない出逢いから何を学び、どう行動すべきなのか……。西田氏が人事パーソンに必要な学びについて語ります。

無謀なアプローチ

岡 淳(おか まこと)さんという、日本のJazz界で有名なサックスプレイヤーがいます。

一橋大学卒業後に米国バークリー音楽大学に留学した、アカデミックなミュージシャンです。私のサックス・キャリアは、無謀にもこのJazz界の重鎮へ教えを乞うことから始まりました。無知ほど怖いものありません。当然、最初のアプローチでは「素人には教えません」と断られました。でも私には、曲がりなりにもビジネス界で生き延びてきた経験があります。老熟のスキルを活かして、何とかレッスンの承諾を得ることに成功しました。

ただ、結論としては、やはり無謀でした。岡さんのお弟子さんは、ビッグバンドやソロ活動で演奏機会があるセミプロばかりです。そんな中で、音をようやく出せる程度の私が教えを乞うても、うまくいくはずがありません。レッスンが唯一の練習時間だったこともあり、全く上達しませんでした。唯一良かったのは、一流のプレイヤーの演奏を毎回、生で聴けたことです。岡さんのサブトーン(わざと音をかすらせる技法)は本当に渋くて、しびれます。ジャズクラブに頻繁に行ったと思えば、その価値は十分過ぎるくらいに、あったのかもしれません。

そのような挫折はあったものの、このままではいけないと思い、音楽教室に通い出しました。その際に思い出したことがあります。かつての勤務先の会長が中国語を習得しようとしたとき、三日坊主にならないように講師とのマッチングに労を惜しまず、お気に入りの講師を見つけて師事していたのです。

そこで私はいろいろな意味と期待を込めて、「モティベーションが沸くような講師をお願いします!」と音楽教室にリクエストしたのでした。その結果、偶然にも気に入って観ていたドラマに出演していた女優さんに瓜二つの方が担当になりました。アルトサックスで、クラシック専門の方です。私はテナーだったので、講師が吹くときは譜面の読み替えも必要になります。恥ずかしながら、このとき初めて、楽典という学問を知りました。

サクソフォンでの邂逅

ほろ苦い経験

モティベーションだけは高い状態を維持できたものの、練習量という壁は越えられず、相変わらずいっこうにうまくはなりませんでした。そんな中、音楽教室だからこそのイベントが迫ってきました。発表会です。生徒なら誰もが出る必要があるものです。私も必然的に発表会の練習をすることになりました。

講師が選んだ曲は、簡単だけれどちょっとおしゃれなケニー・Gの「ウエディングソング」。もともとジャズをやりたくてテナーサックスを選んだわけですが、ケニー・Gはジャズマニアからするとミーハーな位置付けです(ファンの皆さん、ごめんなさい)。偏見の何物でもありませんが、それでも講師が選んでくれた曲だったので、わずかながら練習して当日を迎えました。

講師のピアノ伴奏によるデュオが始まります。会場はかなり広めの区民ホール。ただ、来ているのはほぼ出演者の身内だけで、観客席はまばらです。ステージに上がる前は、万が一にも緊張することはあるまいと高をくくっていました。ところが、実際には思いっきりあがってしまいました。音が一箇所、めくりあがりました。そんなほろ苦い発表会デビューでした。

その後、二度の発表会を経験しますが、いずれもパッとせず、ほとんど上達しませんでした。そうしているうちに、講師は結婚のため地元の福岡へと帰っていきました。

その次に師事したのが、ネット上の講師紹介サイトで偶然見つけた、平子 健介先生でした。そして、なんと平子先生は、岡先生の一番弟子だったのです。「邂逅」を感じずにはいられない瞬間でした。平子先生とは、レッスンコンセプトを「上達」から「楽しむ」に変えて、今も週末に二人で演奏を楽しんでいます。昨年、音楽教室のときの講師からセルマー製のアルトを譲り受け、アルトとテナーの両方持ちになりました。

ジャズセッションの魅力

前置きが長くなりました。今の会社に転職する前に、「組織改革の100日プラン」の一環として実施したOB/OGインタビューの中で、あるOBから印象深いアドバイスをいただきました。それは「ジャズセッションをするようなチームが理想ですね」という言葉でした。

ジャズの歴史には、伝説的なセッションと、その中で生まれた魔法のような瞬間が数多く存在します。その最も有名な例の一つが、1959年に、マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンが共に創り上げた「Kind of Blue」のセッションです。

このセッションは、ジャズの歴史だけでなく、音楽全体の歴史においても、最も重要な瞬間の一つとされています。マイルスのトランペットとコルトレーンのサックスは、まるで互いの思考を読み取るかのように絡み合い、独自の音楽的対話を展開します。このアルバムに収録された「So What」や「Blue in Green」などの楽曲は、革新的なモーダル・ジャズのアプローチを採用し、ジャズの新たな地平を開いたと言われています。

このセッションのすごさは、個々の演奏技術の高さだけでなく、彼らが共有した創造的なビジョンと、互いに対する深い理解と敬意にありました。マイルスとコルトレーンは、音楽的な言語を通じて、相互に挑戦し、高めあい、そして互いの才能を最大限に引き出したのです。まさにジャズの魂が息づく瞬間でした。

ジャズセッションのすごさ、美しさは、単に音楽の枠を超えた芸術作品を生み出すだけでなく、創造性、協働、そしてインスピレーションの真髄が示されるところにあります。マイルスとコルトレーンのセッションは、お互いの独創性を尊重しながら、共に新しい領域へと進むことの価値を見事に体現しています。

サクソフォンでの邂逅

ジャズセッションの組織への応用

OBが理想のチーム像として語ってくれた「ジャズセッションのようなチーム」という表現は、まさにこれでした。ジャズセッションを組織におけるチームプレイへ応用するとすれば、以下の五つに集約されるかもしれません。

(1)相互にリスペクトのある関係性
ジャズミュージシャンは互いに深くリスペクトし合い、一緒に演奏する機会を価値あるものと捉えています。組織においても、互いの能力や専門知識を尊重し合うことが、協力的で創造的な環境を生み出す基盤となります。

(2)即興が育む創造性
ジャズセッションは即興性が鍵です。ジャズミュージシャンたちは、定められた構造の中で、瞬間的なインスピレーションに基づいて自由に創造します。時には、未知の領域に踏み込むことを恐れず、伝統を打ち破る革新的な演奏をすることもあります。このような即興性は、組織においても重要です。予期せぬ状況に柔軟に対応し、新たなアイデアや解決策を瞬時に生み出す能力は、今日のビジネス環境において非常に価値があります。

(3)可変するリーダーシップ
ジャズセッションでは、個々のプレイヤーがリーダーシップをとることが許されています。ソロを取るミュージシャンが変わるたびに、リーダーシップの役割も移行します。これは、組織内でのリーダーシップの動的な性質を反映しています。プロジェクトや状況に応じて、異なるメンバーがリーダーシップを発揮することで、多様な視点やスキルが活用され、全体の質や成果が向上します。

(4)連携によるシナジー効果
ジャズセッションにおけるコミュニケーションと相互作用は非常に緊密です。各プレイヤーは、常に他のメンバーのプレイを聴き、それに応じて自分の演奏を調整します。これは、組織内の協力とコミュニケーションの重要性を示しています。チームメンバーがお互いの活動に注意を払い、連携して作業することで、より一層のシナジーを生み出し、目標達成に貢献します。

(5)個性の発揮
最後に、ジャズセッションでは、全体のハーモニーを保ちながらも、各ミュージシャンの個性が光ります。これは、組織において個々のメンバーが自己表現の自由を持ちながら、チームとしての一体感やバランスを大切にしなければならないことと同じです。個々の強みを活かしつつ、共通の目標に向かって努力することで、組織はより高い成果を達成できるのです。

理想的なチーム作りへ

ジャズセッションのようなダイナミックで柔軟な協働は、組織においても同じように効果的です。マイルス・デイヴィスとジョン・コルトレーンのように、互いにリスペクトし、即興的であり、時にはリーダーシップを交互に取りながら、全体の調和を保つこと。これらの要素が組み合わさるとき、組織としての真のポテンシャルが発揮され、新たな高みへと到達するのです。私にとっては、ジャズとの邂逅なくして、ジャズセッションを組織へ応用することを真に理解することはありませんでした。

西田 政之氏
西田 政之氏
株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

にしだ・まさゆき/1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、幕別町森林組合員。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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この記事ジャンル 組織開発手法

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