第28回:組織の中で成功する「コーチング」 (前編)
~コーチングが導入されて10年、その“光と影”を検証する
解説:福田敦之(HRMプランナー/株式会社アール・ティー・エフ代表取締役)
「コーチング」は、これまでの指示命令型が主流だったマネジメントとは異なり、自ら考え動く「自律型人材」を育てるために有効である。そして、管理職のコミュニケーションスキルを向上させるための画期的な手法として、瞬く間に多くの企業へと広がっていった。ただその結果をみると、活き活きとした人材育成風土が生まれた会社がある一方で、せっかく「コーチング研修」を導入したにも拘らず、当初の期待通りに効果が上がっていないといった声も聞く。その原因には、コーチングへの誤解やコーチングを行う人の属人的な問題もあるようだ。まず、「前編」はコーチングを導入した10年間の効果・効用を検証していく。そして、「後編」では今後、「グループコーチング」「ワールドカフェ」など新たな展開が期待される中、組織で成功するためのコーチング活用のポイントについて、整理していく。
コーチングがもたらした「効果」とは何か?
■現代は、「コーチング」が求められる時代
現在、中小企業から大企業に至るまで、実に多くの企業が「コーチング」を導入している。コーチングとは、
「人の目標達成を促し、支援するコミュニケーション手法」
を指す。コーチングの「コーチ」の語源はCoach(馬車)であり、「人を目的の場所へ送り届ける」という意味から、後にスポーツの分野で成果を上げさせる「コーチ」が知られるようになった。そして1990年代に入り、アメリカでビジネスパースンの能力を引き出し、自発的行動を促していく「コーチング」が登場した。
日本には、能力開発の手法として1997年頃に上陸。その後、コーチングに対する認識が一気に高まり、さらにはコーチ育成機関ができてコーチの数が増えたこともあり、個人の能力開発や企業内の人材育成の手法として、多面的な広がりを見せてきた。
そもそもコーチングでは、何かを教えるということではなく、
「クライアントが本来持っている力を引き出す、あるいは十分に力を発揮できるように手助けすること」
を、第一義としている。このため、コーチングはクライアント自身の「納得」そして「気づき」を基本とする。この点を忘れてはならない。というのも、人は自らが気づいて、納得しなければ、なかなか行動へと踏み切れないからである。
その際におけるコーチの「役割」とは、クライアントが目標達成に向かって、日々行動していくのをコミュニケーションによってサポートすることである。「傾聴」「直観」「確認」などのスキルを活用して、従来の「指示命令型」のコミュニケーションから、「質問型」のコミュニケーションに転換することにより、クライアントは目標達成のスピードが一段と速くなっていく。
事実、スポーツの世界では選手にはコーチがつきもの。有能なコーチが傍らに付くことで、選手のパフォーマンスが飛躍的に向上する例を、私たちはよく知っている。同じように、日本でもビジネスの場面やプライベートで、目標達成のためにコーチを付ける人が多くなってきた。近年、大企業では全社的な取り組みでコーチングをマネジメントに取り入れるようになってきており、今やコーチングは、管理職に必須のマネジメントスキルとまで言われるようになっている。
■6割が「組織全体の雰囲気や業績にも良い変化があった」と回答
では、コーチングを導入することで、どのような「効果」が得られたのだろうか?日本コーチ協会(jca)が2008年に行った調査をみると、「コーチング研修」を行った結果、組織全体の雰囲気や業績への影響について、「とても変化があった」12.6%、「まあ変化があった」48.4%と、「組織全体の雰囲気や業績にも良い変化があった」とする回答が61.0%に及んでいる。「あまり変化はなかった」7.4%、「まったく変化はなかった」1.6%は、合わせて1割にも満たない。
また、組織の雰囲気や業績の変化について、その具体的な内容を聞いてみると、「チームとしての結束力が強化」40.3%をはじめとして、「あいさつが活発となった」38.7%、「組織全体に活気が出てきた」38.0%、「社員のメンタルヘルスが向上」36.4%、「上司と部下のコミュニケーションが円滑化」36.4%など、さまざまな面での効果が表れている。
そして、コーチング研修の継続意向を聞いてみると、「継続したい」31.0%、「まあ継続したい」47.2%と、「これからもコーチング研修を継続したい」との回答が78.2%と8割近くに達している。これも、コーチングがもたらした効果・効用を強く実感しているからに他ならない。
とても変化があった | 12.6 |
まあ変化があった | 48.4 |
どちらともいえない | 30.0 |
あまり変化はなかった | 7.4 |
まったく変化はなかった | 1.6 |
資料出所:「2008年度コーチング調査/日本コーチ協会」 (以下、 図表2・3ともに出典元同じ)
チームとしての結束力が強化 | 40.3 |
あいさつが活発になった | 38.7 |
組織全体に活気が出てきた | 38.0 |
社員のメンタルヘルスが向上 | 36.4 |
上司と部下のコミュニケーションが円滑化 | 36.4 |
研修に意欲的な社員が増加 | 29.8 |
目標が達成されるようになった | 28.5 |
商品、サービス、顧客対応の品質向上 | 25.2 |
契約や売上げが増加 | 23.0 |
指揮系統が強化 | 23.0 |
経費が削減 | 20.3 |
生産性が向上 | 20.3 |
世代間の意思疎通が円滑化 | 19.3 |
残業が減った | 18.7 |
部門間の意思疎通が円滑化 | 18.0 |
顧客や取引先からのクレームが減少 | 16.1 |
離職率が低下 | 14.1 |
協力会社との協業体制が強化 | 4.9 |
その他 | 1.3 |
継続したい | 31.0 |
まあ継続したい | 47.2 |
どちらともいえない | 17.0 |
あまり継続したいと思わない | 3.6 |
継続したいと思わない | 1.2 |
また、今回のレポート作成に当たり、幾つかの企業をヒアリングした際に得た知見で、コーチングが組織に作用したプラス面、組織風土や人材育成風土の改善に貢献した点について、以下、まとめてみた
(1) 職場における「対話」の大切さへの理解が進んだ
コーチングが導入されたのは、日本経済が「失われた10年」と呼ばれた時期と重なる。厳しい経営環境の下、人と人との直接的なコミュニケーションが不足していた中でコーチングを学ぶことにより、職場において「対話そのものが大切な行為である」ということを、会社のトップから現場の管理職や部下に至るまで、皆が認識するようになった。これは大きな進歩として評価されよう。
(2) コミュニケーションにおいて、「聴く」ことの重要性が理解された
何より、相手の話を「聴く」ということの重要性が、職場に浸透してきた。相手を本当に信頼し聴くことによって、相手の言いたいことが分かってくることを実感したからである。そして、傾聴により部下の自律をサポートすることが、高い成果をもたらすということを理解するようになった。聴くことへの理解が深まることで、組織内のコミュニケーションが円滑に進む「素地」ができてきたのだ。
(3) 対話の「基本スキル」が向上した
コーチングへの認知が高まり、コーチング研修を行う企業が増えてきた。その結果、少なくとも面接などの限られた場面のスキルとして、確実に均質化され、管理職における対話の「基本スキル」が一定レベルに保持できるようになった。事実、コーチングについて話をする管理職が周辺に増えてきたと感じるのは私だけではないだろう。
コーチングがうまく機能しない「理由」
■「良いコーチになりたい」という思いが裏目に…
一方、残念ながらコーチングがうまく機能していないというケースがあるのも事実である。ベストセラーとなった『不機嫌な職場』でも指摘しているように、今、上司・部下間での「コミュニケーション不全」が職場での大きな問題となっている。コーチングを行う人自身の問題も含め、これには幾つかの理由が考えられる。
(1) 自分のことを「棚に上げてしまう」
聖人君子でもないのに、いざコーチングするとなると、自分のことを棚に上げてモノを言う人が少なくない。部下からは「何様のつもり?」「もう、あの人からはコーチングを受けたくない」と言われ、取り返しのつかない事態を招いてしまっている。また、人間性のことはさておき、こうした人はコーチとして優秀であるためか、そのような態度が部下のコーチング嫌いを生む原因になっていることを忘れてしまっている。
(2) 手段が「目的」となっている
コーチ(管理職)として的確な質問をしたいと思うあまり、あるべき面接をしようということへのドライブがかかっている。その結果、自分の都合やニーズに重きが置かれ、それこそ手段が目的化しているというケース。こうしたコーチングでは、相手のパフォーマンスを上げる、やりたいことを実現させるといった本来の目的から、ズレてしまうことになる。
(3) 「誘導的な質問」をしてしまう
まるで検事の尋問のように「それはよく分かりました。ただ、もっと他のやり方はなかったのですか?」といった質問をする人をよく見かける。そんな質問をされれば、部下は追い詰められた状況に陥ってしまう。これではますます負担を感じ、恐怖感へとつながりかねない。このような誘導を促す態度では、部下が心底思っている気持ちを導き出すことは難しい。
(4) 「上から目線」になっている
あくまで私の印象だが、コーチの資格を持っている人は、やや「上から目線」になる傾向がある。1対1で話を聴いてはいるものの、「聴いてやっている」という感じなのである。本来、「部下のやりたいことは何なのだろうか?」と思いながら聴いているはずなのに、「こうなってほしい」さらには「こうあるべき」という願望が先に出てしまう。そんな調子だから、部下が余計なお世話と感じ、スルーすることになっていく。
(5) 「日頃と違う態度」を取ってしまう
1対1ということで力が入りすぎるのか、借りてきたかのような対応で、不自然な態度になってしまう人がいる。面接を始めた途端、表情が普段と違うものになっているのだ。妙な作り笑いをしたりするので、ウソくさい感じが出てしまっている。その結果、お互いに疲れ、しらけてしまう。当然、実りは少ないものとなる。
■コーチングを深く学んだ人ほど、コーチングを妄信する傾向に
言うまでもないが、コーチングですべてのことを解決することはできない。それなのに、コーチングによってコミュニケーションを一気に改善しようとしたり、組織風土を活性化しようとしたりするなど、コーチングを万能のものとして使おうとしているケースを見かける。一方で、「コーチングを導入したのに何も解決しない」と文句を言う人がいるが、それはコーチングに対する過度な期待がおかしいのである。
確かに、コーチングで自分自身の内面が大きく変わる瞬間がある。問題は、この変容にはコーチング以外の要素が多々あるにも拘らず、それがコーチングのスキルだけで起こったように思ってしまうこと。本来、コーチングを学びながら、同時に自分自身に何が起こったのかを客観的にとらえておかなくてはいけない。それなのにコーチングを深く学んだ人ほど、「コーチングを使えば、人と組織を元気にすることができる」とコーチングを妄信する傾向にある。この点は、肝に銘じてほしいところである。
■効果を測る「指標」がない…
そして、コーチングの「効果測定」という問題。これは、コーチングを導入する目的と密接に関わってくるわけだが、企業はコーチング(研修)の効果をどのように測定するのか、あまりはっきりとした「メジャー」を持ち合わせてないのが実状である。
前述の調査でも、コーチング研修を実施していく上で障害になりそうな要因として、「成果を測る指標がない(効果を数値化できない)」31.8%が最大だった。これでは、本人の達成感も起きてこないだろう。
こうした点からも、コーチングはあくまで「手段」であり、導入するにはまずその「目的」を明確にすることを忘れてはならない。ちなみに前述の調査では、コーチング研修を導入した目的として、「自律的社員の育成」47.0%、「社員の意識変革」44.2%、「リーダーシップ力の育成」43.6%、「社員のモチベーションアップ」42.0%などが上位に挙げられている。
実のある成果を実現するためにも、コーチング(研修)を実施した後にはアンケート調査を行うなどして、「目的」と「現実」のギャップを埋める作業を進めていくことが大切である。繰り返しになるが、企業組織において、コーチングが単独で何かをなし得ることはない。人事施策などと組み合わせて、継続的にコーチングの効果を見ていくことである。
■受け入れ側が、問題の「本質」を正しく理解していない
ところで、コーチングを有効に機能させるためのスキルとして、「質問」と「傾聴」がある。問題は、これをコーチングそのものと短絡的に勘違いしている人がいること。「質問して、相手の話をうまく聴ければいい」と思っている管理職は少なくないが、そうではない。状況によっては、「指示」や「命令」もあり、なのだ。実際、良いコーチと言われている人の中には、必ずしもコーチングのスキルが高くない人もいる。スポーツ選手のコーチなどを見ても、そういういう人たちは多い。
大切なのは、スキルそのものよりも、本質的な職場の問題や課題は何なのかということを、コーチングを導入する側が正しく理解していなければならないということ。それこそ、「会話がなされていないから会話のスキルを導入しよう」「コミュニケーションができていないからコミュニケーションのスキルを導入しよう」では、何も解決できない。コーチングとは、そうした類の話ではないのだ。「なぜ会話やコミュニケーションができていないのか」を、まず考えてみることを忘れてはならない。このように、受け入れ側が自社の組織における問題の「本質」を正しく理解していないことも、コーチングが現場で機能していない原因の1つである。
せっかくのコーチングが、どうも有効に使われているとは思えない。では、どうすればいいのか…。その解決策については、「後編」で詳しく述べていく。
「後編」に続く