誰もがコミュニケーションしやすい
ウィズ/アフターコロナに
― 「新しい生活様式」での対面コミュニケーションの問題と工夫 ―
第一生命経済研究所 上席主任研究員 水野映子氏
「新しい生活様式」が生んだ新しい問題
新型コロナウイルスの感染拡大以降、外出時にマスクを着用することや、いわゆるソーシャル・ディスタンス(人との距離)を保つことは、人々の生活にかなり浸透した(*1)。また、店舗や窓口、オフィスなどさまざまな場所で、飛沫を防ぐための透明なビニールシート・カーテンやアクリル板などが使われるようにもなった。「新しい生活様式」と呼ばれるこれらの行為は、感染症対策としては必要だが、対面でのコミュニケーションをおこなう上では壁にもなっている。
当研究所が2020年9月に実施した調査によると、「マスクをしている自分の声が、相手に伝わりにくい」「マスクをしている人の声が、聞こえにくい」と感じることがある (「よくある」+「ときどきある」)と答えた人の割合はそれぞれ約7割を占め、これらに続く「マスクで表情や口元が隠れるために、会話しにくい」も6割を超えた(図表1)。マスクをした人同士の会話の難しさが浮き彫りになっている。
また、「会話の相手との距離が遠いために、会話しにくい」「透明なビニールやアクリル板などの仕切りがあるために、会話しにくい」も、それぞれ過半数であった。ソーシャル・ディスタンスの確保や仕切りの使用といった、感染拡大前には全くなかった生活様式も、コミュニケーションの問題を生んでいる。
聴覚障害者のコミュニケーションの問題は拡大
これらのコミュニケーションの問題は、聴覚に障害のある人々にとってはより深刻である。
彼らは、会話の相手の口の動きや表情を理解の手がかりにすることが多いが、マスクで顔が隠れるとコミュニケーションが一層困難になる。そのことは、新型コロナウイルスの感染拡大前から指摘されていたが、感染拡大後は皆がマスクを常用し、さらには仕切りなどで相手の顔がより見えづらく、声も聞こえにくくなったことにより、問題が大きくなった。
一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティが2020年10月、聴覚・視覚などに障害のある人を対象に実施した調査によると、「『新しい生活様式』への移行で不便や不安を感じる事柄」として「マスクの着用」をあげた聴覚障害者は83%(72名中60 名)にのぼった。また、同団体の調査の自由記述では、マスク着用者の口元が見えないという従来からの問題に加え、マスクを外してほしいとは言いにくい、筆談の際に相手に近づくことや筆記用具を貸し借りすることにためらいを感じる、などコロナ禍ならではの悩みも、聴覚障害者から寄せられている(*2)。
聴覚障害者とのコミュニケーション方法に学ぶ問題解消のヒント
音声が聞こえない・聞こえにくい人とのコミュニケーションでは、場合に応じてジェスチャー・手話・文字を使うことや話し方に配慮することなどが、以前から推奨・ 実践されてきた。特に、聴覚に障害のある人が働く職場や彼らを顧客として迎えることが多い場では、さまざまな工夫がおこなわれており、対応マニュアルなども用意されている(*3)。そうした工夫や配慮は、「新しい生活様式」の下で聴覚に障害のある人・ ない人がともに感じているコミュニケーションの問題を解消するヒントにもなる。
例えば、大きくうなずいたり首を振ったりする、物を指し示す、数字を指で表すといったジェスチャーなら、マスクをしていてもできる。相手と目を合わせてから話し始める、表情を豊かにする、明瞭に発音する、大切なことは書くなどの心がけも、マスク越し・仕切り越しでの会話の助けになるだろう。
さらには、家族・友人や同僚などの仲間内なら、よく使う言葉の手話を互いに覚えて会話に取り入れるという方法もある(*4)。また、サービスを提供する窓口や店舗では、 メニューや決まり文句を文字やイラストであらかじめ書いておいて顧客に見せたり、指さしてもらったりすることもできる。
前出の当研究所の調査によれば、一般生活者の中で、「声が聞こえにくい状況の時、 ジェスチャーや指さし、うなずきなどの動作を積極的におこなうこと」や「マスクをして話している時、発音/表情に気を配ること」があると答えた人は、いずれも半数に満たない(図表2)。「新しい生活様式」での皆の対面コミュニケーションを円滑にするためには、これらの配慮をより促すことが必要だろう。
「ウィズコロナ」の工夫を「アフターコロナ」への遺産に
年が明けて2021年を迎えた今も、新型コロナウイルスの感染は依然として拡大しており、マスクや透明なビニール・アクリル板を使ったり、人との距離を保ったりしながらコミュニケーションせざるを得ない「ウィズコロナ」の状況が続いている。しかし、前述のような工夫や配慮が普及・定着すれば、障害のある人・ない人がこの状況下で感じている対面コミュニケーションの問題はともに改善に向かうだろう。
また、いずれ感染が終息して、今ほどマスクなどを使わなくても済む「アフターコロナ」の社会になっても、その工夫や配慮は、聴覚に障害のある人や聴力が低下した高齢者、日本語が得意でない外国人など多様な人々とのコミュニケーションに、引き続き役立つはずだ。
「新しい生活様式」の下では何かと不便で不自由なことが多いが、これを機に一人ひとりが自分だけでなく他の人の不便さ・不自由さにも目を向け、それを解消する方法を考えて行動に移せば、障害の有無・年齢などにかかわらず誰もが暮らしやすい社会=ユニバーサル社会が近づく。皆にとってより良いコミュニケーション方法がウィズコロナの時代に生み出され、アフターコロナの時代に正の遺産レガシーとして受け継がれていくことを願っている。
【注釈】
*1 当研究所が2020年9月に実施した調査において、「外出する時はマスクをしている」「人と話す時は 一定の距離をとるようにしている」と答えた人は、それぞれ88.2%・79.1%にのぼった。これらの結果、および図表1・2で紹介する結果は、以下にも掲載している。
第一生命経済研究所「ニュースリリース:第3回 新型コロナウイルスによる生活と意識の変化に関する調査(コミュニケーション編)~“新しい生活様式”が生んだ、新しいコミュニケーションの問題~」2020年10月16日
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/ldi/2020/news2010_02.pdf
*2 ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ「コロナ禍における『新しい生活様式』下での視覚障害者・聴 覚障害者の課題・機会・可能性に関するアンケート(全体版)」2020年12月3日
https://djs.dialogue.or.jp/news/20201203news/
同「COVID-19感染拡大防止に伴う視覚障害者・聴覚障害者が抱える困難に関する緊急アンケート」 2020年5月6日
https://djs.dialogue.or.jp/news/20200506/
*3 障害特性や配慮事項などについて記載した公的機関発行のマニュアルとしては、以下の例がある。
内閣府「公共窓口における配慮マニュアル ―障害のある方に対する心の身だしなみ」2005年
https://www8.cao.go.jp/shougai/manual.html
高齢・障害者雇用支援機構(現 高齢・障害・求職者雇用支援機構)「聴覚障害者の職場定着マニュアル」2008年
https://www.jeed.go.jp/disability/data/handbook/manual/om5ru80000007na1-att/om5ru80000007nds.pdf
観光省「高齢の方・障害のある方などをお迎えするための接遇マニュアル 宿泊施設編/旅行業編 /観光地域編」2018年
https://www.mlit.go.jp/kankocho/news06_000352.html
*4 例えば、2020年6月12日放送の NHK ニュースス「おはよう日本」では、「“新しい生活様式” 手話の 新たな可能性」と題して、聴覚に障害のない人の生活に手話を取り入れた事例が紹介された。
https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/06/0612.html
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