女性活躍を支援するための女性の健康管理対策の充実を
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中氏
【要旨】
- 女性活躍推進法等の一部を改正する法律が、2019年6月5日に公布され、2020年4月1日より、省令・指針を含めた改正内容が順次施行されている。
- 女性活躍推進法の施行以降、女性の労働市場参加は増え、労働力人口と就業者に占める女性の割合は、それぞれ2016年の43.3%と43.5%から2021年には44.6%と44.7%に上昇した。
- しかし、女性社員の「健康」という視点からは、未だサポートや社会の認知理解が十分ではなく、実際に働きやすい環境になっているとは言い難いのが現状である。
- 女性は男性とは異なり、月経、PMS(月経前症候群)、更年期障害、婦人科ガンなど、女性特有の健康課題を抱えている。
- 女性活躍の流れによりワーク・ライフ・バランス関連の取り組みは比較的進んでいることに比べて、女性特有の健康課題に対する取り組みは制度整備状況や認知度が低いのが現実である。
- 女性がより元気に活躍できる社会を構築するためには、女性特有の健康課題に対する取り組みを充実させる必要がある。
1――女性活躍推進法の一部を改正
女性活躍推進法 1 等の一部を改正する法律が、2019年6月5日に公布され、2020年4月1日より、省令・指針を含めた改正内容が順次施行されている。法律の改正により女性が活躍できる行動計画を策定・公表する義務が既存の労働者数301人以上の事業主から、2022年4月からは労働者数101~300人以内の事業主にも拡大されることになった。
政府が女性活躍を進める背景としては、(1)将来の人手不足、労働力不足を解消するため、(2)出産・育児・介護・家事など家庭の事情から、働きたくても働けない人に対して働く機会を与えることにより女性がより活躍できる社会を作るため、(3)グローバル化やダイバーシティ(人材の多様化)に対応するためなどが挙げられる。
女性活躍推進法の適用を受ける事業主は、「自社の女性の活躍状況を把握し、改善点や課題を分析する」、「数値目標を設定し、行動計画を策定・公表する」、「自社の女性の活躍状況(採用比率・管理職比率等)を公表する」などの義務がある。
女性活躍推進法では、数値目標として、採用者に占める女性比率、勤続年数の男女差、労働時間の状況、管理職に占める女性比率という基本4項目を把握し、課題分析を行うように定めており、厚生労働省が2016年2月から運営している「女性の活躍推進企業データベース」では、2022年2月11日現在21,846社が行動計画を公表し、このうち16,650社がデータを公表している 2。
1 女性活躍推進法の正式名称は、「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」で、仕事で活躍したいと希望するすべての女性が、個性や能力を存分に発揮できる社会の実現を目指して、2015年8月に成立(施行は2016年4月1日)した法律だ。
2 2022年2月11日に最終アクセス。
女性の活躍企業データベース https://positive-ryouritsu.mhlw.go.jp/positivedb/
2――女性の労働市場参加は増加傾向
女性活躍推進法の施行以降、女性の労働市場参加は増え、労働力人口と就業者に占める女性の割合は、それぞれ2016年の43.3%と43.5%から2021年には44.6%と44.7%に上昇した。しかしながら、管理的職業従事者に占める女性の割合は14.8%と、アメリカ(40.7%)、スウェーデン(40.2%)、イギリス(36.8%)、フランス(34.6%)などの先進国とは大きな差が見られる 3。
さらに、女性の年齢階級別労働力率を見ると、結婚・出産期に当たる年代に一時低下し、育児が落ち着いた時期に再び上昇するという、いわゆるM字カーブがまだ解消されておらず、内閣府 4 によると2020年における女性の非労働力人口2,664万人のうち,198万人が就業を希望している状況である。
政府はこのような問題点を改善し、女性がより活躍できる社会を構築するために、男女雇用機会均等法や女性活躍推進法以外にも、子育てサポート企業を認定する「くるみん」認定マーク制度(厚生労働省)、女性活躍推進事業主を認定する「えるぼし」認定マーク制度(厚生労働省)、女性活躍推進に優れた上場企業を選定する「なでしこ銘柄」(経済産業省)など、さまざまな女性の活躍支援を評価する対策を実施してきた。
3 アメリカは2018年、イギリスは2019年、フランス・スウェーデンは2020年。内閣府(2020)『男女共同参画白書令和2年版』から引用。https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-13.html
4 内閣府(2021)『男女共同参画白書令和3年版』「第2章 I-2-9図 女性の就業希望者の内訳(令和2(2020)年)」から引用。
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r03/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-09.html
3――女性の健康管理に対する対策は不十分
しかし、女性社員の「健康」という視点からは、未だサポートや社会の認知理解が十分ではなく、実際に働きやすい環境になっているとは言い難いのが現状である。つまり、多くの企業は「従業員が健康であることが、企業の利益率にもつながる」という観点から、「健康経営」を実施しているが、企業の健康支援は、生活習慣病予防としてのメタボリックシンドローム対策など、未だ男性を中心とする対策が一般的である。
最近は職場で働く女性が増え、勤続年数も長くなるなど、社会で活躍している女性が増加していることを考慮すると、女性従業員に対する健康支援の強化は企業経営に置いて欠かせない部分であり、その対策を強化する必要性が高まっている。
特に、女性は男性とは異なり、月経、PMS(月経前症候群)、更年期障害、婦人科ガンなど、女性特有の健康課題を抱えている。経済産業省が2018年に実施した調査 5 によると、女性従業員の51.5%が女性特有の健康課題により「勤務先で困った経験がある」ことが明らかになっている。
さらに、女性従業員の42.5%が女性特有の健康課題などにより「職場で何かをあきらめなくてはならないと感じた経験がある」と答えた。あきらめなくてはならないと感じた主な内容は、「正社員として働くこと」が57.9%で最も多く、次いで「昇進や責任の重い仕事につく」(48.0%)、「希望の職種を続けること」(38.1%)、「管理職となること」(32.5%)などの順であった。
Tanaka等 6 は、2013年に女性特有の月経随伴症状による労働損失が4,911億円に達すると試算結果を発表した。また、日本医療政策機構が2018年に実施したインターネット調査 7 によると、元気な状態の仕事を 10 点とした場合、PMS(月経前症候群)や月経随伴症状といった月経周期と更年期症状や更年期障害に伴う心身の変化による仕事のパフォーマンスは半分以下になることが分かった。
さらに、調査対象者をヘルスリテラシーが高い群、低い群に分類し、1か月の仕事のパフォーマンスを比較したところ、ヘルスリテラシーが高い人の仕事のパフォーマンスの方が、統計的に有意に高いという結果が得られた。
経済産業省は、「健康経営を通じて女性の健康課題に対応し、女性が働きやすい社会環境の整備を進めることが、生産性向上や企業業績向上に結びつくと考えられる」と意見を述べている。
では、職場で働く女性の健康保持のために企業はどのような対策を実施しているのだろうか。経済産業省は、2015年度以降7回にわたり「健康経営度調査」を実施しており、企業に対して「女性の健康保持・増進に特化した施策」を調査している。「健康経営度調査」とは、法人の健康経営の取組状況と経年での変化を分析するとともに、「健康経営銘柄」の選定および「健康経営優良法人(大規模法人部門)」の認定のための基礎情報を得るために実施している調査である。
2018年度に実施された健康経営度調査によると、企業は「女性特有の健康課題」に関する行動を促すために、「妊娠中従業員に対する配慮の社内規定明文化」(76.9%)、「婦人科健診・検診を受けやすい環境の整備」(75.3%)、「生理休暇を取得しやすい環境の整備」(59.9%)を実施するなど、91.5%の企業がいずれかの対策を実施していると答えた。
しかし、女性活躍の流れによりワーク・ライフ・バランス関連の取り組みは比較的進んでいることに比べて、女性特有の健康課題に対する取り組みは制度整備状況や認知度が低いのが現実である。つまり、上記の調査で実施した、「勤務先では、「働く女性」に対して、どのようなサポート・配慮が行われていますか」という質問項目に対する調査結果を見ると、ワーク・ライフ・バランス支援関連の制度の実施率が健康支援関連を大きく上回っていることが分かる。したがって、今後は女性が活躍できる環境を提供するためには、女性特有の健康課題に対する取り組みを整備するとともに、制度に関する認知度を高める必要がある。
5 経済産業省(2018)「働く女性の健康推進に関する実態調査」
6 Tanaka E, Momoeda M, Osuga Y, et al. Burden of menstrual symptoms in Japanese women: results from a survey-based study. JMed Econ 2013;16:1255-66
7 日本医療政策機構(2018)「働く女性の健康増進調査2018」、調査対象:調査会社パネルのモニターである全国18歳~49歳のフルタイムの正規の社員・職員および契約社員・職員、派遣社員・職員女性2,000名。
4――政府が不妊治療への支援を強化、休暇制度等を整備する企業も増加傾向
他方、政府は少子化対策の一環として、不妊治療への助成拡充や保険適用化を打ち出している。これに加えて、女性特有のさまざまな体調不良について相談・診療しやすい環境を整備し、不妊対策を強化する方針である。
政府が不妊治療に対する支援を強化することを明らかにしたことにより、これに関連する休暇制度等を整備する企業が増え始める中、さらに一歩踏み込んで、上司や同僚の治療への理解や、制度の使いやすさを高めるための取り組みに乗り出す企業も出てきている。
小田急電鉄は、2019年10月に車両運転と駅業務にあたる管理者層に「妊活を知る」をテーマに研修を実施した。また、有効期間が過ぎた年次有給休暇を積み立てて不妊治療に使える制度を18年に備え、従業員が福利厚生メニューを選ぶ「カフェテリアプラン」のポイントを治療費に充てることができるように制度を整備した 8。
パナソニックシステムソリューションズジャパンは、2019年度にカフェテリアプランを使い年間8万円まで不妊治療に関する治療費を補助する制度を始めた。しかしながら、実際には申請すると上司に治療中だと知られてしまうという不安があることから、初年度の利用者はゼロであった。そこで、同社は2020年度から承認先を人事担当者のみに変更し周知したところ、利用者は徐々に増えているようだ 9。
公益財団法人「1more Baby応援団」が今年の3月に、不妊治療の経験者など535人に「不妊治療を行うにあたって、助成金や保険制度以外にどんなサポートがあると、不妊治療を行いやすい、また行ってみたいと思いますか?」(複数回答)と聞いたところ、「勤務先での上司、同僚などの理解」が58%で最も多く、次いで「有給休暇をいつでも取得できる風土」(53%)、「休暇制度や時間単位の休暇」(48%)の順であった 10。
8 小田急電鉄株式会社「11月27日、28日「妊活ライブ supported by 小田急 ONE」開催」2020年10月29日。
9 「不妊治療、職場ぐるみで学ぶ――上司・同僚に言えず…悩み抱える当事者(Women@Work)」日本経済新聞 2021年6月28日朝刊、31頁から引用。
10 公益財団法人 1more Baby 応援団「夫婦の出産意識調査 202-少子化対策の鍵となる「夫婦の想い」、3,793名へ調査-」2021年5月31日
5――結論にかえて
実際、不妊治療を行う女性にとっては、キャリアへの影響を考えて不妊治療を上司や同僚に知られたくない人が多く、そのため会社は当事者の声に気づかず支援をしなかった結果、退職等につながるケースも多いのが現状かと思われる。今後、不妊治療が女性社員のキャリア形成においてマイナスにならないよう、社内の理解を深めると共により利用しやすい制度を整備していく必要がある。
近年、経済産業省は女性ならではの健康課題を最新技術で解決するフェムテック(FemTech)の普及に向け、実証事業を始めた。フェムテック(FemTech)とは、女性(Female)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語である。
今後、政府は関連サービスや商品の拡大を後押しし、不妊や更年期など職場で相談しにくい悩みを理由にした女性の離職を防ぎキャリア形成を支援する方針である。「フェムテック」等を活用した女性の健康管理が進み、女性がより元気に活躍できる社会が整備されることを望むところだ 11。
11 本稿は、日本生命保険相互会社のWellness-Star☆レポート「女性活躍をサポートする女性の健康管理」2021年9月30日に掲載されたものを加筆・修正したものである。
ニッセイ基礎研究所は、年金・介護等の社会保障、ヘルスケア、ジェロントロジー、国内外の経済・金融問題等を、中立公正な立場で基礎的かつ問題解決型の調査・研究を実施しているシンクタンクです。現在をとりまく問題を解明し、未来のあるべき姿を探求しています。
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