【学芸員】
「観光立国」への機運高まる中
貴重な文化遺産を後世に伝え、その魅力を広く発信
日本の伝統文化が海外から“Cool!”と注目される一方で、文化財が各地で存亡の危機にあることをご存じだろうか。活用なくして保存なし――国は他の先進国に比べて遅れている「文化財の観光活用」を推進する方針だが、ある大臣が、それを妨げる存在として「一番のがんは学芸員」と発言。「学芸員の仕事に理解がない」と世論の猛反発を浴びた。これをきっかけに、学芸員の意義や役割が改めて注目されるようになったが、その仕事の実態はどのようなものなのだろうか。
博物館法に定められた国家資格をもつ専門職員、職務は多岐にわたる
今年4月、山本幸三地方創生担当大臣が、地方の講演先で文化財を観光振興に活用することについて問われた際に、見学者への案内方法やイベント施策が十分ではなく、「一番のがんは学芸員。普通の観光マインドが全くない。この連中を一掃しないと」と発言した。たちまち批判が殺到し、大臣は発言撤回と謝罪に追い込まれたが、この“炎上”騒動が皮肉にも、「学芸員」という裏方的な職種に世間の耳目を集め、その仕事の意義や役割が改めてクローズアップされるきっかけとなったのは、ケガの功名といえるかもしれない。
学芸員とは、日本の「博物館法」に規定された、博物館に設置される専門的職員および同職に就くための国家資格のことである。その職務は博物館法第4条第4項により、「博物館資料の収集、保管、展示および調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる」と定められている。ひと口に博物館といってもさまざまだが、ここでいう博物館とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学などに関する資料を扱う機関のことであり、総合博物館や歴史博物館など「博物館」の名称が付く施設のほかに、美術館や科学館、動物園から水族館、植物園まで含まれる。したがって、肩書きは同じ「学芸員」でも、扱う分野は多岐に分かれ、学芸員職にはそれぞれの勤務先に応じた高度な専門知識やスキルが求められるのだ。具体的な仕事内容は、概ね以下の通りである。
(1)資料の収集・整理 博物館のテーマに沿った資料を収集する。個人所蔵物や他館の収蔵物を買い付けたり、借り入れたりする場合は交渉や輸送の管理も担当する。集めた資料については図録や目録の作成、ラベルなどの貼付、デジタルによるアーカイブ化などを行って整理する
(2)資料の保存・管理 温度や湿度、照明などを適切に管理し、収集した資料がほこりやカビ、虫などのダメージを受けない良好な保存環境を整える。必要に応じて、資料の修理・修復や定期的な手入れを専門家に依頼する
(3)資料の展示・活用 博物館利用者が見やすく、分かりやすいように資料を展示する。展示のコンセプトや実際の展示方法、デザインを企画するほか、実際の展示スペースの設営や展示物の搬入・点検、広報資料の作成などの実務にもあたる
(4)資料の調査・研究 学芸員には、担当分野の研究・分析を行う研究者としての側面もある。収集した資料を精査するだけでなく、分野によっては長期間現場に出向いて調査・分析を行わなければならない。研究成果を論文や書籍、目録などにまとめて学術分野に貢献し、博物館の質の向上に努める
(5)教育普及活動 一般市民の教養を深め、文化振興を図るために、講師として博物館主催の市民講座や地域のカルチャースクール、小中学生の見学会などに参加し、講演や資料の説明を行う
文化遺産を後世に伝える歴史的使命とその魅力を発信する今日的使命
博物館が保管する資料の大半は、人類の文化的活動による有形の所産、すなわち「文化財」である。「観光立国」を目指す安倍政権は、この文化財を、主に訪日外国人(インバウンド)を対象とした観光資源として活用する方針を打ち出している。これが冒頭の「学芸員はがん」発言の背景だ。山本大臣の釈明によると、文化財を観光に活用しようとしても、「新しいアイデアに、学芸員は『文化財だから』と全部反対する」(朝日新聞デジタル2017年4月16日付)。学芸員にも観光マインドを持ってもらいたい、という趣旨で発言したのだという。
しかし、もとより学芸員は文化財の保護・保全を図りながら、同時にそれをより多くの人に公開・発信することで、日本の伝統文化への理解を広げる役割も担っている。「観光」という表現こそ入っていないものの、それは上述の職務内容の(3)や(5)を見れば明らかだろう。実際、全国各地には、学芸員が観光マインドをもってユニークな展示をしかけ、集客に寄与している博物館も少なくない。一方で、日本の文化財は環境の変化に弱いものが多く、その取り扱いを巡っては文化財保護法や消防法などの規制も絡んでくる。保護・保全を第一に考える学芸員が、イベントへの貸し出しなどに慎重にならざるをえないのはそのためだ。
たしかに他の先進国と比べると、日本の文化財の観光活用は十分ではない。現場でそこまで手が回らない最大の要因は、予算不足だといわれる。日本の文化財保護予算は年間約130億円。年間500億円程度をつぎ込むフランスやイギリスに遠く及ばない。予算も人手も限られる中、法に定められた上述の職務から館内の雑用までほぼすべてを学芸員に委ねているのが、日本の博物館の現状なのだ。その多忙ぶりは、学芸員が自らを“雑芸員”と呼ぶほどである。
国や各自治体の財政が厳しい時代だからこそ、文化財を「観光資源として活用する」という視点がないと、肝心の保護・保全も難しくなってくる。観光活用を進めるにも、学芸員の専門知識は不可欠であり、求められる役割はさらに大きくなるに違いない。好きなことに打ち込みながら、貴重な文化遺産を後世に伝える歴史的使命と、その魅力を広く発信する今日的使命の双方を果たせることが、この仕事のやりがいだといえるだろう。
採用は超狭き門、「観光立国」が雇用増と待遇改善の追い風になるか
学芸員は勉強が好きで、調査、分類、整理といった地道な作業をコツコツ進めることが苦にならない人でなければつとまらない。知的好奇心が強く、特定の分野にのめりこめるタイプが向いている。と同時に、学術面だけでなく博物館の運営にも関わるため、どうすれば利用者が増えるか、どんな展示が受けるかといったある種の商才や発想力も必要だ。“観光マインドを持って”という山本大臣の主張も、その意味ではあながち間違いではないのだろう。
学芸員として働くには、国家資格である学芸員の資格取得が必須。最も一般的なルートは、国が定めた博物館に関する科目を置く大学や短大で必要科目を履修し、卒業する方法である。一定の条件を満たした上で学芸員資格認定試験に合格するなどの方法でも資格が与えられる。ただし、資格取得はあくまで学芸員として働くための前提条件にすぎず、実際に学芸員になるには通常の就職活動と同じく、各館の採用試験に合格しなければならない。資格取得者は年間1万人前後と見られるが、採用数がわずかなため、就職は容易でないのが現状だ。まずはアルバイトとして経験を積みながら、職員と交流を深めたり、恩師の紹介、ツテをたどったりして、正規職員を目指す人も多い。
学芸員の給料は、正規職員の場合、年収にして250万円~400万円程度が相場といわれる。公立の施設に就職すれば、公務員として安定した待遇が望めるが、近年は経費削減の流れから正規職員を減らし、アルバイトや契約職員を採用するケースが増えている。文化財の観光活用を目指す「観光立国」の機運は、雇用増と待遇向上が望まれる学芸員への“追い風”となるのだろうか。
この仕事のポイント
やりがい | 好きなことに打ち込みながら、貴重な文化遺産を後世に伝える歴史的使命と、その魅力を広く発信する今日的使命の双方を果たせること |
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就く方法 | 国が定めた博物館に関する科目を置く大学や短大で必要科目を履修し、国家資格である学芸員の資格を取得。その後、各館の採用試験を受け就職する |
必要な適性・能力 | 勉強が好きで、調査、分類、整理といった地道な作業をコツコツ進めることが苦にならない人 知的好奇心が強く、特定の分野にのめりこめるタイプ どうすれば利用者が増えるか、どんな展示が受けるかといった、ある種の商才や発想力 |
収入 | 正規職員の場合、年収にして250万円~400万円程度 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。