「男性学」が読み解く「働く男のしんどさ」とは?
働き方の変革は、企業にとっての「リスクヘッジ」
武蔵大学社会学部助教
田中俊之さん
日本企業で評価される「生活態度としての能力」とは
いま「女性活躍推進」が盛んに喧伝されています。男性学の視点から、この動きをどのように見ていらっしゃいますか。
職場環境や労働条件の改善ということとセットで語っていかなければならないと思いますね。女性の正社員や管理職を数だけ単純に増やすということは、男性と同様の過酷な働き方を、女性にも強いることになります。「正社員なんだから」と言われて、職場で追い込まれるようなことがあっては、男性の過労死の二の舞にもなりかねません。そもそも男性がまだ育児休業を取りにくい状況で、女性にも野心を持って、フルタイムでガンガン働いてくださいというのは、ちょっと無責任ではないでしょうか。家事や育児の負担はどうするんでしょうか。フルタイムで働いてもらったあげくに、家事も育児もやっぱりおまかせでは、本当に過労死レベルですからね。そこの役割分担の議論抜きに、女性活躍推進の旗だけを振っても、現実には難しい面があると思います。
女性の働き方を変えるためにも、男性が働き方を見直さなければなりません。ただ、休暇の仕組みなどはあっても、それを使いづらい雰囲気があるという声をよく聞きます。
僕は、そこがこの問題の核心だと思うんです。育児休業の制度などは、もう性別に関係なく法的に整備されているので、各企業にもかなり普及しています。働き過ぎについても、労働基準法で一定のブレーキはかかっている。にもかかわらず、実態が変わらないというのは、何が妨げているかというと、性別に関する社会意識や個別の企業風土に原因があるということです。まさに“休めない空気”“帰りにくい空気”――実際にそれを感じるからこそ、男性は休みを取ったり、早く帰ったりしないんでしょうね。むしろ日本では、私生活を犠牲にして働いていると、それだけで評価が高まるような傾向があります。労働経済学者の熊沢誠先生が、生活のすべてを仕事に捧げるような態度を意味する「生活態度としての能力」という概念を唱えていらっしゃいますが、学生に聞くと、アルバイトでもそれがあるというんです。「試験前だから休みます」というバイトは「君は使えない」といわれ、「試験前でも働けます」というと「使える」となるわけです。職場の風潮として、そういう人しか評価されないのであれば、認められたくて働き過ぎてしまうのは無理もありません。
確かに、制度や仕組みをつくれば変えられるという部分ではありませんね。
そうなんです。とはいえ、下から「変えてください」とも言いにくい。やはりトップや管理職層が、自ら範を示していくのがいいのではないでしょうか。上司が休みを取らないのに、「育休をください」なんて言えないという声は、本当によく聞きます。上が休みを取れば、下も取りやすくなるし、関心の薄い社員には働き方を見直すきっかけにもなる。組織の空気を変える起爆剤としては有効だと思います。
もっとも、一般的には組織階層の上へ行くほど、働き方の見直しやワークライフバランスに強い拒否反応を示す世代の男性が多いのも事実です。“自分たちは家庭など顧みずに頑張ってきたんだ、そんなことをいうヤツは甘い”というわけですね。先ほどの“見栄”とも通じるのですが、そこには、他人を否定して自分をすごいと思わせる意識が感じられます。裏を返すと、それは、自分が今までやってきたことに本当の意味での誇りやプライドを持てないからではないでしょうか。働き方の見直しを認めると、自分が否定されたような感覚に陥ってしまう。だから価値観の違う他者をさげすんだり、見下したりするんだと思います。僕は、男性がそういう偏狭なフレームワークから抜け出し、お互いの多様性をより認めあうきっかけづくりとして、男性学の発想を広めていきたいのです。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。