「評価」がリフレクションを阻害する――
個人の主観を尊重する対話で、本質的な学びを得る方法
早稲田大学 文学学術院 文学部/文学研究科 准教授
山辺 恵理子さん

多くの企業で「リフレクション」の重要性が認識され、1on1ミーティングなどが導入されています。しかし、それが形式的な「反省」に終わり、個人の深い学びにつながっていないケースも少なくありません。リフレクションは本来、単なる「反省」「振り返り」ではなく、もっと本質的な学びです。なぜ、企業においてリフレクションはうまくいかないのでしょうか。早稲田大学で大人の「教育観をほぐす」対話とリフレクションのあり方について研究している山辺恵理子さんは、その最大の障壁は「評価」にあると述べます。評価のプレッシャーから離れ、個人の主観を尊重する対話を通じて、本質的な学びにつなげる方法とは――。
- 山辺 恵理子さん
- 早稲田大学 文学学術院 文学部/文学研究科 准教授
やまべ・えりこ/博士(教育学)。専門は教育哲学、教育の倫理、教師教育学。東京大学教育学部卒業、東京大学教育学研究科博士課程、スタンフォード大学客員研究員などを経て、2025年より現職。主に教育関係者をはじめとする大人の「教育観をほぐす」対話とリフレクションのあり方について研究している。大学外では、一般社団法人REFLECT理事として教員向けの研修開発・実施にも携わる。著書に『リフレクション入門』(学文社、共著)などがある。
経験を学びに変える「リフレクション」の三つの種類
まず、山辺さんのご専門や研究テーマについてお聞かせください。
私の専門は教育哲学で、主に教育や教職の倫理を扱っています。フィールドとしては、教師や教師を目指す大学生に向けた「教師教育」という領域です。すでに自身の教育観や価値観が形成されている大人の方々に対し、対話を通して自身の考えを「吟味」してもらうことの重要性やそのプロセスについて研究しています。
私はオランダのフレット・コルトハーヘンという研究者からリフレクションの理論を学びました。コルトハーヘンが提唱する理論は、元々は教師教育の分野に向けたものでしたが、現在はビジネス領域に広がっています。
「リフレクション」とは、そもそもどのようなものなのでしょうか。
リフレクションとは、「『何らかの具体的な経験』と『そこからの学び』の間に必ず介在しているもの」が世界共通の基本的な説明だと思います。人間が経験から何かを学んだとすれば、そのプロセスでは必ずリフレクションが起きている、ということです。私は、リフレクションには大きく分けて三つの種類があると考えています。
一つ目は、「無意識的なリフレクション」。私たちが日常的に行っているもので、リフレクションの9割以上を占めると思われます。例えば、自転車に乗れるようになるプロセスは言語化できませんが、体が自然と学び、修正を繰り返しています。このように、当たり前のルールや枠組みを無意識に形成し、日常で考えなければならない量を減らしてくれているものです。
二つ目は、「言語化するリフレクション」。最もイメージしやすいものかもしれません。例えば「なぜ今、自転車に乗れたのですか」と他者から問われたときに、一生懸命説明しようと言語化を試みるプロセスです。自分にとっての当たり前や、言語化せずに済んでいた部分を、他者に伝えるために整理していく作業です。
三つ目は、「再吟味するリフレクション」。言語化し整理できた自分のルールに対して、「本当にそのやり方がベストなのですか」といった批判的な問いを投げかけられたときに、「うーん」と考え、自分のルールを構築し直そうと試みるプロセスです。
企業のリフレクションを阻害する「評価」のわな
日本企業におけるリフレクションの現状を、どのように捉えていますか。
企業によって異なるとは思いますが、「時間がない」という課題をよく耳にします。特に、先ほど挙げた三つ目の「再吟味するリフレクション」まで踏み込もうとすると、相当な時間が必要です。二つ目の「言語化」は、個人のパフォーマンスを上げたり、優秀な社員のノウハウを他者に伝授したりする上では役立つでしょう。しかし、働き方改革や企業文化の見直しといった、組織全体のことや本質的な課題を考える際には、三つ目の「再吟味」が不可欠です。
コルトハーヘンも、リフレクションの醍醐味(だいごみ)は「本人たちが本質的だと感じる問題に気づけることだ」と述べています。それは外部から与えられる研修などでは得難い、組織内部からのリフレクションによってのみ可能な発見のはずです。
企業では近年、1on1ミーティングが普及し、上司が部下の「振り返り」を支援する場面が増えています。この傾向をどのようにご覧になっていますか。
リフレクションはコーチングと親和性が高いため、1対1の場は理想的です。また、教育分野で言う「総括的評価」(合否判定などの最終的な評価)だけでなく、「形成的評価」(プロセスを測り成長を促す評価)の視点を上司が持ち、部下の成長を確認するようになったことは、望ましい変化だと思います。
ただし、あくまでも上司は「評価者」であり、そこにはパワーバランスが存在するという課題があります。上司から評価の視点が少しでも強く見えてしまうと、部下は上司が欲しがっているであろう「答え」を出すだけになってしまいます。
例えば、部下が理想的なパフォーマンスを発揮できなかった場面を振り返る際、原因が自分ではなく環境にあったとしても、それを言うと「言い訳」に聞こえてしまうのではないか、と懸念する可能性があります。上司が「率直に言ってくれていい」という雰囲気をいかに作れるか。その力量次第で1on1の場の実りは大きく変わってきます。
上司は、どうすればその「雰囲気」を作ることができるのでしょうか。
テクニック論だけでは難しい問題です。コルトハーヘンも述べていますが、人間のパフォーマンスには、知識や能力だけでなく、その人の「人柄」「人格」が大きく関わってきます。上司がやりがちなのは、「自分だったら」と考えてよかれと思って指導することですが、部下は上司とは違う人格です。上司のやり方が部下にも当てはまるとは限りません。
上司は、まず部下の人柄を尊重し、その人に合った能力の伸ばし方を考える必要があります。同時に、上司自身も「自分の人柄に合った1on1のやり方」をリフレクションしなければなりません。例えば、リフレクションを促す側は「黙って聞く」ことが基本ですが、人柄によっては、その沈黙が部下にとって威圧的に感じられる場合もあります。万人に通じる正解はありません。だからこそ、上司自身が一人で抱え込まず、同じ立場の管理職同士で集まって対話するなど、上司側のリフレクションが必要になるのです。
また、上司が部下の「主観」をおろそかにすると、良いリフレクションにはなりません。哲学的かもしれませんが、世の中のほとんどのことは主観で成り立っているので、主観を否定してしまえば、学びは生まれません。本人が「ハッとした」という気づきの体験を得たのであれば、重要な学びだったと尊重されるべきです。本人が「ハッとする学び」を起こすような対話こそが、「良いリフレクション」と言えるでしょう。
一方で、ビジネスでは「客観性」が強く求められます。
そうですね。評価は大概、客観的です。営業成績などの数字で明確に示されます。そうした客観的な結果だけを追い求めてリフレクションを促そうとすると、表面的な部分、つまり「行動」の結果にしか触れられません。しかし、行動を支えているのは、その人の「能力」であり、さらにその奥には「何を大事にしているか」という価値観や信念があります。
例えば、上司が「この能力は大事だ」と信じて部下を指導しても、部下本人がその能力を大事だと思っていなかったり、自分には必要ないと思っていたりするかもしれません。その状態で「なぜできないのか」と評価軸で問うても、部下には響きません。評価の結果としては、「この部下はダメだ」となってしまいます。
リフレクションであれば、「なぜ、それを大事だと思わないのか」と、相手の主観や価値観を聞き出す方向に向かいます。価値観のズレが個人レベルではなく、会社の方針と部下の考えのズレであるならば、それは部下個人の問題ではなく、「組織的なリフレクション」が必要な課題です。
例えば「職人の勘」のような、説明しづらいけれど重要なものとして研究されている領域もあります。人間は、食事の選択一つとっても、すべてを論理的に説明できるわけではありません。私たちは「わからないものだらけ」の中で仕事をしている、という認識が必要です。「わからないもの(=主観)」について、「あなたはそれをどう見ているか」をお互いに語り合うことが、リフレクションを深める第一歩です。
その「語り合い」が、山辺さんがおっしゃる「対話」でしょうか。
その通りです。私が考える「対話」とは、科学的な正解がない物事について、上司や部下といった立場を超えて「対等」に語り合うことです。お互いに「わからない」ことについて話している限り、そこには対等性が生まれるはずです。

主観を掘り下げる「DTFW」
「主観」を大事にするリフレクションを、個人はどう実践すればいいのでしょうか。
一人でのリフレクションは難しいものですが、まずは自分が「どのようなリフレクションをしがちか」という癖や傾向を知ることから始められます。例えば、日々の業務日誌や日記に、その日の業務で思ったことや反省点を書き出してみます。そして、自分が書いた文章に、以下の四つの要素がどれぐらい書かれているかを確かめるため、「D」「T」「F」「W」という文字を記入していきます。
- (1)D (Do) :行動(自分がしたこと、相手がしたこと)
- (2)T (Think) :思考(〜と思った、〜と考えた)
- (3)F (Feel) :感情(緊張した、うれしかった、モヤモヤした)
- (4)W (Want) :望み(こうしたい、こうありたい、こうしてほしかった)
ビジネスパーソン、特に知的な仕事をされている方ほど、「D(行動)」と「T(思考)」が多くなりがちです。「F(感情)」や「W(望み)」は、日常業務でおろそかにされがちですが、何かがうまくいかなくなったとき、例えば人間関係がこじれたとき、問題が起きているのは思考の部分ではなく、感情や望みの部分です。ここをリフレクションする癖がついていないと、問題が起きたときに原因がわからず対応できません。まずは、自分のメモとして感情と望みを意識的に書き出し、四つのバランスを良くしていくことが重要です。
自分の感情と望みを意識できるようになると、どう変化するのでしょうか。
自分の感情や望みに敏感になると、今度は「仕事相手の感情や望み」にも想像が及ぶようになります。自分の感情に鈍感なときは、「相手は意地悪で言ったに違いない」などと、相手の望みを極端に解釈しがちです。自分の心の動きを理解できるようになると、相手の心の動きにも流れや背景があることを理解でき、コミュニケーションの質も変わってくるはずです。
ただし、注意点もあります。相手のことまで含めたリフレクションをしすぎると、相手の望みに自分を合わせようとして、自分の望みを見失ってしまうことがあります。リフレクションの軸は、あくまで「自分」に置くべきです。相手の望みとぶつかったとしても、自分の望みも相手の望みも尊重し、両方を満たす道を探る姿勢が大切です。
このDTFW(行動・思考・感情・望み)の4要素は、コルトハーヘンのリフレクション理論における「本質的な諸相への気づき」を得るための鍵です。
実際に「振り返り」「内省」「反省会」を行うと、ネガティブになりがちです。
うまくいかなかったことばかりをリフレクションしていると、「自分はこういう所にこだわりすぎるからダメなんだ」と、自分の「望み」をネガティブに捉えてしまいがちです。だからこそ、「成功体験」や「うれしかったこと」をリフレクションすることが重要なのです。うまくいった場面を振り返ると、失敗したときと同じ「望み」や「こだわり」が必ず存在します。その「望み」が受け入れられ、好印象さえ持たれていることがわかると、「捨てなくても良い、自分の大切な望みなんだ」と自覚できます。それが、「人柄」やキャリア形成の核になっていきます。
捨てるべき「悪い望み」というものはあるのでしょうか。
あるとすれば、「相手に言うことを聞かせたい」といった、自分ではコントロールできない部分をコントロールしようとする望みでしょう。しかし、そうした望みは、成功体験のリフレクションのときには出てきません。大抵、追い詰められたときに臨時的に出てくる望みであり、その人が本当に大切にしている中核的な望みとは異なると考えられます。
「イメージカード」と「ヒーローインタビュー」
チームや組織でリフレクションを行う際のポイントを教えてください。
複数人で行う場合も、感情や望みは人それぞれに存在します。ここで問題になるのが、「多数決の論理」です。5人中4人が「良かった」と言っているときに、自分だけ「良くなかった」とは言い出しにくいものです。大切なのは、マイノリティーの意見も同じ価値あるものとして聞き取ること、そして「マジョリティーが正解ではない」という前提を全員が共有することです。「評価」の場ではなく、あくまで「本音をシェアする」場であると理解しなくてはなりません。
時間が限られているならば、振り返るテーマを「プロジェクトの中で一番大変だった1週間」と具体的に絞り、その代わり「全員が必ず発言する」というルールで時間を確保するほうが、網羅的に振り返ろうとして多くの意見が省略されてしまうよりも、はるかに有意義です。
そうした対等な対話を促す、具体的なツールや方法はありますか。
私たちが研修などでよく使うものに「イメージカード」があります。私たちの研究チームのメンバーが、それぞれのスマートフォンのカメラロールに入っていた写真を持ち寄って、印刷して作ったカードです。
例えば、「前の部署のイメージ」「今の部署のイメージ」「理想の部署のイメージ」といったテーマで、直感で1枚ずつ選んでもらい、なぜそれを選んだかを語ってもらいます。まず、具体的な事象ではなくイメージを介在させることで、センシティブな話題にも直接的に触れずに言語化がしやすくなります。

山辺さんが指さしているカードは、特に人気のある一枚。このカードは解釈が分かれるのが特徴で、「多様な人々が、カオスにならずに成立している組織」というポジティブな意味で選ばれることもあれば、「(本来は多様なのに)互いに混じることなく区分されてしまっている組織」というネガティブな意味でも選ばれるという
普段論理的に話すことに慣れているベテラン層も、一度この感覚的なカードを経由することで、いつもの「型にはまった説明」が崩れます。一方、言語化がまだ得意ではない若手にとっては、このカードが言語化の「足場」になります。結果として、ベテランも若手も「対等な対話」に近づきやすくなります。「ごちゃごちゃしている」「あたたかい感じがする」といった、普段の業務では使わない言葉が出てくることで、「感情」の部分が出やすくなる仕掛けでもあります。
他にも方法はありますか。
「ヒーローインタビュー」というワークもよく使います。私が考案したのですが、野球選手などが受けるヒーローインタビューを模倣するものです。ヒーローインタビューの特徴は、(1)肯定的で、誰も否定せず称賛する、(2)「今のお気持ちは」と「F(感情)」を繰り返し尋ねる、(3)「次の試合に向けて」と「W(未来の望み)」を尋ねる、という点です。
日本人は謙虚さから、成功体験のリフレクションをしても、「とはいえ、ここは反省点です」とすぐに反省モードになりがちです。あえて「ヒーローインタビュー」という形式をとることで、照れながらもポジティブな側面に集中してリフレクションをしてもらうことができます。
人事は、リフレクションを評価や管理から切り離すべき
最後に、人事部門が従業員のリフレクションを支援するために、最も重要なことは何でしょうか。
人事部門の仕事には、管理や評価という大事な側面がありますが、同時に「社員の成長を見守る」という側面もあるはずです。最も重要なのは、「成長支援(リフレクション)」の時間を、「評価」や「管理」の時間と意図的に切り離して確保すること。また、その時間が「評価の場ではない」ことを、社員が明確に理解できるように示すことです。先ほどのようなイメージカードを使ったり、「この時間は評価には一切関係ありません。率直な意見を聞きたいだけです」と明確に宣言したりするなど、わかりやすい「場づくり」が求められます。
リフレクションを阻害する最大の要因は「評価」です。教育分野でも問題になっていて、子どもたちのリフレクションの内容が点数評価の対象になってしまっているケースもあります。まずは大人の側、企業の世界で、「リフレクションは評価ではない」という認識を当たり前にしていくことが、子どもたちの教育に良い影響を与えていくと信じています。本来、リフレクション、特に二つ目の「言語化」のプロセスは、とても楽しいものです。企業の皆さまにはぜひ、本質的な楽しい学びに取り組んでほしいですね。

(取材:2025年10月27日)
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